毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


呼称(031)


「友達になりましょう」



それがわたしの答えだった。一つ条件がある、と付け加えて。

「あなた様は国王です。いくら友達とはいえ、さすがに敬語や敬称を使わないわけにはいきません」

それなら今までと変わらないだろう?と国王は食い下がる。しかし、ここはわたしも譲れない。国王との友情すら、本来あるまじき関係だ。敬語も敬称もなしなんて、ありえない。それこそ、副料理長としての自覚に欠ける行為だ。わたしの意見を説明すると、一定の理解を彼は見せる。

「2人きりのときだけ敬語を使わないってのはどうだ?」

直感でなしだと思った。しかし、国王からの申し出を"一介の官職"が袖にするのはいかがなものか。それならありかもしれない、とジレンマを抱えながらわたしが返せば、決まりだと国王は微笑む。

「2人のときは、"国王"って呼ぶのもやめてくれよ」

"国王"に代わる呼称を問えば、何でもいいと彼は仰った。何でもいいと言われるのが一番困る、と正直にわたしは告げる。しばらく考えこんだ彼は、いくつかの候補を自らあげた。

「"シンドバッド"だから…"シン"、"シンちゃん"、"シンくん"、"シンさん"とか?」

"シン"と呼び捨てるのは、いくら何でも抵抗がある。ジャーファル様やヒナホホさん、ドラコーン様には到底わたしは及ばない。かといって、国王に対して"シンくん"や"シンちゃん"は馴れ馴れしすぎる。

「"シン様"はどうでしょう?」

代替案を出したのは、わたし。友達とはいえ、さすがに国王だ。シャルルカン様たちにも"様"をつけている以上、"様"以外の敬称で国王を呼べるはずない。そう伝えれば、思いのほかあっさり国王は承諾する。

「呼び方は関係性とともに変わるし、"シン様"でも今はいいよ」

ありがとうございますと口にすると、すぐに敬語を彼に指摘された。

「…ありがとう。これでいいの?」

確認すると、笑顔でシン様は頷く。空いた葡萄酒の樽に気づいた彼は、パパゴレッヤ酒の大樽を追加注文した。

「ゴンベエはパパゴレッヤが好きだもんな」

よく知ってるね、と慣れない王族相手のタメ口でわたしは感心する。確かに、シンドリアの名産で一番好きなのがパパゴレッヤ。国内での流通量は少ないが、流通がわかれば我先に確保するくらいには好きだ。シンドリアに来て初めて食べた甘美な果物は、すっかりわたしを虜にした。

「ゴンベエのこと、俺はよく見てるから」

「…そんな歯が浮く台詞、口説くわけでもない友達によく言えるね」

わたしに限らず、国民のことは気にかけている。そうシン様が答えたところに、追加注文した大樽が届く。注文者に許可を得て樽を割れば、パパゴレッヤの甘い香りが個室に充満する。

「シンドバッド王とゴンベエさんの席ですから、熟成期間の長い果実酒をお持ちいたしました」

大樽を運んだ店主に、何度もわたしは感謝を告げた。部屋を店主が出たあと、「ゴンベエはここによく来るのか?」とシン様が問う。ここはもちろん、国内のお店はこの九月でほぼ網羅したと伝えれば、さすがの彼も驚いた表情を見せた。

「同業者の繋がりができるから、非番や空き時間は王宮外を食べ歩くの」

たまにマスルール様と食べ歩きをすると伝えれば、デートかと聞かれる。すぐに首を振り、否定の意を示した。

「シャルルカン様を誘うと飲み会になっちゃうから、食べ歩きに向かなくて。スパルトス様は教義で食べられるものが限られちゃうでしょう?」

ササンを出た今、そこまで教義に厳格にしているわけではないと聞く。しかし、宗教事情には気を遣わずにいられない。ピスティちゃんは体型維持にストイックだし、魔法の研究でヤムちゃんは多忙だ。たくさん食べるマスルール様との食べ歩きは、純粋に楽しい。そう口にすると、納得した様子をシン様は見せた。

「ヒナホホやドラコーン、サヘルとは出かけるんだろう?ゴンベエ、ジャーファルとは出かけないのか?」

普段から会えば話すが、ジャーファル様と2人きりで出かけたことはない。王宮の屋根でコーヒー片手に話したことはあるが、その程度だ。

「ジャーファル様は忙しい方だから。そもそも、ちゃんとシン様が仕事すれば、ジャーファル様と出かけられると思うんだけど」

わたしの言葉に、シン様の表情は崩れていく。ジャーファル様の話題を切り出したのは、彼にもかかわらず。

「やばい。ジャーファルに今日中に調印しろって言われた書類の山が…」

急いで王宮に帰ろう、とわたしは提案する。ここにジャーファル様が現れたら、またわたしは共犯者扱いだ。シン様が仕事を残しているか確認すべきだ、と先日わたしは口にしたばかり。

「ジャーファルは来ないだろ、だから飲もう」

ピンチのはずなのに、なぜかシン様は能天気だ。そんな彼に呆気にとられていると、個室の外から招かざる客の声が聞こえる。

「シンを見ていませんか?今日中に調印するよう言った書類があるんですが…」

店内と個室を隔てる扉に耳を立てると、遠ざかる足音。この個室には、ジャーファル様は気づかなかったようだ。裏口から入店し、他の客に目撃されなかったのが幸いした。

「ジャーファル様、行ったみたい」

そう伝え、飲み直そうとわたしは着席しようとする。しかし、なぜかシン様の顔は青ざめていく。

「裏口からここに来るかもしれない。今すぐ店を出よう!」

彼曰く、過去にも似たことがあり、裏口と繋がる個室の存在を政務官も把握しているという。まだ8割以上が残るパパゴレッヤの大樽を抱え、正面口からわたしは個室を出る。会計をシン様が済ませる間に店外に出たものの、ジャーファル様は見当たらない。

「王宮に戻って飲み直しまし」

すべてを言い終えないうちに、手から大樽が離れる。大樽の消えたほうを見上げれば、大きな袖が頬に当たった。

「この匂い、パパゴレッヤですね?ゴンベエさん」

逃げも隠れもできない現状に、わたしは頷くしかない。裏口から個室に入ったらもぬけの殻でしたよ、とジャーファル様は続けた。

「わたしは仕事明けで、このお酒を取りあげられる理由はありません。わざわざ熟成パパゴレッヤ酒を大樽で用意して、わたしの副料理長就任を国王がお祝いしてくださったんです」

大樽にしがみついたわたしは、意地でも手放すまいとする。自分でもびっくりするほど、すらすらと口から飛び出した嘘。この嘘への政務官の反応を確認すべく、ちらりと視線を上げる。わたしと目が合うと、納得する素振りをジャーファル様は見せた。

「…そうでしたか。しかし、それとこれは別です。やましいことがないなら、なぜ私から逃げるんです?」

観念したわたしは、泣く泣く白旗をあげた。

「国王が仕事を残してるなんて、10分前まで知らなかったんです…」

そう告げながら、ジャーファル様にわたしは泣きつく。仕事を残した張本人は、政務官に首根っこを掴まれている。

「…ゴンベエさん、今回だけですよ」

そう言って、わたしと大樽をジャーファル様は解放した。

「ジャーファル様、ありがとうございます」

「えっ、ジャーファル。おまえ、ゴンベエに甘くないか?」

国王の指摘に、ジャーファル様は国王を睨む。

「あんたは仕事!」

ジャーファル様に引きずられる国王が、遠くに見えなくなる。それを見届けたわたしは、大樽を持ち帰って1人で酒盛りをした。



[ << prev ] [ 31 / 248 ] [ next >> ]
[ Back ]
[ Bookmark ]

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -