Short | ナノ


エプロンの君【中編】(練白龍)


週が明けた火曜日。権兵衛の通う中高一貫校の校門前に白龍は立っていた。週明けすぐに来れなかったのは、前日の放課後はバイトだったから。

白龍の通う高校からは電車で三十分の距離で、権兵衛の学舎は閑静な住宅街にある。門前に立つ警備員二人の鋭い視線を感じるものの、校舎から生徒が出てくる気配はない。学校によってはまだ授業中だろうし、着くのが早すぎた。そう白龍が感じたとほぼ同時に、ぽつぽつと昇降口に生徒が見えはじめる。

いつ権兵衛が来るかわからないにせよ、守衛の目もある以上、ずっと昇降口に視線を送るのはまずい。意識の向く先をごまかすように、スラックスの右ポケットからスマートフォンを取り出し、英単語アプリを白龍は起動した。

ノイズキャンセリング付きのワイヤレスイヤホンをしているのに、今日はやけに周囲の雑音を拾う。去年の十六歳の誕生日に義兄・紅明からもらったもので、まだ開封から一年も経っていないのに。

複雑な出自もあって、義兄と白龍の関係は決して良好とはいえない。とはいえ、ガジェットやメカに詳しい次男には白龍も一目置いていて。義兄が選ぶなら間違いないとみて、もらった日からそれを白龍は愛用していた。

視線は依然としてスマホに向くものの、雑音だけではない圧迫感を白龍は覚えはじめる。満員電車に似た感覚だが、やけに自分に圧が向いているような。耐えかねた白龍が視線を上げると、予想外の光景が広がっていた。

そこには、視界を埋め尽くさんばかりの女子生徒。スマホから顔をあげた白龍に気づくなり、セーラー服の女子たちは割れんばかりの大歓声をあげた。

「あの…?」

「その制服って…あっ、待って。かっこよすぎる!」

自分を囲む女子たちに白龍は質問攻めされるものの、四方八方から質問が飛び交えば正確には聞き取れない。

「ひっ…人を、待っていて」

待ち人の存在を明かせば、名前や学年、部活などを問う黄色い声が白昼の住宅街を飛び交う。自分と同学年の待ち人は、名無しの権兵衛。バイト先での会計中、財布に入っていた学生証からその情報を白龍は得ていた。しかし、名前を勝手に明かすのはよくない気がして、白龍は沈黙を選ぶ。

帰宅部の白龍にとって盲点だったのは、部活の存在。部活をしていれば、ここを権兵衛が通るのは数時間後かもしれない。考えが足りなかったと白龍が後悔しはじめたとき、目の前に見覚えのある女子が現れた。



「権兵衛のために他校の男友達を誘っているんだから!英語の小テストも終わったし、ぱーっと今日は遊ぼ!」

「あんなイケメンを知ったら、忘れられないのはわかるけど…。いい?権兵衛、男を忘れるには男だよ!」

「…うん」

門の前に白龍が着いた頃、三人組がいたのは教室。中高一貫校で帰宅部、一人っ子の権兵衛は、四年以上まともに同年代の男子と話していない。唯一の例外が、たまたま足を運んだケーキ屋の従業員・練白龍。

「男友達って、どんな人たちなの?」

「"エプロンの君"とは全然違うタイプだよ。今日は三対三で、あとの二人はシャル…私の友達が呼んでくれるから、私も会ったことはなくて〜」

合流予定の男子に友人たちが盛り上がるなか、今一つ権兵衛は盛り上がれずにいた。"男を忘れるには男"という荒治療もわからなくないものの、権兵衛の心にはまだ白龍がいて。二人の美女と親しげに話す白龍を目撃したとはいえ、女性を取っ替え引っ替えして彼が遊んでいるなんて、まだ信じたくなかった。

