Short | ナノ


Son Melek(シャルルカン)


隣の家に住む同い年の男の子は生まれたときからの幼馴染で初恋の相手。こんな漫画やドラマにありがちなシチュエーションに比較的近い状況でわたしは生まれ育った。"比較的"というのは、幼馴染とわたしは年に十日も会えないから。幼馴染の親は海外転勤がちで、高校卒業まで幼馴染も海外を転々としていた。

つまり、実際に幼馴染と言えるほど初恋の相手と遊んでいたのは三歳まで。幼馴染が海外生活を始めてから、隣の家は年間三百五十 日が空き家状態。それでも幼馴染一家が帰国すれば必ず顔を合わせていて、辛うじて彼にとっての"母国の幼馴染"ポジションをわたしはキープしていた。

隣の家の明かりが点くのは毎年決まって年末年始で、クリスマス前後に入国して三が日が明けた少し後に出国。帰国すると幼馴染は年に十日しか会わないわたしのためにプレゼントをくれる。プレゼントはクリスマスツリーに飾るオーナメントと決まっていて、毎年一つずつコレクションが増えていた。

わたしの知らない世界を生きて外国語も話せる同い年の男の子なんて、クラスの男子よりずっと大人っぽく見えるに決まっている。年に十日しか会えなくても好きにならないはずがなかった。好きな男の子に会えるのはもちろん、わたしのために彼の選んだ宝物が毎年増えるのも、楽しみで楽しみで仕方ない。

「おとなになったらツリーをかって、ゴンベエとぼくでクリスマスパーティーしよう!」

「うん!シャルとゴンベエのやくそくだよっ」



初めてオーナメントをもらった日の約束から十六年。わたしは大学二年生になった。そこそこの公立高校に入学したわたしは半分よりやや上の成績をキープし、推薦で大学を決めて早々に受験戦争から離脱。進学先が決まってからは自動車教習所に通い詰め、仮免で一回落とされつつも卒検と本試験は一発で合格していた。

大学入学後は通学途中の駅のカフェで週四日バイトして、講義は真面目に出席したり友達とサボったりして。必修以外の単位をいくつか取りこぼしつつ、就職に支障をきたさない程度のGPAをキープしている。つまり、どこにでもいる大学生だ。

「今年はシャル帰ってくるかなー?」

バイトのない十二月の日曜の夜。夕食を終えたわたしはママとM-1グランプリの決勝を見ていた。わたしはピン芸人とコント、漫才それぞれの一番大きな賞レースだけチェックするにわかお笑いファン。今日もスマートフォンを見たりママとお喋りしたりしながら、漫才日本一決定戦を今年も見守っている。

わたしが口にした名前は、隣の家の幼馴染・シャルルカン。年に十日ほどしか会えない初恋の相手で、わたしの冬の彦星様だ。三歳で両親とともに海を渡ったシャルは各国を転々としながら現地の学校に通い、今はある国の大学に進学して寮生活中。

「本人に聞けばいいじゃない」

「なんか聞きづらいじゃん…普段から連絡取ってるわけじゃないし」

ママが淹れたカフェオレに角砂糖を入れて木製のスプーンで溶かしながら、わたしは頬を膨らませる。シャルと連絡先を交換したのは、わたしがスマートフォンを買ってもらった最初の冬。中学入学時に連絡先を交換して七、八年経つが、実際にシャルと連絡したことはほとんどなかった。

幼馴染が住む国ではLINEはマイナーなメッセージアプリらしく、彼はアカウントを持っていない。さらに時差もあり迷惑なタイミングで通知音を鳴らして嫌われないかと不安になれば、連絡を取れるはずがなくて。連絡を取ったのは数回で、お互いの"電話番号の変更通知"といった事務連絡ばかりだった。

最後に連絡したのは今年の一月一日。シャル一家が海外移住してから初めて幼馴染が帰国せず、SMSを介して新年の挨拶をした。帰国したシャルの両親と歳の離れた兄も彼が大学寮に留まった理由を知らなくて、ほぼ一年が経つ今も真相は闇の中。

海外の大学生活の勝手は知らないが、親元を離れて友達との生活を楽しんでいるだけかもしれない。世界的に有名な魔法使いの映画でも一年次の主人公は帰省しなかったし、そういうものなのだろうと思っていた。ちなみに去年のオーナメントは国際郵便で送られていて、他のオーナメントと一緒に宝箱にしまっている。

「ゴンベエはさ…そろそ」

「あっ、ママ!敗者復活戦の発表だよ!」

何かをママが言いかけたものの、漫才レースに夢中のわたしはそれを遮った。M-1グランプリの行方が気になるのはママも一緒で、言いかけた言葉を放棄してテレビに齧りつく。このあと続きをママが口にすることはなくて、何かをママが言いかけたこと自体わたしも忘れてしまった。



その数日後。年内の授業は昨日が最終日で、わたしは冬休みに突入している。共働きの両親は家を留守にしていて、バイトも今日はなし。ランチ代を節約すべくお昼ご飯を家で食べてから買い物に出かけるつもりで、すでに着替えやお化粧は済ませている。

お昼ご飯までの間、ダイニングチェアに座るわたしは宝箱の中で輝くオーナメントを眺めていた。シャルが帰国しなかった去年すらクリスマスに間に合ったのに、今年はクリスマスが過ぎた今も宝箱のオーナメントは十六個のまま。帰国するなら例年この時期にシャルは日本にいるはずだ。

手にしたトナカイのオーナメントを眺めつつ贈り物の行方と想い人の年末年始を憂いていると、インターホンが鳴った。宅配便のつもりでリビングの出口横のモニターに視線を向けた瞬間、わたしの思考は停止する。モニターに映るのは配達員ではなくシャルだったから。

モニター越しに見た二年ぶりの想い人は少し大人っぽくなった気がするが、気が動転してそれどころではない。"応答"ボタンを押してすぐに玄関に行く旨だけを告げ、ダイニングテーブルに戻って左手に持つオーナメントを宝箱にしまう。宝箱に蓋を被せてから、駆け足でわたしは玄関に向かった。

シャルや彼の家族が帰国するなんて、両親からも本人からも聞いていない。午後からの外出予定に合わせてメイクまで済ませておいてよかった。そう自分の強運に感謝しながら玄関の扉を開けると、わたしの視線は幼馴染の隣に釘づけになる。想い人の隣にはとんでもない美人がいたのだ。



「わりィ、突然押しかけて」

「わたしが家にいたからよかったけど…うちの親には報告してあるの?」

"ヤムライハ"と名乗る水色の髪の美女とシャルをリビングに招き入れ、わたしは牛乳を注いだ三つのマグカップを電子レンジに入れる。ココアを作る予定だったがヤムライハさんがホットミルクを希望したため、彼女の要望を聞き入れる形になったのだ。

わたしの問いに、ダイニングチェアに座るシャルは首を振った。つまり十中八九わたしの両親は幼馴染の帰国を知らない。ヤムライハさんとはお互いの自己紹介も済ませていないが、初対面の彼女を放置してシャルとばかり会話するのも気が引けてしまう。

「ヤムライハさん…その、寒くないですか?」

「あ、大丈夫です。ありがとうございます」

一応エアコンと床暖房は着けているし寒くないだろうとは思っていたが、予想通りの返事で会話が続かない。何か話さなければと思いつつキッチンから自己紹介するのもどうかと頭を悩ませていれば、タイミングよく電子レンジから電子音が鳴った。

わたし専用のスヌーピーのマグカップと来客用のマグカッ二個、計三個のマグカップをお盆に乗せてダイニングテーブルまで運ぶ。来客用のマグカップを二人の前に置いてから、わたしは対面の椅子を引いた。

「初めまして…ゴンベエ・ナナシノです。シャルの両親とわたしの両親が昔から仲良くて、いわゆる幼馴染です」

見ず知らずの女性に自己紹介するわたしの笑顔は、おそらく誰の目にもぎこちなく映るだろう。ヤムライハさんのことを何も知らないとはいえ、わざわざシャルが日本に連れて来る女性だ。幼馴染と特別な関係にあることは想像に難くない。

「ゴンベエさん、初めまして。いきなり訪問したのにホットミルクまでありがとうございます。ヤムライハです。…シャルルカンとは同じ大学に通ってて…今回は」

「ヤムライハ、この先は俺が話すから」

ヤムライハさんの自己紹介を遮ったシャルが彼女に向ける眼差しの優しさに、二人が想像通りの関係と悟る。年に十日しか会えない関係が十六年続いていれば失恋しても思いの外ショックを受けない事実に驚いていると、それを上回る驚きをシャルが投下した。

「俺たち結婚するんだ」

「結婚…?え、まだ大学生でしょ?ヤムライハさんもシャルも…」

二十歳前後での結婚は日本だと若い部類だが、決して珍しいわけではない。しかし学生同士の結婚となれば話は別で、かなり希少な部類に入る。海外で学生結婚は珍しくないのかとわたしが尋ねる前に、シャルが答えを提示した。

「実は…子供ができた」

まったく想像していなかった報告に、わたしの頭は真っ白になる。シャルの両親や歳の離れたお兄さんにはヤムライハさんを紹介済。今回は日本に住む祖父母に結婚と来年孫が生まれる報告をするために帰国した、とシャルは続けた。

「え、去年帰って来なかったのって、妊娠と関係が」

シャルの学生結婚とヤムライハさんの妊娠に気が動転したわたしは、どう考えても時系列的にあり得ないうえにデリカシーを欠いた問いを口にする。もちろん幼馴染がすぐに否定したものの、ヤムライハさんはわたしに嫌な顔をするどころか「驚きますよね」とフォローも欠かさない。

「去年の今頃…養父を亡くしたんです。彼とは色々ありましたが実の両親も幼少期に亡くしている私にとって、たった一人の身内でした。食事も喉を通らないし講義にも行けなくて寮の部屋に引き籠っていたとき…シャルルカンがずっとそばにいてくれたんです」

「あ…ごめんなさい」

嫌なことを思い出させたと謝罪すれば、気にしなくていいとヤムライハさん。彼女の立場になればそう言うしかないとわかるからこそ、わたしは数十秒前の自分の発言を激しく悔いた。

「去年帰らなかったのは…落ち込むヤムライハを一人にできなかったから。そのときはまだ付き合ってなかったけど、俺は好きだったからさァ」

「一番辛いときにそばで支えてくれたのがシャルルカンだったから…気づけば私も好きになっていて、年明けには交際を始めました。妊娠が発覚したときはそんな彼との子だから産みたいと思ったし、妊娠を報告したときも"私が産みたいなら結婚して子育てしよう"って即答してくれたんです」

満面の笑みでわたしに結婚の経緯を話すヤムライハさんも、そんな彼女を愛おしそうに見つめるシャルもとても幸せそう。しかし、二人の話を聞いているとどうしても気になることがあった。二人の幸せに水を差すのを承知で、"答えたくなければ答えなくて構わない"と断りを入れてからわたしは問う。

「その…大学はどうするの?」

シャルと彼の両親、歳の離れたお兄さんはバラバラの国に住んでいる。ヤムライハさんに身寄りがないのは先の話から明らか。シャルの両親は共働きだし、彼らの近くに育児で頼れる大人はいないはずだ。

「ああ…俺たちは学年末が五月ですでに学費は納めてるから、とりあえず今年度は大学に通う。そのあとは二人で休学して、そのままヤムライハは産休。俺は働く」

「シャルも休学するの?」

高校の同級生に大学生同士で結婚・出産した人がいる、と別の同級生から聞いたことがある。同級生曰く同窓生にあたる男子は大学に通い続け、その彼女は退学して出産したようだ。

「ああ。ヤムライハは院進希望だから俺が支える」

「子供を幼稚園に入れるまでは院進を先伸ばしにする予定なんです」

大学復帰の時期をシャルに問えば、長ければヤムライハさんが就職するまで、と彼は口にした。ヤムライハさんも院進を諦めて二人で就職すればいいのに、というのは飲み込んでわたしはシャルに視線を向ける。すると再びわたしの疑問を先回りして、幼馴染が答えを提示した。

「こうみえてヤムライハ、すごく優秀なんだ。今の経済力を焦って就職するより、バイトで俺が支える間に院に進んでもらったほうが将来のためになりそうだろ?」

「…私が大学に通えているのも奨学金のおかげなんです。今は学業に専念しても生活できるだけの奨学金をいただいてるし、シャルルカンと出かける以外私はラボと寮の往復だから貯金もそれなりにあって。…できるだけ早くシャルルカンには復学してもらうつもりですから、ゴンベエさんは安心してください」

