毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


脅迫(151)


エリオハプトの王に就任して十月。今日からしばらく、シンドリア時代の旧友が王宮に滞在する。王に就任して以来、南国時代の知り合いと会うのは初めて。俺は朝からそわそわしていた。

「王よ、こちらにご友人の仕事着を用意いたしました」

「おう、ありがとうなァ」

文官が持ってきたそれを、俺は入念に確認する。俺らにとっては、まったく問題ない、なんの変哲もない女性用の仕事着。しかし、一つ間違えれば命取りだ。

「シャルルカン王!カタルゴ駐屯所から越境者の一覧が届きました」

別の文官が手渡す紙を受け取るべく仕事着を一旦手放し、一覧を入念にチェックする。一覧の中盤には、よく知る"ゴンベエ・ナナシノ"の名前。その文字列を指さし、早急に王宮へ案内するよう指示を出す。友達の到着までに首の蛇に餌を与えるべく、俺は席を立った。



「シャルルカン王、ご無沙汰しております」

「ゴンベエちゃん!会いたかったぜ」

十月ぶりに再会した友人に、思わず抱きつく。ふと緑のクーフィーヤが頭をよぎって慌てて身体を離した俺は、ゴンベエちゃんと距離を取る。

「あ、ごめ…ジャーファルさんには内緒な!」

「挨拶としての抱擁は西国では珍しくない習慣ですし、わたしは気にしておりません。まして彼に告げ口など、シャルルカン王の」

「…ゴンベエちゃん。シンドリアに来たばっかの頃みたいなその喋り方、やめてくれよ」

俺の依頼に、他の国でも同じように言われたとゴンベエちゃんは口にした。ササンにアルテミュラ、イムチャックを経て辿り着いたエリオハプトは、旧友にとって四国目の修行地。

「そう仰られても、国交の場ですから」

「まァ、それもそうだよなァ」

…なんて簡単に納得する俺ではなくて。この部屋にゴンベエちゃんが来てまだ二分足らず。しかし、公的な歓迎はこれにて終了とする。そう口にすれば、友人はわかりやすく苦笑いしていて。

荷物を近くの文官に持たせ、ゴンベエちゃんの寝室に運ぶよう指示を出す。手ぶらになった南国の王宮副料理長を厨房で手短に挨拶させ、そのまま俺の部屋に連れて行った。



「シンドリア王宮の部屋も豪華だったけど、やっぱりエリオハプト王の部屋は段違いだね…!」

部屋に入るなり、ゴンベエちゃんは興奮を隠しきれない。俺自身の趣味もあるが、前王の兄から譲り受けた物も少なくなかった。もっとも、そうした物は兄からの個人的な贈り物ではなく、代々王の手に渡る物だ。

ゴンベエちゃんと二人きりで過ごすのは、彼女に恋人ができて以来初めてかもしれない。なぜか俺は政務官の信用を得られず、必ずマスルールや女性を同伴させるよう言われていた。

幼少期から、各国を旅して暮らした南国の王宮副料理長。そんな彼女でもエリオハプトは初めてらしい。あちこちを見渡しては、ゴンベエちゃんはキラキラと目を輝かせる。俺の部屋に来てから、もう三十分近く経っているのに。

「王宮も他の建築も、他の国にはないものばかりでわくわくするよ」

修行者は"極北の秘境"ことイムチャックから移動してきたと聞く。寒冷地から南方の国家への移動となれば過酷で、わくわくしていても肉体的な限界がくるもの。しかし、俺より七歳上の南国の王宮副料理長はいい意味で年齢を感じさせない。

「そーいや、さっきゴンベエちゃんの仕事着が届いたんだ」

先ほど確認したそれを、シンドリアの王宮副料理長に手渡した。おずおずと仕事着を受け取るゴンベエちゃんに、違和感を俺は覚える。

「ゴンベエちゃん、どうした?」

「…」

目を合わせると、顔を紅潮させて南国の王宮副料理長はそっぽを向いてしまう。仕事着で顔を覆いながら、小さい声でゴンベエちゃんがつぶやいた。

「…エリオハプトはそういう文化って、わかってる。だけどね…」

ゴンベエちゃんの言葉に、すべてを察する。それなら心配ない、と俺は南国の王宮副料理長に告げた。仕事着から顔を離した修行者は、俺に疑いの視線を向ける。

「胸の露出は強制じゃないし、絶っっっ対にゴンベエちゃんには露出させないから」

「絶対?それ…どういうこと?」

俺が強調した単語に、シンドリアの王宮副料理長はしっかり反応した。近くに置いた数通の文を手繰り寄せ、親友に手渡す。

「読んでみ?」

俺への宛名を確認するだけで、ゴンベエちゃんは頬を緩ませた。性格を体現する文字で、差出人に気づいたのだろう。

「"シャルルカンへ。お元気ですか"」

声に出して、恋人からの手紙を読み始めたゴンベエちゃん。文は当たり障りない近況報告から始まる。ときどき相槌を挟みながら、楽しそうに友人は読み進めていく。

「"そういえば、みんなの故郷をゴンベエが料理修行で訪ねるそうだね。エリオハプトに彼女が来たら、絶対に過度な肌の露出はさせないでください"…何これ?」

羊皮紙から目を離した南国の王宮副料理長は、俺に目を向けた。そういうことだ、と俺は短く返す。

「"エリオハプトの文化を身をもって理解しようと、ゴンベエは胸部を晒すのも辞さない可能性があります"」

ジャーファルさんの意図を理解してもなお、続きを読むゴンベエちゃん。彼女の顔には、少しずつ赤みが戻っていく。

「"ゴンベエがもし胸部を晒そうとしたら、君の命に代えて阻止してください"…これ、脅迫文だよ」

恋人からの文を"脅迫文"と形容したシンドリアの王宮副料理長に、思わず吹き出す。穏やかな笑みとともに無言の圧をかける前政務官の顔が、はっきりと俺の目に浮かんだ。「"君の命に代えて"なんて大袈裟」と言いつつ、幸せそうにゴンベエちゃんは目を細める。

「まァ、そういうことだから。ゴンベエちゃんはシンドリアや他の国で着ていたような服を着てくれればいいから」

「うん…そうさせてもらうよ」

「万が一!どうしても"エリオハプトの文化を身をもって理解"したいなら、俺は一切責任取らないし関与しないからなァ!」

念のために保険をかければ、「そんなことしないもん」とゴンベエちゃんは口を尖らせた。胸部は露出させないとの俺の誓いを受け、先ほど手渡した仕事着をシンドリアの王宮副料理長は広げる。他国の市街地を出歩いても恥ずかしくない仕事着に、安堵の色を友人は浮かべた。

「ただし、"あそこ"だけは出さないでほしい」

自発的にエリオハプトの文化を知ろうとするゴンベエちゃん。"あそこ"の一言が指す部位は、すぐ修行者に伝わったようだ。

「それは大丈夫だよ!心配しないで」

そう言って、南国の王宮副料理長は恋人からの文を俺に返した。



ゴンベエちゃんが来て数日。ここ数日の感想を尋ねようと、俺は修行者を夕食に誘った。エリオハプトの王宮料理人と打ち解けたシンドリアの王宮副料理長は、毎日街に繰り出していると聞く。

「今日は喜びの門に連れてってもらったの!」

友達にはエリオハプトのすべてが新鮮に映るようだ。手隙の王宮料理人にせがんでは、観光案内を頼んでいるらしい。

「…入国した日からずっと気になってたけど、アズワンダムって不思議な形してるよね」

「えっ?」

思わず問い返せば、自然な浸食でできた形状ではないとゴンベエちゃんは口した。興味本位であろう南国の王宮副料理長の問いに、遠い昔のことを思い出す。

「あれはなァ、シンドバッド様がやったんだよ。"金属器"でドカン!と」

「えっ…"金属器"?」

"バアル"でシンドバッド様が国土を破壊したあの日。俺はこの国を追われた。シンドバッド様と行動をともにし始めたのもその日。あの日がなければ、今の俺はいないだろう。少しセンチメンタルな気持ちになるものの、俺が友人の前でそれを出すことはない。

「そうだよ。ゴンベエちゃんも、"バアル"の力は見たことあるだろ?」

「見たことあるっていっても…ユナンさんが王宮に来たときにシンドバッド様が追いかけまわしたり、シンドバッド様のティーポットをユナンさんが勝手に使ったときに船の甲板を照らしたり…」

少なくとも、ゴンベエちゃんは魔装姿での戦闘態勢を見たことないようだ。なぜか王宮副料理長が目にした"バアル"には、必ずといっていいほどさすらいの"マギ"が関与していて。笑いを堪えていれば、笑い事じゃないとゴンベエちゃんは言う。

「"金属器"って、あれほどの国土を割る力があるの…?"七海の覇王"だから、"金属器"は七つでしょう?」

そう口にするゴンベエちゃんの表情は、やけに真剣みを帯びていて。何を考えているかなんて、気軽に問える雰囲気はない。話を逸らすべく、エリオハプトを訪問した目的である料理修行について俺は問うた。

「仕事では、マシュハマムの作り方を教わったんだよ。本場のマシュハマムってだけで興奮するのに、古くからエリオハプト王家に伝わるレシピを知れるなんて。わたし、本当に幸せ!」

ゴンベエちゃんの言葉は、お世辞でも俺へのご機嫌取りでも何でもない。それは、興奮しながら告げる声からもよくわかる。本来の目的の料理修行にも、シンドリアの王宮副料理長は毎日精を出していた。

エリオハプト原産の植物は、国外では一般的に高値で取引される。料理やレシピを知っていても、材料を調達できず作れなかった料理も多いらしい。そのため、この国での日々は友人にとって刺激的だという。

王宮料理人たちからは、仕事になるとゴンベエちゃんの顔つきが変わると聞いた。南国の王宮副料理長の腕は、やはり超一流らしい。友人の料理を煌帝国の元皇子がべた褒めしていたのを、ふと思い出す。

「エリオハプトに来て本当によかった。シャルルカン様、ありがとう」

エリオハプトに王として戻ってこれたのは、かつて想定していた以上に早かった。心の準備ができていなかったこともあり、十月経っても兄貴のように立ち回れないことがある。それでもこの国に来てよかったと微笑むゴンベエちゃんに、少し救われた気がした。



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