「…ねえ、校門の外すごい人だかりだよ〜!」

「ロケでもしているんじゃない?」

二人の会話を聞き流しつつ、自分の出席番号が書かれた下駄箱の上段に上履きを入れ、下段のローファーを権兵衛は手に取る。うまく足が入らないローファーの踵を軽く踏みながら、友人たちに遅れて権兵衛も昇降口の外に出た。つま先をトントンと地面に落としてローファーに足を入れながら校門に向かうと、人だかりの原因が撮影でないことに気づく。

人だかりから出てきた生徒に、権兵衛たちのクラスメイトが二人。その子たちを掴まえて何事かと尋ねると、都内有数のお金持ち学校の制服を着たイケメンがいるという。

「すっごくイケメンなの!俳優かモデルだと思うけど、なんでうちの高校の前にいるのかわからない」

「あれは芸能人レベルだから、権兵衛たちも拝んできたほうがいいよ!…でも…本当に芸能人なら、左側の火傷痕は直さないのかな?」

"芸能人レベルのイケメン"や"左側の火傷痕"に、三人組の脳裏には共通の顔が浮かぶ。三人で顔を見合わせれば、しばらく沈黙が続いた。その沈黙を最初に破ったのは、他ならない権兵衛。

「そんなわけないじゃん。うちの学校に白龍くんが来る理由なんて…どこにもないよ」

「確かに。この前あのケーキ屋で見た可愛い系彼女や巨乳お姉さんほどの美女、うちにはいないもんね」

「でもさ、あの可愛い系の彼女って…さっき聞いたお金持ち学校の制服着ていなかった?」

つまり、例のイケメンが白龍の可能性はゼロではない。"例の彼女と白龍は学校で出会った"とすれば、二人の関係性は説得力を増す。

「じゃあ、権兵衛の代わりに私が見てきてあげる〜!」

そう口にした権兵衛の友人は、イケメンに群がる女子生徒のなかに入った。学年でもとりわけ小柄で、中等部の生徒と頻繁に間違えられる友人は、いとも簡単に列の前方に飲まれていく。残った友人と二人でしばらく待っていれば、女子生徒の群から大声が木霊した。



「権兵衛!やっぱり"エプロンの君"だよっ!」

「だから、その呼び方やめてってば!」

大声で"エプロンの君"などと友人が言うから、思わず権兵衛は大声で返してしまう。これでは、面識のない生徒にも"わたしが権兵衛です"と自己紹介しているようなもの。自分の発言を端に注がれた視線に、権兵衛は逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。しかし、そんな権兵衛を阻んだのは、この騒ぎの中心人物。

「権兵衛…?あなたの仰った権兵衛って、あの権兵衛さんですよね?」

群の中心から聞こえたのは、潜入した友人に問う白龍の声だった。友人の答えは権兵衛に聞こえないものの、しばらくすると内側から二つに群が割れていく。その光景は、まるでモーゼの"十戒"のよう。

割れたところにできた道を前進する白龍の視線の先には権兵衛。白龍がいるなんて微塵も思っていなかった権兵衛の思考は、完全に停止している。

「…どうして」

「権兵衛さんに…話があって来ました」

白龍の言葉に、周囲から悲鳴が飛び交った。移動する白龍に伴って女子高生の群も移動していて、気づけばその中心に権兵衛もいる。あまりの悲鳴の大きさに耳を権兵衛は塞ぐものの、手のひらをいとも容易く悲鳴は貫通していく。

突然騒動の中心に放り込まれた権兵衛は、目の前の出来事を受け入れるのに必死で。自分に会うために校門の前に白龍が来たことは、どうにか飲み込めた。しかし、白龍の目論見や話の内容は一切わからない。

「…でも」

これから友達との約束がある。しかも、白龍を忘れられない権兵衛のために、わざわざ他校の男子を誘ってくれていて。自分のために人を集めてくれたなら、友人のためにも行かなくては、と権兵衛は思っていたのに。

