Short | ナノ


ちゃんと言って(ジャーファル)


「どこまでもお供します」

「さあ、次の札を取りに行くか…」



空には雲一つない謝肉宴の夜。アラジンやアリババくんたちの帰国を祝う宴が行われている。王宮主導の宴で国全体がお祭ムードのなか、我が主は世界のために力を集めるべく、東国の姫君や"マギ"の元を回っていて。次のターゲットである新しい"迷宮攻略者"の元に向かおうとしていた。

「あっ、待ってください、シン。ちょっと寄りたいところが…」

半歩先を行く主に一言声をかければ、先ほどまでの神妙な面持ちをいとも容易く彼は崩す。紅玉姫が見れば百年の恋も一瞬にして冷めるほどの気持ち悪い笑みを浮かべ、シンはニタニタしはじめる。

「本当におまえは…ゴンベエのことになると心配性だな」

「あんな格好でうろつかれたら、たまったもんじゃありませんよ」

煌帝国の面々を探す少し前、ヤムライハやピスティともに私たちの前に現れたのは私の恋人。この国の女性が宴で纏う衣装で、ゴンベエは宴に参加していた。シンドリアにゴンベエが来て五年近く経つが、それは初めてのことで。

バルバッドの小さな島で育った恋人は、普段から華美な化粧や衣類を好まない。恋人の証としての宝飾品も、潮風で錆びるからと受け取ってもらえなかったほど。海兵として遠洋航海に出ずっぱりのゴンベエが宴に参加するのは、ほぼ半年ぶりだ。

ただでさえ一年の半分は船にいて、私の目が行き届かない。そのうえ、ともに船上で生活する海兵のほとんどが男。そんな女性に恋をしてしまった私は、ヒナホホ殿に頼み込んで彼の直属部隊にゴンベエを送り込んでいた。交際前から惚れた女性の監視役に、イムチャックの戦士をつけていたのだ。

「ピスティの化粧で本当に見違えるようだったな」

「それはシンの目が節穴なだけです。もう老眼ですか?」

普段のゴンベエも十分に綺麗で可愛い。それを見抜けない主に禁句交じりの嫌味を言えば、ビシッと音を立てて頭を叩かれる。軽くクーフィーヤがずれた程度で痛みはないし、痛くないようシンが叩いたのも私はわかっていた。

付き合って二年、出会って五年ほど。それなりの期間ゴンベエと一緒にいるものの、着飾った彼女を見たのはこれが初めて。恋人の贔屓目はあるにせよ、その姿はあまりに綺麗で。

他の男の目に入ったら、シンドリア中の男がゴンベエに惚れてしまうのではないかと気が気でない。絶世の美女ではないが、原石として潜んでいた恋人がピスティによって磨かれたわけで。今まで女性としてゴンベエを見ていなかった男だって、心変わりする可能性は十二分にある。

「ジャーファル、あれじゃないか?ゴンベエ」

先にゴンベエを見つけたのはシン。指をさしながら、ニタニタしながら"七海の覇王"は私の顔を覗き込む。しかし、あまりに私が不機嫌を全面に出すからか、シンの顔には冷や汗が浮かんでいく。

「あいつらは…」

「彼らはヒナホホ殿傘下の部隊の海兵…ゴンベエの同僚です」

視界の先で、依然としてあの衣装を着ているゴンベエ。酒が入っているであろうグラスを左手に持ちながら、海兵二人とゲラゲラ笑っていた。いくら心配性でも、異性の同僚との談笑に目くじらを立てるほど私も狭量ではない。

しかし今問題なのは、私の恋人に向けられた視線。同僚二人のうち長身の男とゴンベエが話している間、小太りの男の視線は完全に恋人の胸に落とされている。

「荷物を抱えるときに胸が邪魔」と愚痴を零すゴンベエは、ヤムライハほどでないにせよ、それなりに豊かな胸の持ち主。普段はサラシを巻いて航海に出ているはずで、胸の秘密を知る者は多くない。話し相手の目を見て話すゴンベエのことだから、自身の胸に集まる同僚の眼差しには気づいていないはず。

話し相手が交代すれば、長身の男の視線はゴンベエの腿や尻に向けられていて。さほど自分と背丈の変わらない話し相手の顔から視線を外さない恋人は、もっと高い位置から落とされる視線の先など気に留める素振りはない。

