Short | ナノ


KISS×3【side you】(練紅覇)


道玄坂を上ったところにある、とある居酒屋の個室。この日は約二年ぶりに高校の仲良しグループで集まっていた。

「みんな〜久しぶりっ」

「ピスティ!会いたかったわぁ」

高校三年生のクラスで、いや学年の女子で一番目立っていたピスティは、南国の大学に進学している。このタイミングで集まることになったのも、八人で唯一海を隔てて暮らすピスティが帰省する春休みに合わせたから。

「まだアリババちゃんとモルジアナちゃんは来ないのぉ?」

「知らねーよ、あのバカップルなんか」

モルジアナは学年一の運動神経の持ち主で、スポーツ推薦で大学進学を決めた。高校の部活の顧問曰く、大学に行かずプロ入りしても大成する実力の持ち主らしい。しかし、プロアスリートの道に興味ないと本人は公言している。

「紅覇、ババア黙らせろよ」

「誰がババアよぉ?ジュダルちゃんも同い年じゃないっ」

"ババア"こと練紅玉は僕の同級生で妹。妹といっても母は違う特殊な家庭環境だが、一つ屋根の下で僕たちは暮らしている。

「みんな久しぶり」

「権兵衛」

ジュダルくんの声に振り向けば、アリババカップルを除いて最後にやって来た名無しの権兵衛。紅玉の親友で、大学も学部も妹と同じ。そして、僕の想い人でもある。

高校時代と変わらず、卒業後も紅玉と権兵衛は一緒につるんでいて。妹によって頻繁に我が家に招待される権兵衛とは、卒業後も顔を合わせる機会は多い。

二十年の人生で気になる女とはほぼ例外なく両想いになったし、正直なところ今だって僕はモテる。"ほぼ例外なく"の唯一の例外が権兵衛だ。彼女に好意を抱いてから一年半が経つものの、思うように距離を縮められずにいた。

「あ…黄文」

「露骨に嫌な顔するな」

その理由はグループの一員であり、権兵衛の元彼でもある夏黄文。一年次に一目惚れした女子と三年目でようやく同じクラスになり、ついに付き合えた。そうクラス中の男子に報告してきたのは、高校最後の夏休みが明けてすぐ。

目標を一つ上回るベスト八で終えたインターハイより、ずっと嬉しそうに誇らしげに初彼女の可愛さを説いていた黄文を、今でも僕はよく覚えている。クラスであまり目立たない存在だった当時の権兵衛については、"紅玉の親友"くらいにしか思っていなかった。

色々あって卒業後も会う仲になった八人組の関係を壊したくないのは、権兵衛も一緒のはず。それ以上に、万が一僕が付き合えても僕とも別れれば、さすがにこのグループに権兵衛がいづらくなるのはわかっている。

「遅くなってごめんなさい」

「モルたん、待ってたよ〜」

アリババたちが到着したのは、個室の予約時間の二分前。幹事の僕は下座に居座り、カップルを奥の席に通す。上着をハンガーにかけた二人の着席を待って、テーブルの隅に置かれた呼び鈴を押した。



個々で会っている人はいても、八人が揃うのは卒業式以来。簡単な近況報告をしてからは、同じテーブルを囲む四人ずつのグループができていた。

僕の隣はピスティ、その向かいが黄文で、僕の目の前が紅玉。ピスティの隣、黄文の斜向かいに権兵衛がいて。隣のテーブルでは、アリババカップルの惚気とそれに茶々を入れるジュダルくんの話を、楽しそうに権兵衛は聞いていた。

「ね〜彼女いないなら、気になってる子はいないの?」

ぐいぐいとカットソーの肩周りの生地を引っ張りながら僕に問うのはピスティ。三十分足らずでレモンサワーを二杯空けたピスティの頬は、ほんのり色づいている。

「ん…いなくはないよ」

権兵衛とか権兵衛とか、権兵衛とか。そう思っていても、同じテーブルを囲む元彼の前では絶対に言えない。僕の答えにピスティはもちろん、対面の紅玉も目を輝かせる。一番の協力者となりうる妹にも、僕の片想いは話していなかった。

脳裏によぎった顔が気になってピスティの奥に視線を向ければ、想い人の右側に置かれたビールジョッキの中身は全然減っていなくて。体質的に権兵衛は酒自体があまり得意ではない。そう紅玉から聞いていたのを思い出す。

「権兵衛、大丈夫?」

ピスティの右手の奥に左手をついて権兵衛の近くに身体を持っていき、背後から耳元で彼女に囁く。びくりと大きく身体を震わせた権兵衛は、蚊の鳴くような声で肯定の意を示した。

顔は赤いが、見たところ酒が原因ではなさそうで。心のなかで僕は胸を撫で下ろす。ソフドリを頼むよう勧めたものの、「ビールを残すのはお店に悪い」と権兵衛は俯く。

「飲めないなら、一杯目から烏龍茶でもオレンジジュースでもいいの!無理にビールを飲んでぶっ倒れる方がお店に悪いんだから。おまえのビールは僕がもらうよ」

アリババに呼び鈴を押すよう言いつつ権兵衛のジョッキを取ると、さっきより大きいけど僕にしか聞き取れない声で彼女は礼を告げる。控えめな笑顔に"あわよくば間接キス"なんて思っていたのを申し訳なく思いはじめると、背中に軽く体重をかけられた。

「紅覇の気になる子って権兵衛なの〜?他の子より優しくない?」

左から振り向くと、ピスティの顔がかなり近くて。背中にのしかかる重みに気を取られている間に、室内の視線が僕に集中する。ピスティから目を逸らせないものの、想い人の視線も僕に向けられているのは容易に想像がつく。

「ピスティこそ。さっきから僕と距離近くない?」

「ふふ、どうかな?でも紅覇とは一度くらいお手合わせ願いたいと思ってるんだよっ」

ピスティほどの女なら一度くらいお手合わせしてみたいところだが、この話は決して今じゃない。隣にいる女友達の可愛らしさは、僕たちの母校では伝説になっている。同級生に先輩後輩、他校の男子に通勤中のサラリーマンまで、高校在学中は毎日のように告白されていたらしい。

そんなピスティにほろ酔いで迫られたら、大半の男は落ちるだろう。今の僕だって例外ではない。そんなことを思っていれば、脳がふわふわしてきた。これは一定量以上の酒が体内を巡っている合図。

「ピスティさ、僕が酔うとどうなるかわかってて言ってる?」

「もち!」

にやりと口角を上げたと思えば、何の躊躇いもなくピスティが僕に口づけた。すぐに唇が離れれば、今度は僕が唇を重ねる。僕には酔っ払うとキス魔になる癖があり、その合図が頭のふわふわだ。

男なら迷うことなく唇を奪いにいくが、さすがに女性が相手のときは頬や口のそばに留めていて。今回もそのつもりだったのに、四杯目のレモンサワーをほぼ空けているピスティには通じない。

ちらりと視線を左に向ければ、自身の視界を遮るように両手を目元に掲げつつ、指の隙間から僕たちを凝視しているのは紅玉。夏黄文やアリババは顔を赤くしてるし、ジュダルくんはニヤニヤしている。死角にいるモルジアナと権兵衛は目視できないが、おそらく顔を赤くして固まっているだろう。

ピスティのキスを抵抗せず受け入れる僕を見て、権兵衛が泣けばいいのに。そんなことがふと、頭をよぎる。思い返せば、嬉し涙も含めて権兵衛の涙を見たことなくて。初めて見る涙が僕を想っての涙であってほしいとすら思ってしまう。

「紅覇、ピスティ!テメーらいつまでやってんだよ」

わざわざ権兵衛の対面から移動してまで、僕たちを引きはがしたのはジュダルくん。珍しく真面目な彼の言動に驚いていると、「ちぇっ」とピスティは唇を尖らせる。

一呼吸置いて周囲を見渡せば、アリババと紅玉、黄文は顔を真っ赤にしていて。最後にピスティの奥の権兵衛を視界に捉えれば、赤面することもなく彼女は固まっていた。



「王様だーれだっ」

ピスティとのキスのあと、一言も権兵衛と言葉を交わさず一時間。ジュダルくんの音頭で王様ゲームが始まっていた。最初の王様は、今回の発案者。

「じゃあ…六番が一番にキス!」

「待て!このメンツでそーいうのは無しっ」

恋人が可愛くて仕方ないアリババは首を振るが、このメンツで"キス"なら頬や手にすればいいこと。唇にしろなんて、さすがにジュダルくんも言わない。それでも女性陣も反対の意を示せば、さすがにジュダルも方針転換せざるを得なかった。

しかし、今回の命令だけは有効で、六番が一番にキスしなくてはならない。命令が命令なせいでなかなか二人とも名乗り出なかったが、観念して先に名乗りをあげたのは一番・黄文だった。なお名乗り出ない六番に苛立ちをちらつかせる王様の催促から少しして、おずおずと六番の箸を持つ手を挙げたのは、一番僕が望まなかった相手。

現在進行中のアリババたちならまだしも、よりによって一年前に終わった二人なんて。そんな空気が僕たち八人を包む。ジュダルくんを相手に最初は抵抗を見せていた権兵衛は観念したのか、元彼の恋愛事情に配慮しはじめた。

「好きな男は?」

元彼女にされた配慮を黄文が返すと、ゆっくり権兵衛は顔を上げて。そのとき、確かに権兵衛と目が合った。たまたま顔を上げた先に僕がいただけで、深い意味はない。それくらい僕もわかっている。

好きな人はいないとの権兵衛の声に肩を落としていると、無音の個室にもかかわらず空気が一変した気配がして。顔を上げれば、元彼の唇に想い人がキスしていた。

僕たち七人の疑問をすぐ言語化したのはアリババで、その問いを受けた権兵衛の顔からは漫画のように血の気が引いていく。"唇にしないといけない"と、どうやら想い人は思い込んでいたらしい。権兵衛は俯いて部屋を飛び出し、どこかへ駆けてしまった。