目の前には、会いたくて会いたくなかった白龍がいる。しかも、"自分に会うために来た"なんて言われてしまえば、権兵衛には白龍しか見えなくなっていて。

「何か、このあと予定でも?…そうですよね、勝手に俺が押しかけただけですし…迷惑でし」

「迷惑なんかじゃな」



「ちょっと!道路で何を騒いでいるんです?近隣から苦情の電話が着ていますよ!」

校門の内側から響き渡るのは、副学長の声だった。冷静になってみれば、白龍や権兵衛がいるのは道路のど真ん中。元々車通りの少ない道だから、今まで気にならなかっただけで。大勢の生徒が道路を塞いでいる現状に、近隣住民や教師陣が怒るのは無理もない。

「何が原因です?近隣の方に説明するから、早く説明してちょうだい!」

副学長の一言に、生徒たちの視線が一人に集中する。女子校の前で起きた騒動の中心人物が他校の男子生徒と判明するなり、副学長の顔つきは一変した。

「あなた!うちの生徒に一体何をしたんです?」

副学長の物言いは、明らかに白龍を悪者と決めつけている。勝手に自分たちが白龍に群がっただけとわかっている生徒たちは、視線で副学長に不服を訴えた。

しかし、この問題の責任を取れば、内申に響く可能性がある。権兵衛の通う高校では、推薦制度で進学先を決める生徒も多い。上位校の推薦をもらうには、学業成績はもちろん、教師陣からの印象を損なうわけにいかなくて。内申に土をつけられる可能性を恐れる生徒たちは、副学長に真実を告げようとはしなかった。

「あのっ、私たちが悪いんです!クラスメイトに彼氏ができたので…会いたいって私たちが騒いだんです」

「そしたらその彼氏が門の前に来てくれたんだけど、見ての通り超イケメンでしょ?だから、他の子たちが大騒ぎしちゃって」

あたかも事実であるように嘘を紡ぐのは、権兵衛の友人二人。白龍と権兵衛は勝手に恋人にされて戸惑っているし、周囲の生徒も彼女たちの饒舌な嘘に戸惑っていて。

「副会長っ!父兄以外の男が文化祭に来れないような学校に、友達の彼氏を呼ぼうって提案した私が悪いのっ」

「私たちなら逃げずに反省文を書きますから、早く他の子たちを帰しましょう。この混乱が長引くと、近隣の方たちの印象もよくありませんよ」

そう二人が言えば、副学長は一声で生徒たちに解散を命じた。無自覚とはいえ公道を塞いでいたのは事実で、多少なり罪悪感を抱く生徒たちは素直に副学長に従う。

クレームをもらった近隣住民に電話をしてくると権兵衛の友人二人に告げた副学長は、くれぐれもこの場を離れぬよう白龍に言いつける。副学長が踵を返すのを待って、すぐにこの場を離れるよう、白龍と権兵衛に友人たちは告げた。

「そんな…!お二人を犠牲にするなんて、俺たちには」

「二人が行ってくれなきゃ、何のために私たちが怒られるのかわからないじゃない!」

友人の言葉を受け、「行きましょう」と権兵衛に白龍が声をかける。しかし、権兵衛は校門前から動こうとしない。

「権兵衛さん…?」

「…っ」

たまらず友人たちに権兵衛が視線を向ければ、揃って"しっしっ"と二人を手で払いのける仕草を友人たちは見せる。

「早く行きなよ、権兵衛!明日は丸一日質問攻めにするから覚悟しといてっ」

「シャルや他の男子は心配しなくていいから!副学長が戻る前に早く!」

「…でもっ」

依然として校門の前に留まろうとする権兵衛の手を、白龍が掴んだ。せっかく矢面に立った二人の気持ちを無駄にする気か。そう白龍が言えば、権兵衛も渋々納得するしかない。

「…ごめんね、二人ともありがとう!」

校門の前で手を振る友人二人に背を向け、副学長から逃げるように白龍と権兵衛は校門から離れた。



[ << prev ] [ 38 / 44 ] [ next >> ]
[ Back ]
[ Bookmark ]



2020-2024 Kaburagi.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -