「菅原さん、さっき、影山と何話してたんですか?」
「んー、日向がいかに可愛いかってことを力説してた」
「ななな、何言ってるんですか。俺、男ですから、嬉しくないです」

影山との会話を終えて一人になった菅原の元へ、日向がぴょこぴょこと愛らしい動作でやってきて菅原を見上げた。日向なりに相棒である影山のことを気にしているらしい――あれだけ不審な言動をしていれば気にならない方がおかしいのかもしれないけれど。
おずおずと尋ねてきた日向に、煙に巻くわけではないけれど遠からずも近からずなことを言って、菅原はその柔らかな髪を撫でた。
真っ赤になって否定する日向が可愛くて、ついつい頬が緩んでしまう。
まさか、ライバルに塩を送っていたなんてことは、ある意味当事者である日向には言えなくて。
少しヒントを与えすぎただろうかと思いつつも、あれ以上荒んだ影山なんて見ていられなかったのだからしょうがないとひっそり苦笑を漏らす。
自分含め、この天真爛漫な可愛らしい後輩に好意を寄せるものは、恐らく片手では足りない。
今は何を言っても混乱を深めるだけだと判断して影山にはああ言ったものの、分け隔てなく周りに気を配っている菅原は、当然ながら日向の方にも変化があったことを感じていた。
それは菅原にとってもあまりよろしくないもので、あえて今まで触れないようにしてきたのだが――菅原は漸う心を決めて口を開いた。

「日向、ちょっと話があるんだけど、いい?」
「はい?」
「もしかして、誰か付き合ってる人がいる?」
「ふぇ、えぇ!?な、ど、どうしてそんなこと…」
「隠してるつもりかもしれないけど、結構バレバレだべ?」
「あ、そそそそんなんじゃ…」

途端に顔を赤くしてどもりまくる日向は可愛いけれど、菅原は複雑な心境でその姿を見つめる。
表面上はあくまで笑みを浮かべたまま、引き下がる気配をみせない菅原に誤魔化しは通じないと悟ったのか、もとより素直な性格の日向はおずおずと口を開いた。

「その、お試しでいいからって言われて…それで……」
「そっか。それでOKしちゃったんだ?」
「はい…。その人のこと、嫌いじゃなかったし、いいかなって」
「成る程なー」

日向がそういう手の通じる相手だったとは意外だった。
まだ恋愛事なんて早い、くらいに思っていた半分ほど親心を含む烏野のメンバーは、見事にしてやられたというわけだ。
納得したくなくともそうするしかない事実に唸る菅原の視界の端で、日向が相変わらず真っ赤な顔をしてそわそわ体を揺らしている。

「今は、その相手のこと好きなんか?」
「す…それは、わからない、です」
「……」

日向は自信がなさそうに視線を泳がせた。
やはり、そういう方面に疎い日向にはその手のことはまだ早いらしい。
そんな日向を誑かした相手に対する怒りはあるものの、恋愛にはある意味早い者勝ちな部分があることも確かだ。

「じゃあ、もし俺が日向を好きで、付き合ってって言ったら、どうする?」
「へ?」

日向はぽかんと口を開けたまま目を丸くして動きを停止させた。
こんなことを言えば困らせてしまうことなどわかりきっているから、なるべく冗談ぽくなるよう心掛けて、努めて優しい笑みを浮かべた。
束の間の沈黙。ハッと我に返った日向は慌てて首を振って、改めて菅原を見上げた。

「えっと、お試しでよければ…付き合います」
「……」
「菅原さん?」

自ら仕掛けておきながら、まさかの切り替えしに菅原は絶句してしまう。
そこは勿論「付き合っている相手がいるので」と断られる想像しかしていなかったし、あの日向がそんな多くの男を手玉に取る魔性の女のようなことを口にするとは思っていなかったので。
困惑する菅原に、首を傾げた日向が不思議そうにしながら上目遣いを向ける。

「でも、さ、日向付き合ってる相手が…ほら」
「そうは言ってもお試しですし。それに、おい…その相手が、お試し中の間は他の人とも試してみればいいって……」
「そう、なんか…」
「あ、でも、今のは冗談ですもんね?例え話ですよね?すみません!」

危うく相手の名前を暴露しそうになってなんとか踏みとどまった日向だが、勘のいい菅原には察しがついてしまう。
けれど、日向の相手――青葉城西の及川徹が何を考えてそんなことを言ったのかまではわかりかねる。
彼もある意味変わり者というか、少し人間性に問題があるらしいので、常識人の菅原には考えも及ばない意図があるのだろう。
唖然とする菅原に、日向は真剣に答え過ぎたと思ったのか狼狽えながら頭を下げた。

「ちなみに、今は何人と付き合いを?」
「えーと…三、いや、四人です」
「…まさか、その中にうちのメンバーがいたりは…」
「いない、です!」

視線を彷徨わせながら律儀に指を折り数える日向を、菅原はなんともいえない思いで見つめていた。
そして、そうなれば必然的に考えうる懸念を恐る恐る問うたそれに慌てて首を振った日向に、ホッと胸を撫で下ろす。確かに、そんな相手が近くにいれば菅原とて何かしら気付いただろう。
聞けば、付き合っている相手がいることを確認してきたのも、烏野では菅原が初めてだったらしい。
恐らくは日向に恋人がいることを察して潔くも身を引いたものや、虎視眈々とその座を奪う機会を窺っているものなど、心の内は様々なのだろうが。まさかこんな仮恋人量産システムが存在しうるなどと思いもよらないので、それも仕方がないといえる。
けれど、例えその話を聞いたところで、やはり菅原にはその上で日向に交際を申し込むような気はなかった。
菅原とて花の男子高校生であるのだし、日向のことは好きだ。正直甘い誘惑ではあったけれど、他人と共有するという概念がいただけないし、半ば影山の背を押してやったばかりなのだ。こんな抜け駆けのようなことをするのは、菅原の信念に反する。
主に子供らしいという意味で純真無垢という言葉が似合うと思っていたが、その無垢さにこんな危うさがあったのかと、もっとちゃんと注意しておいてやればよかったと、真っ直ぐな瞳で自分を映す日向に、菅原はいっそ自責の念に駆られていた。



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