「紅覇、追わなくていいの?」

権兵衛や彼女に声をかけるモルジアナ、僕に声をかけるピスティすら眼中にない。それほど今の僕は不機嫌だ。自分は平気で好きな女以外とキスするのに、好きな女が元彼とキスしたらここまで落ち込むなんて。思ったより重症かもしれない。

「僕…帰るね」

このテンションで飲み会に参加し続ければ、場を盛り下げるのは確実。ジュダルくんにPayPayすると告げ、壁かけハンガーのショートダッフルを手に取る。紅玉が僕を引き留めようとしたが、下駄箱に向かう僕の足は止まらない。

「…紅覇くん、帰っちゃうの?」

スマートフォンで最寄駅までの電車を調べる僕に声をかけたのは権兵衛。会いたくて会いたくない想い人から視線を逸らしつつ、小さな声で肯定の意を示した。

「もうわたしも戻るから…一緒に戻ろうよ」

「ううん、帰るよ」

みなまで僕に言わせず身を引くのが、いつもの権兵衛。しかし、今にも泣きそうな顔で今日の権兵衛は首を振る。

「何でよ、また僕の家に来れば会えるじゃん」

「そうだけど…さっきまで二次会に行く気満々だったでしょう?紅玉を置いてくの?」

痛いところを指摘する権兵衛に、僕は言い返せない。確実に義妹に手を出さない男しかいなくても、男のいる飲み会に揃って参加するときの兄妹の帰宅は必ず一緒。目の前で顔をしかめる妹の親友が、それを知らないはずがない。

「あのさ…好きな女と元彼のキスを見せつけられた僕に、その二人がいる二次会に来いって言うわけ?」

「だって紅覇くんが来ないのは寂し…え?」

告げる気のなかった想いを告げてしまったことに、権兵衛の反応で僕は気づく。顔をしかめたままの想い人は、瞬き一つせず僕を見つめている。

「だーかーらー!権兵衛が好きなの!」

ついに明言してしまえば、もう元には戻れない。おそるおそる権兵衛を見ると、顔をしかめたまま固まっていて。

「ひどい顔」

「…元からこの顔だもん」

僕の悪口で我に返った権兵衛は、可愛いげのない声で返す。反応としては微妙だが、顔が赤いのは隠せていなくて。返事を促せば、蚊の鳴くような声で「わたしも」と返ってきた。両想いの事実ににやけそうになるのを堪えながら、冷静を装って権兵衛に尋ねる。

「じゃあ…さっき僕が好きって、なんでジュダルくんに言わなかったの?」

「それは…黄文から逃げるダシに利用するみたいで嫌だったし…紅覇くんを好きって言っても、あの場じゃ信じてくれなかったでしょう?それにノリでOKされても嬉しくないし」

確かにあの場で好きと言われても、本気とは思えなかっただろう。それはジュダルくんたちも同じで、今この場で僕たちが交際宣言しても変な雰囲気になるのは目に見えている。ただ恥ずかしいとかではない、権兵衛なりの考えがあっての判断とわかれば、僕が不満に思うことは何もない。

「紅覇くん…」

呼ばれたと思えば、早くみんなのところに戻ろうなんて恋人は言う。

「えー…それなら権兵衛も抜け出そうよ」

せっかく付き合えたんだし、と畳み掛ければわかりやすく権兵衛は頬を赤らめる。しかし、すぐに恋人の口から出てきたのは僕の妹。

たとえ付き合えても浮かれず、自分の親友で僕の家族である紅玉を大切にしてくれる。そんな権兵衛だから、僕は恋に落ちた。彼氏の誘いを断って申し訳なさそうにする彼女を見て、僕は確信する。

「わかった、僕も戻るよ。だから今ここでキスして」

「そん、な…ここ、廊下だよ?」

一応周囲を見渡せば、僕たち以外誰もいない。廊下と個室の違いを無視して「元彼にはしたのに?」と意地悪を言って拗ねてみると、思いの外あっさり権兵衛は白旗を揚げた。しかし、僕に近づく真っ赤な顔に透ける思惑に気づいた僕は、慌てて恋人の口元に手を宛がって制する。

「唇以外、ダメだからね?」

「!」

僕の指摘に動揺を隠さない権兵衛の表情は、あまりに面白くていとおしい。いじめすぎて交際早々に嫌われるのも嫌だなんて気持ちが頭をよぎれば、権兵衛に僕から口づけていて。すぐ顔を離すと、首や耳まで彼女は真っ赤にしていた。

「え、紅覇?…権兵衛?」

背後から聞こえた声に振り向けば、棒立ちのアリババ。何してるのかと問うと、「ト、ト…トイレだよ!」と僕たちからアリババは目を逸らす。

お手洗いの場所がわからないのか、せわしなく視線を動かす友人に「あっち」と目的地の方角を指させば、そちらに彼は駆けていった。視界から黄色が消えると、自然と僕たちは見つめ合う。

「…戻ろっか」

「そだね」

僕たちの関係が残りの五人に知られるのも時間の問題と思いつつ、みんなが待つ部屋に権兵衛と僕は戻った。



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