お節介を承知で返済期限を尋ねると、借りている奨学金は返済不要なのだとシャル。彼の言葉を借りればすごく優秀なヤムライハさんが選んだのだから、幼馴染もそれなりに優秀なのだろう。海外の大学で二人して優秀な成績を修めながら親の力を借りずに子育てしようとする彼らは、平凡なわたしからすればまるで宇宙人。

平凡な公立高校では帰宅部で、平凡な高校生活を送って平凡な成績で卒業した。田舎の親戚には伝わらない知名度の大学に推薦で入学したわたしは、大学でも平凡な成績をキープしている。小学生の頃に家族旅行でハワイに一度行っただけで、今はパスポートすら持っていない。

バイト代は全額お小遣いで、学費も教科書代も全額親持ち。首都圏に実家があって一人暮らしの必要性を感じられず、実家から通える範囲を条件に就職先も探すつもり。こんな自分がいかにぬるま湯に浸かって育ってきたかを見せつけられた気がして、気まずさを誤魔化すように表面に膜が張られたホットミルクに口をつける。

「あ、これ」

何かに気づいて声を発したのはシャル。彼の視線の先には蓋が閉まりきっていない宝箱があった。インターホンが鳴るまで眺めていたオーナメントのトナカイの角が、蓋の隙間から覗いている。トナカイは一昨年、つまりシャルから直接もらった最後のオーナメントだった。

「わー!懐かしっ」

ぐっとわたしの前に身を乗り出して箱を手繰り寄せたシャルは、蓋を開けてオーナメントを手に取る。四歳のときに初めてもらったニット編みのクーゲルに、子供の目には可愛くない兵隊、日本ではあまり見かけないトゲトゲの星。どれも年にたった十日しか会えないシャルとの思い出が濃縮された、かけがえのない宝物だ。

「なあに?それ」

シャルが手にするオーナメントに関心を示すヤムライハさんは、彼の前の宝箱に手を伸ばす。いつから好きだったかすら思い出せないほど前から想い続けた相手との思い出が詰まった宝箱にヤムライハさんが触れる寸前。ヤムライハさんの手を払ったわたしは、赤子を守る母親のようにシャルの前に置かれた宝箱を抱きかかえた。

「やめてっ」

その瞬間、空気が凍てつく。シャルはいいのにヤムライハさんが触れちゃダメな理由なんて、今更わたしには言えない。かといって適当な言い訳も思いつかず頭が真っ白になっていると、蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」とヤムライハさん。

「おまえが謝るこたァねえよ。…ゴンベエ、危ねーだろ?パッと見わからなくても妊娠してるんだって」

本人にその気がなくても、どんな雪山の氷柱よりも冷たく鋭く、ヤムライハさんの肩を抱くシャルの言葉はわたしに刺さった。

「…ごめんなさい」



パパとママは夜にならないと帰らない、と二人を隣家に返したわたしは、一人の家でダイニングテーブルに顔を伏せてわんわんと泣く。泣き疲れて顔を上げたら視界に入ったリビングの壁時計によると両親の帰宅まで三時間以上ある。まだ上半身ごと起こす気力はなくて再び伏せようとすると、今度は白い宝箱が目に飛び込んだ。

婚約者も子供もいる幼馴染と結ばれる可能性は、ヤムライハさんと破談にならない限りほぼ皆無。いつまでも報われない初恋の相手との思い出を大切に持っていても仕方ないわけで、箱ごと捨ててしまおうかと考え始めた。

ちょうど年末年始の大掃除で大きなゴミ袋を使うから宝箱ごと捨てても目立たないし、海外製のオーナメントならフリマアプリに出品するのも選択肢の一つ。どのみち宝箱を手放す決意をしたわたしが最後にもう一度見ようと宝箱を手元に引き寄せると、見覚えのないゴールドがキラキラと輝く。

それを右手の親指と人差し指で摘まんで持ち上げると、どうやら謎の物体の正体はラッパを手にした天使のオーナメント。羽根を摘まんだまま手首を回して角度を変えながら眺めれば、天使の足裏にある小さな文字に気づく。文字は両足の裏に書かれていて、右足はわたしの名前のローマ字表記だ。

<Mutlu Noeller>

左足の裏に書かれているのは、知らない外国語と四桁の数字。後者は今年の西暦で、先ほどヤムライハさんと来た際にシャルが宝箱に忍ばせてくれた証だ。幼馴染からの最後のオーナメントに再び涙が止まらなくなったわたしは、両親が帰宅する直前まで泣き続けた。



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