「何でもいいから上に羽織るよう、さっき言ったばかりなのに…」

それにもかかわらず、半刻も経たないうちからこれだ。他の男に笑顔を向ける恋人と、彼女にいやらしい視線を向ける男たちに、私は舌打ちせずにいられない。

「…俺、ちょっとドラコーンたちと話してきてもいい?」

「お好きにどうぞ。終わったら呼びに参りますから」

じゃあ後で。左手を挙げてそう告げながら、不機嫌全開の私からシンは逃げようとする。しかし、あることを思い立った私が心を呼び止めた。

「…あ、シン。少しの間これを預かってください」

左手だけで官服の帯を解いた私は、そのまま主に向かって腕を伸ばす。シンの手が帯を掴んだのを確認してから、羽織を脱ぎつつ私は歩みを早めた。



「ゴンベエ、これを着てください」

「…ジャーファル」

ゴンベエの背後から現れた私は、彼女の肩に自分の羽織をかける。きゅっと抱きしめるように羽織の袷を左手で握る恋人は、ほんのり頬を染めて目をとろんとさせていて。今すぐゴンベエを連れて帰りたい衝動を抑えつつ、先ほどまでこの視線を彼女が向けていた矛先を私は一瞥した。

彼ら二人はゴンベエより長く海兵として働いている。つまり、私たちの関係を知らないはずはない。一瞬視界に入った二人の顔は青ざめ、ぶるぶると震え出す。私が横入りするまでは、彼らも酒を飲んで顔を赤らめていたのに。

「そんなに顔を青白くして…どうしたんです?寒気でもするんですか?」

「え、いや…その…」

いつも通りの政務官の微笑みを向けたものの、目の前の二人は冷や汗をかきはじめていた。滅多に雪が降らないこの国で、身体を震わすほど寒いのは雨の夜くらいだ。

熱燗でも?と問いたくても、生憎私の手には燗どころか酒すらない。恋人に手を出そうとした落とし前をどうつけさせるか考えていると、彼らの間から私の羽織を持つゴンベエが現れた。

「寒いなら、これ着ろよ」

「ゴンベエ!それはあなたに着せるためのものであって」

「嫌ったら嫌」

恋人のまさかの発言に、彼女の左右にいる海兵も私も言葉を失う。間髪容れずに理由を問うた私にゴンベエが返したのは、またしても予想外の一言。

「だって…みんなが褒めてくれっから」

「…はぁ?」

反射的に不満が口をつけば、ゴンベエも不満気にそっぽを向く。先ほどまで頬を赤らめ、目をとろんとさせていた可愛らしい恋人はどこにもいない。

「…可愛いって、みんなは、言ってくれたんだよ!」

一言ずつ区切りながらそう口にしたゴンベエは、なぜかご立腹の様子。両腕を身体の前で組み、頬を膨らませて口を尖らせる恋人はなかなか貴重だ。こんなゴンベエもたまには悪くない、なんて思う自分もいる。

とはいえ布面積が著しく少ない宴衣装で両腕を組めば、胸の谷間が強調されて海兵たちの視界に入ってしまう。今すぐ制止したい半面、口にすればさらにゴンベエの機嫌を損ねる気がして。心の中で一人私は頭を抱えていた。

「…ゴンベエ、おまえも落ち着けよ」

「そうそう、せっかくジャーファル様が来てくださったんだからさ…」

やっと言葉を発した二人に、先ほどまで我々に背を向けていたゴンベエは向き直る。そのまま恋人が口にした言葉に、さらに二人は慌てふためく。

「…可愛いって、二人も言ってくれたもん。な?」

「え、ちょっとゴンベエ…」

「ジャ、ジャーファル様、違うんです…!」

酒で上気した頬と潤んだ瞳とともに、上目遣いで同僚に同意を求めるのはゴンベエ。わかりやす慌てふためきながら、ゴンベエと私に交互に二人は視線を移す。すぐ否定できないのは、私の恋人に"可愛い"と言った証拠とみていい。気づけば私もかなり鋭い視線を向けていたようで、程なくして二人は白旗をあげた。

「…確かに言いました。ですが、決してジャーファル様からゴンベエを奪うとか、邪な気はなくてですね…」

「"可愛い"って彼らが言ったから何なんです?"過度な肌の露出を控えてほしい"と願う恋人の気持ちより、周囲からの"可愛い"がゴンベエにとって大事なんですか?」

思わず本音が口をつけば、「そんなこと言ってない!」とゴンベエも声を荒げる。今の恋人の大声に、私たちの周囲で宴を楽しんでいた者たちが異変に気づきはじめた。人前でなくてもこんな喧嘩は初めてで、どう収拾をつければいいか私にはわからなくなっている。

自分の中に、政務官・ジャーファルとゴンベエの恋人・ジャーファルの二人がいて。アラジンやアリババくんたちの"迷宮"攻略を祝う楽しい宴を、私たちの喧嘩が壊しているのは事実。

二人のジャーファルのうち優先すべきは当然前者で、私が我慢すれば場は丸く収まる。しかし、恋人としての意見を取り下げる気は毛頭もない。

「…じゃあ何なんです?ちゃんと言ってくれないとわかりません」

察しろと言われても、わからないものはわからないわけで。そう伝えれば、先ほどまで喧嘩腰だった恋人はわずかに目を潤ませる。しばらく反応を待ったものの、依然として恋人は頬を膨らませて口を噤んだまま。

もう一度意思表示を促そうとしたとき、トコトコとゴンベエの前に現れたのは一人の女の子。私の視界の奥では、少女の父親らしき人物が顔を真っ青にしている。

「おねえさん、すごくかわいい!」

「…ありがとう。嬉しいよ」

四歳ほどの女の子に優しく微笑むゴンベエに、「おねえさん、かわいいね」と女の子は繰り返す。その女の子が可愛いと口にするたびに、満面の笑みで恋人は礼を繰り返していて。そういえば、やけに先ほどのゴンベエは"可愛い"に固執していた気がする。

「…えっ、まさか」

誰にも聞こえない声量でぽつりとつぶやいた私は、左手の袖余りの官服で自分の口を覆う。男勝りで、傷の一つや二つ平気で身体に作ってきて、何度注意しても一度に飲み込めない量の料理を口にかきこむ癖が直らないゴンベエ。

仮説が正しいとしても、そんなくだらない理由で彼女が腹を立てているとは到底思えなくて。それでも目の前の恋人を見ると、試してみる価値はある。

「ゴンベエ」

短く呼べば、女の子に向けた優しさを全排除した目を恋人が向けた。

「…普段も可愛いけど、今日は一段と可愛いですよ」

私の発言を耳にしたゴンベエは、大きく目を見開いて頬を緩ませていて。出会って五年で初めて見る恋人の表情に、政務官・ジャーファルが自分の頭から一瞬消え去る。

ゴンベエを可愛いと思うのは私にとって当然で、言わなくても伝わっていると思っていた。"可愛いと言って"を察してほしいだなんて、口にすればいいのに。そう恋人に思っていたのは私。しかし、"可愛いと思っている"を恋人に察してほしかったのも私だ。

「ゴンベエ…今すぐ部屋に帰りましょう」

「でもジャーファルが抜けたらまずいんじゃね?王の暴走を誰が止めんの?おっちゃんは子供連れて部屋に戻っちゃったし」

「ヒナホホ殿が寝かしつけで一時間くらい戻らないのは珍しくありません。それなら一時間や二時間私が抜けても問題ないでしょう?それに…シンは暴走なんてしませんから」

小太りの海兵から自分の羽織を奪った私は、ゴンベエのグラスを長針の海兵に預け、彼女の左手を引いて王宮に歩みを進める。右手の羽織を恋人に手渡して肩にかけるよう伝えれば、先ほどと違って素直にゴンベエは羽織に袖を通す。

「ジャーファルの匂いだ…」

官服の右袖を鼻に近づけてそう言うゴンベエは、とろんとした目で私を見ていて。普段は片鱗すら見せない恋人のとろけた表情に、衝動的に彼女を横抱きにする。暗殺組織時代に培った脚力で二階の窓から王宮に侵入し、駆け足で私の部屋に向かった。



自分の寝台にゴンベエを横たわらせ、今度は私が寝台に腰を下ろす。靴を脱ごうと右足首を左腿に乗せたところで、私室の戸を叩いたのはシン。

恋人を連れ込んでいることを気づかれないよう小さく扉を開けて応じれば、なかなか戻らない私を自ら探しに来たという。白龍皇子の相手くらい一人ですればいいのにと思いつつ、主直々のお迎えを断れるはずがない。

「こういうときに限って仕事モードなんて」

少し待つよう主に告げたあと扉を閉めて小さく舌打ちすれば、それを拾ったゴンベエは苦笑いしていて。名残惜しい気持ちを伝えるように、靴を履いたまま寝台に膝で乗って恋人を抱き締める。

「今日はとびきり可愛いんですから、そのままの格好で待っててくださいね」

「…変態」

「変態とは心外だな。…でもちゃんと言っておかないと、着替えるでしょう?」

まだ赤みの残る頬に軽くキスしてから、小走りで私はシンを追う。白龍皇子と話し終えた後の、恋人との甘いひとときを心待ちにして。

しかし、皇子の腕から現れた組織の駒がアリババくんとシンにかけた呪いで逢瀬どころではなくなり、翌日からゴンベエは急な遠洋航海に出てしまった。とびきり甘い時間をゴンベエと過ごせたのは、さらに一年半後の話。



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