毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


義父(149)


シンドバッドたちに次いでシンドリアを発ち、すでに半年以上が経つ。一年に満たない首長歴でも、国主の大変さを俺は日々痛感している。

イムチャックの国家体制は特殊だ。首長の下に部族長、さらにその下に族長を置く。新しく首長に就任した俺は、族長も部族長もすっ飛ばしたうえに、就任直前まで南国で過ごした。

ただでさえ特殊な国でもさらに特殊な背景を持つ俺の首長就任には、否定的な意見もあったと聞く。それでも前首長の義父は俺を推してくれたし、彼の助けを得て今日まで何とかやってきた。長年国主を務めた義父はもちろん、一から国家を創り上げたシンドバッドには、本当に頭が下がる思いだ。

「ヒナホホ首長!ゴンベエ様が入国されました。防寒具を用意して正解です」

部下の報告に、思わず俺は頬を緩める。ゴンベエは、シンドリアの王宮副料理長。幼少期の五年間をイムチャックで過ごした南国の王宮副料理長は、亡き妻・ルルムと親交があった。ルルムを実の姉のように慕い、ピピリカと年の近いゴンベエは、俺にとっても実の妹同然だ。

そんな料理人の目的は、イムチャック王宮での短期の料理修行。義父や俺の子供たちもゴンベエに会いたがったため、二つ返事で承諾していた。

「ヒナホホ首長、ご無沙汰しております」

そう言って部屋に現れたのは、モコモコしたイムチャック特有の防寒具。ゴンベエの声は聞こえるものの、彼女の姿はない。

「申し訳ありません!成人女性と伺っていたので、小さめの防寒具を用意したのですが…」

「一般女性でも決してゴンベエは長身ではないからな」

ゴンベエが防寒具に埋もれていると気づき、俺は声をあげて笑う。

「ヒナホホ首長、笑いすぎです!」

ようやく防寒具から顔を出したゴンベエは、ピスティのようにむくれていた。この国に来るとわかっていたなら、以前暮らしていたときの防寒着を持って来なかったのか。そう問えば、両親が暮らす家にもなかった、とゴンベエは口にする。

「イムチャックでヒナホホ首長とお会いするのは初めてなのに、とても懐かしい気がします」

防寒具から顔を出したときの静電気でボサボサになった髪を、手櫛でゴンベエは整えていく。しばらくして頭皮をなぞるゴンベエの手が止まれば、ようやく彼女と目が合った。半年以上会っていなかったが、シンドリアで最後に会ったときと王宮副料理長の目は変わらない。

「久しぶりだな、ゴンベエ…まずは荷物を置きに行くか」

背丈に合わない防寒具を着て荷物を抱える修行者に声をかけた俺は、調理器具が入っているであろう大きな荷物を持つ。自分で持つと言ってゴンベエは慌てるが、気にせず彼女を寝室に案内した。



「ヒナホホ首長自ら案内してくださるなんて」

「ゴンベエは妹みたいなものだからな…それより、その口調どうにかならねえの?」

「今は国交の場ですから。一国の主に馴れ馴れしく接するなど、できるはずがありません」

思わず指摘すれば、わかりやすくゴンベエは苦笑いを浮かべる。一国の主に対する他国の官職の態度として、その恭しさは間違いなく正しい。しかし、妹同然の存在にそんな態度を取られれば、距離ができたようで悲しく感じるわけで。

「シンドリアにゴンベエが来たばかりの頃も、似たようなことがあったな」

「…そうでしたね。"ヒナホホ様"って呼ぶのを、ヒナホホさんが許してくれなくて」

ゴンベエと俺の出会いは偶然だった。市街地の書店で脚立から落ちるゴンベエを、俺が助けたのがきっかけ。そのときアバレイッカクの角を使ったペンダントが目に入り、俺から話しかけたのを機にルルムとの繋がりが発覚して。

八人将ではなく"ルルムの夫"として、俺と出会ったゴンベエ。これもまた偶然によるものだ。本来は前日にあった新入りの王宮料理人との顔合わせで、"八人将"として出会うはずで。しかし、子供の相手で俺が顔合わせを欠席したため、俺が八人将と知らないまま距離を縮めることになった。

俺が八人将とゴンベエが知ったのは、出会った数日後。二人で市街地にいたときにドラコーン夫婦と出会った際、当時の新人王宮料理人は事実を把握した。

両親も王宮料理人で、自らも官職としての意識が強いゴンベエ。俺が八人将と知るや否や、態度を一変させて堅い口調で彼女は話すようになって。そんな堅苦しい態度はやめろと口にする俺と、そんなわけにはいかないと反論したゴンベエ。それはもう、五年も前の話だ。

「もう"ヒナホホさん"って口にしてるじゃねえか」

「…あっ」

俺が指摘すれば、慌てて右手で口を覆うゴンベエ。相変わらず表情に思考が出やすい修行者を微笑ましく思っていると、ぶるりと身体を揺らした彼女はくしゃみをする。前にいた天空都市との気温差に身体が順応していないらしい。

「その防寒具、でかすぎるだろ?部屋に着いたらゴンベエの体格に合った防寒具を用意させるから」

「すいません…来て早々に手間をかけさせてしまって」

これから二月ゴンベエが過ごすのは、王宮勤めの官職たちの居住区。義父や彼の腹心に確認したところ、かつてナナシノ一家が過ごしたのは官職たちの居住区と聞いていた。もっとも、この部屋がかつてゴンベエの過ごした部屋かどうかはわからない。

