毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


就任(015)


「手伝っていただいて、ありがとうございます」



ティーカップに紅茶を注ぎながら、わたしは謝意を告げる。

八人将会議から1夜明け、今日わたしの就任式が行われることになった。就任式といっても、国王から官服を賜る場に八人将や料理長が同席するだけ。所要時間は数十分と、非常に簡素なものだ。スパルトス様とヒナホホさんが商船警護に出ているため、就任式は夕刻に行われる。

就任式に先立ち、紫獅塔に宛がわれた私室への引っ越しをしていた。たいした荷物はないものの、重い荷物の運搬をマスルール様が手伝ってくださったのだ。

「紫獅塔だと、設備はどの部屋も同じなんですね」

首を傾げるマスルール様に、焼き菓子の温度設定の話をする。不満そうに意見を言うと、ほとんどの住人はお茶を淹れるときくらいしか使わない、と指摘された。

「王宮食堂の飯がうまいから、自炊する必要はない」

彼の言葉に、明日から働く現場のレベルの高さを実感する。失礼ながら、マスルール様が食にうるさいタイプには見えない。しかし、取って付けたようなお世辞を仰る性格ではないのは、出会って1週間ほどのわたしでもわかった。

「ですが、わたしは自炊をしたいんです。高温で焼ける設備がないと、レパートリーが狭まってしまいます」

高温で焼きあげるお菓子を作れる設備のある場所を、マスルール様がわたしに問う。ヒナホホさんに頼まれた一件を彼は覚えているようだ。

「厨房の使用許可を取るんです。厨房の設備なら量産できるので、八人将にもお裾分けできると思います」

わたしの回答に、マスルール様は納得した素振りを見せる。軽い雑談のあと、ティーポットの紅茶が空になるタイミングでマスルール様が口を開く。

「…本当にヒナホホさんとは」

「何もありません!」

前のめりで彼の質問を否定した。

「わたしにとって、ルルムちゃんは姉同然の存在なんです。彼女がずっと慕っていたヒナホホさんと、関係を持てるはずがないでしょう?」

一息で言ったわたしに、焦ったマスルール様が謝る。動揺する彼に思わず笑ったあと、洗うためにティーカップを二つ手に取った。



マスルール様が部屋を去って数時間。荷ほどきも終わり、就任式を待つだけになった。

机の横に置いた箱には、巻物を入れている。滞在した国ごとに色違いの紐で括った巻物の束から、濃い青の紐で括られた束を探す。ルルムちゃんの髪の毛をイメージして、イムチャックで書いた巻物は濃青の紐にまとめていた。滞在は五年と長く、彼女に教わったことが多いので、他の国に比べて巻物の数も多い。

まだ就任式まで時間があり、巻物をいくつか引っ張って読みはじめる。窓から日光が部屋に射し、暖かな空気がわたしを包んだ。



「ゴンベエさん?大丈夫ですか?」

身体を誰かに強く揺すられる。ふと後ろを見ると、ジャーファル様がいた。

「許可なく女性の部屋に入ってしまい、申し訳ありません。しかし、扉を叩いても反応がなく心配で…」

扉が施錠されていなかったので、と彼は付け加える。辺りに散乱する巻物から、巻物を読みながら寝落ちたことに気づいた。

「いえいえ。お忙しいところ、申し訳ありませんでした」

ただでさえ忙しいと聞く彼の手を煩わせた申し訳なさから、謝罪をわたしは口にする。

「ところで、ジャーファル様。ご用件は?」

わたしの質問に、はっとした顔でジャーファル様が答えた。

「ヒナホホ殿とスパルトスが任務から戻りました。就任式を始めます」



身なりを整えて化粧をし、紫獅塔の廊下をジャーファル様と歩く。あとで王宮内の地図をお渡ししますね、と政務官は微笑む。ほんのり赤く頬を染める彼に、働きすぎで風邪気味ではないか心配になる。

就任式を執り行う大広間の前に着くと、ジャーファル様が扉を叩いた。

「王よ、ゴンベエ・ナナシノ殿をお連れしました」

扉を開けたジャーファル様は、先に入るようわたしに促す。背筋を伸ばしたわたしは、緊張しながら扉の先に進んだ。大広間には、政務官を除く八人将と国王、そして料理長がいる。ジャーファル様は普段から官服を着ているので気づかなかったが、他の八人将も正装だ。

「ゴンベエ・ナナシノ殿を、本日付でシンドリアの王宮料理人に任命する」

頭を下げて両手を伸ばし、国王から官服を賜る。国王によって手に加わえられた重みが、指先から手のひらへ、腕へ、そして全身に伝った。

「これにて、ゴンベエ・ナナシノ殿の就任式を終わります」

ジャーファル様の声に合わせ、もう一度頭を下げる。本当に簡素な就任式だった。部屋でジャーファル様に起こされてから、30分も経っていない。八人将や国王が仕事に戻ろうとするなか、わたしを料理長が呼んだ。

「ゴンベエ、明日は10時に厨房前集合で」

「はい!明日からよろしくお願いいたします」

官服を抱えたまま頭を下げ、料理長の姿が見えなくなるまで見送る。改めてお礼を言うべく、国王をわたしは探す。わたしの視界に入った国王は、廊下の奥でジャーファル様に引きずられている。自分より大柄な国王を片手で引きずるなんて、とんだ力持ちに違いない。色白で童顔でも風邪気味でも、やはりジャーファル様は男性なのだと改めてわたしは実感する。

官服を部屋に置いたら、ジャーファル様にいただいた地図を持って王宮探検に出かけよう。そう思い、大広間を去ろうとしたときだった。

「ゴンベエさん!」

振り返ると、そこにはピスティ様とヤムライハ様。先ほどの声の主は、ピスティ様だろう。

「単刀直入に言うね。私たちと友達になって!」

ピスティ様からの提案は、意外だった。王宮料理人以外の官職と友達になっても、王の側近ほどの方たちと友達になることはない。高貴な身分の方と親しくなっても、立場はかなり弁えている。"友達"なんて、軽々しく呼べるものではない。驚きを隠せずにいると、後ろにいたヤムライハ様が続ける。

「嫌だったら断ってください。でも、私たちは八人将で動くことが多いから、女友達が少なくて…」

女官をはじめ、王宮で働くわたし以外の女性の存在を指摘した。それは断る口実ではなく、単純な疑問として。

「確かに女性はいるけど、"立場が違いすぎるから"って遠慮されてしまうの」

「しかし、わたしは新人の王宮料理人です。決してあなた様たち八人将と近い立場にいるわけでは」

大きな瞳を潤ませながら、ピスティ様がわたしの両手を握る。

「ヒナホホさんやショーグンとは、業務外でご飯に行くんでしょう?」

"ショーグン"がドラコーン様を指すと気づくには、少し時間がかかった。しかし、ピスティ様の指摘はぐうの音も出ない正論だ。サヘルさんを含め、仕事以外でも彼らとは仲よくさせてもらっている。

「…こちらこそ、わたしの友達になっていただけますか?」

失礼にならないよう言葉を選びながら、ピスティ様の申し出を受け入れた。その途端、ピスティ様の瞳に溜まっていた涙がどこかに引っ込む。

「やった〜!ゴンベエちゃんが友達になってくれた〜!」

「さっそく飲みに行きましょう!」

そのまま連行された酒場で、敬語と敬称をやめるよう、わたしは2人から強く言われた。

「それで、本当にヒナホホさんとは何もなかったの?」

昼間のマスルール様と同じことを、大量の果実酒で酔っ払った2人に何度も聞かれる。聞かれるたびに、同じことをわたしは繰り返す。こうして、正式にシンドリア王国の王宮料理人にわたしは就任した。



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