周囲を見渡して懐かしいと微笑むゴンベエに、しばらくそこで待つよう告げた。一旦部屋を去り、王宮内の倉庫で子供たちの着古した防寒具をいくつか手にして俺は部屋に戻る。

「ありがとうございます!お下がりでも全然大丈夫です」

数着の防寒具を俺が机に置けば、一着ずつ防寒具に袖を通していくゴンベエ。一人ファッションショー状態の修行者を横目に、一つの懸念を俺は抱えていた。

俺の子供たちは人生の大半をシンドリアで過ごしていて、幼少期の防寒具は少ない。本来イムチャック人なら防寒具を必要としないものの、南国で育ちの子供たちは一般のイムチャック人に比べて寒がりだ。

俺の実親や義両親への顔を見せでの帰郷くらいしか、子供たちの防寒具が日の目を見る機会はなかった。そのため、長男に買い与えたものなんか購入から十五年以上経っているのに、保存状態はかなりいい。

とはいえ、いくら保存状態がよくてもゴンベエの体格に合わなければ無意味。万が一修行者に合うものが見つからなければ、すぐに従者に買いに行かせなければならない。しかし、その懸念は杞憂に終わった。一着の防寒具を纏い、くるりとゴンベエは一周する。

「ヒナホホさん、見てください!ぴったりですよ」

「…ああ、よく似合ってる」

咄嗟に口にした一言は、決してお世辞ではない。サイズはゴンベエの体格にぴったりで、デザインや色も彼女好みだ。ゴンベエの着る防寒具は、子供たちの衣装箱から引っ張り出したもの。つまり、四人のうち誰かが袖を通したはずだ。しかし、誰が着ていたか、まったく俺は思い出せない。

「ゴンベエ、そろそろ行こうか」

防寒具の主を思い出すのを一旦諦め、義父の元にゴンベエを連れていく。退位後の義父は、シンドバッドが設立した"国際同盟"の常任理事に就任している。首長の座こそ俺に譲れど、まだまだイムチャックでの義父の存在感は大きい。



「義父さん、ゴンベエをお連れしました」

十三歳でイムチャックを去ったゴンベエと義父・ラメトトの、十八年ぶりの再会。還暦を迎えてなお豪胆な義父の瞳が、細やかに揺れた気がした。しかし、そんな義父を意に介することなく、ゴンベエは膝を折って拱手する。

ゴンベエと同年代の一般的な女性なら、義父を前にガチガチに緊張するはず。しかし、目の前の修行者には一切の緊張を感じられない。義父が旧知の人物だからか、王族・皇族との付き合いに慣れているからか。

「ラメトト様、大変ご無沙汰しております。この度は不躾なお願いにもかかわらず、受け入れていただき」

そこまでゴンベエが口にすると、彼女を義父が呼ぶ。現在の首長は俺であり、何もしてないと義父は口にした。

「ゴンベエ。おまえ、いくつになった?」

「今月で…三十一歳になりました」

そう答えた南国の王宮副料理長に、幸せか?と続けて義父が問う。「それは何よりだ」と、ゴンベエが頷くたびに義父も頷き返す。

「ルルムは二十七歳で死んだ」

義父の一言に、ゴンベエは強く反応した。幸せだと頬を緩めた表情も、姉同然の存在の名を聞けばすぐに引き締まる。

「娘の人生をゴンベエに背負わせる気はない。ただ、あいつを忘れずに生きるゴンベエは、わしらにとっても恩人だ。ルルムの分も幸せに生きろ」

「…もちろんでございます」

しっかり義父の目を見据えながら、笑顔で返答するゴンベエ。その表情を確認した義父は、下がっていいと修行者に告げる。そろそろゴンベエに王宮を案内するよう言われ、彼女とともに俺は義父の元を去った。



「ラメトト様、お変わりなくて安心しました」

久々に会うので緊張した、と口にするゴンベエの笑顔は、義父との謁見時より少しやわらかい。緊張していないように見えても、やはり緊張していたのだ。とはいえ思考の顔に出やすい平時と、緊張を隠し通す謁見時のゴンベエの切り換えには見事で。舌を巻かずにはいられない。

「もしかして、ゴンベエお姉ちゃん?」

廊下の奥から駆けてくるのは、俺の子供たち。シンドリアで出会った"ルルムの親友"に、子供たちはよく懐いた。帰国当日の港で、ゴンベエの官服を掴んだ娘たちが大泣きしたのを思い出す。

「久しぶりだね!元気にしてた?」

半年以上ぶりに顔を合わせたゴンベエは腰を屈め、娘たちと雑談に花を咲かせる。話したいことを一方的に話し終えた娘たちは、修行者とお茶をしたいと口にした。積もる話もあるだろうし、娘たちにもお茶くらいさせてあげたい。しかし、今はイムチャックの王宮料理人たちへの挨拶が先だ。

「これから厨房に行くから、ゴンベエから離れろ」

俺は二人の娘を引きはがそうとする。しかし、女子とてイムチャックだ。二人同時となれば大人の俺でも、簡単には引き剥がせない。あまりに離れないから、素手で"一番銛"を放とうかと一瞬頭をよぎる。もちろん"一番銛"を放つなんてことはしないが、娘たちの成長を心の奥で喜ぶ俺もいて。

「大丈夫ですよ、ヒナホホさん。みんなで行きましょう」

そう口にするゴンベエは、両手で双子の手を取る。修行者にそう言われてしまえば俺が反対する理由はなく、四人の大所帯で厨房へ向かう。厨房にいた古参の王宮料理人には、ゴンベエの両親と仕事をした者もいて。さっそく同僚たちと打ち解ける修行者に、娘たちも俺も安堵する。

挨拶後のお茶会に出されたお茶請けは、この日入国するゴンベエのために娘たちが作ったお菓子。もちろん、シンドリア時代の王宮料理人がキキリクやピピリカに教えたそれだ。叔母や兄からルルムの味が伝わったことを知ったゴンベエは、今日一番の笑顔を見せた。



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