毒薬 -Love is a Poison...-(ジャーファル) | ナノ


色街(148)


「お姉様たちに…ゴンベエちゃん?」

二月の料理修行を終えたゴンベエちゃんがアルテミュラを去る前夜。湯浴みを済ませて王宮内を歩いていると、どこからか悲鳴が聞こえた。その悲鳴の出処に駆けつければ、そこには三人のお姉様とゴンベエちゃん。



「二月ほぼ休まず働いたんだから、最後くらい色街で疲れを癒してくればいいのに」

「そうそう!ピスティからもゴンベエに何か言ってあげてよ」

この二月、本当に一生懸命ゴンベエちゃんは働いた。決して親友に対する贔屓目ではない。お母様やお姉様たちから見てもそれは明白で。むしろ休暇を取るよう何度も注意されていたくらいだ。

そこで、修行者に色街に行くよう提案した、とお姉様たちは口にする。しかし、必死の形相でゴンベエちゃんは抵抗を見せていて。先ほどの悲鳴は抵抗の一環だったらしい。

お姉様たちの圧を感じるものの、南国の王宮副料理長に色街を勧めるなんて私には不可能。ゴンベエちゃんには、やはりワーカホリックの恋人の影がちらつくのだ。

「お姉様たち。ゴンベエちゃんには…心に決めた殿方がいるんです」

"心に決めた殿方"に、しっかり反応したお姉様たち。私は知っている。お姉様たちがこうなったら、お母様以外には止められないことを。

「そうなの?ねえねえ、どんな男なのっ?」

「ゴンベエの男、ピスティはどう思ってるの?」

根掘り葉掘り、お姉様たちはゴンベエちゃんに詰め寄った。シンドリアで出会ったと修行者が口にすれば、半年前ほど前まで南国にいた私にも流れ弾が飛んでくる。適当にはぐらかすことだってできるはずなのに、しどろもどろになりながらもゴンベエちゃんは真摯に答えた。

「…もしかして、かなり前にアルテミュラに来た人でしょう?」

三人のうち最年長のお姉様が、何かを思い出したような声を出す。かつてジャーファルさんがアルテミュラを訪ねたことは、王宮副料理長も知っているはず。

それでも"かなり前にアルテミュラに来た人"なんて曖昧なことを言われれば、それが恋人かどうかなんて確かめる余地はない。お姉様の問いに対して、ゴンベエちゃんは詳細を求めた。

「ほら…イムチャックのお兄さんが来たとき。シンドバッド様と一緒に谷底に突き落とした二人の、小さいほうでしょう?」

お姉様の言葉に、"イムチャックのお兄さん"がヒナホホさんだと気づいたらしい。しかし、ゴンベエちゃんは少し考え込む。

「"小さいほう"って…ジャーファルかな?マスルール様かな?かなり昔だったら、まだマスルール様もジャーファルより小さかったかもしれないし」

そう私にゴンベエちゃんは問いかけるが、私に聞かれても困る。思ったままを返せば、"小さいほう"の特徴を今度はお姉様に問うた。

「結構色白で、童顔だったと思うんだけど…」

「そうです、その人です!」

"小さい方"がゴンベエちゃんの恋人を指すのは正解。八人将の男性陣では、ジャーファルさんが一番小柄だった。ちなみに、"大きいほう"はスパちゃんのお兄さん。彼が色白の童顔だったかはわからないが、スパちゃんに顔が似ていたなら童顔ではない。

「あんなにガリガリだったら、夜には役立たずの足腰ないんじゃない?」

「あっ、思い出した!身体のあちこちに傷がある人でしょう?」

さすがにお姉様たちは失言がすぎる。お姉様たちを諫めようとする私に先んじて、ゴンベエちゃんが口を挟んだ。

「確かにジャーファルは細身ですけど…そんなに足腰は弱くありませんから」

元暗殺者だから。なんて、お姉様たち相手とはいえ、さすがの私も口にはできない。

「シンドリア王宮は国土の高台にあるので、市街地の視察に出向く際は結構な距離を歩きますし…」

スラスラと嘘を口にするゴンベエちゃん。嘘をつくにはあまりに堂々としているし、ジャーファルさんの仕事ぶりを知らなければ、あたかも事実のように聞こえるだろう。

シンドバッド様や八人将の市街地視察となれば、王宮から徒歩で出歩くことはない。魔導士の力を借りて、絨毯などの魔法道具で市街地の入口付近まで行くのだ。もちろん市街地では自分の足で歩きまわるものの、ゴンベエちゃんが口にするほど歩数を稼げるわけではない。

「そっちじゃなくて」

お姉様の言葉に、ゴンベエちゃんは小首を傾げた。

「市街地の視察って昼間でしょう?私が聞きたいのは、"夜は役立たずなんじゃないか"って話なんだけど」

ニタニタしてゴンベエちゃんの反応を窺うお姉様は、私にも悪魔のように映る。私の知るシンドリアの王宮副料理長の性格上、お姉様のこの問いには絶対に言い返せない。しかし、この問いはどう返答しても地獄だ。

役立たずと返してしまえば、恋人の足腰を自身で否定することになる。かといって肯定の意を示せば、お姉様たちがさらに深堀りするに決まっているのだから。地獄の問答を前に、ゴンベエちゃんは顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。

「ごめんね、ついつい意地悪しちゃった〜」

最年長のお姉様がゴンベエちゃんに謝罪する横で、三人では一番下のお姉様が口を開く。

「そういえば、あのときゴンベエの彼氏と一緒に来てたイムチャックの…ヒナホホさん?当時の"研究"の参加者から、すこぶる好評なんだよね。私も一度お手合わせ願いたいな〜」

ヒナホホさんのがっしりとした身体に比べ、細身なジャーファルさん。アルテミュラの女性から見て、どうしてもジャーファルさんは見劣りしてしまう。男性の魅力は身体だけではないが、"研究"対象としては私にもそう映る。

ゴンベエちゃんにフォローを入れようと声をかけたものの、彼女は下を向いたまま。恋人のことを"夜は役立たずの足腰"なんて言われたら、気分が悪いのは同然だ。しかし、顔をあげたゴンベエちゃんが口にしたのは、まったく予想外のこと。

「ジャーファルが細いとか傷だらけとか…なぜご存知なんですか?ジャーファルは"研究"対象ではなかったんでしょう?」

おそらく、"死者の谷"での話はゴンベエちゃんの耳に入れるべきではない。直感でそう思った私は、お姉様たちを止めようとする。しかし、すでに手遅れだった。恋人への仕打ちを知ったゴンベエちゃんは、お姉様たちに怒り狂うのではないか。そう感じた私は、一人肝を冷やす。

「十一歳のジャーファルがそんな目に…」

すべての身包みを剥がされ、谷底に突き落とされたジャーファルさんたち。それを知ったゴンベエちゃんが見せたのは、私の予想と正反対の反応だ。恋人がかわいそうと言って、今度は顔を青くしてプルプルと震えている。元暗殺者の強靭な足腰で乗り越えた、という結果は完全に頭から抜け落ちてしまっているらしい。

「そんなことより、もっと"ジャーファルさん"のこと聞きたいな〜」

「私も聞きたい!今の"ジャーファルさん"をピスティしか知らないなんてずるい!」

ニタニタするお姉様たちは、明日にはアルテミュラを発つ修行者の左右と背後を包囲する。図らずも正面には私がいて、完全にゴンベエちゃんは逃げ場を失う。修行者やお姉様たちともっと話すべく、私の寝室に場所を移した。



「そんなことがあったなんて、私も知らなかったよ〜」

「ああ見えて、結構男らしいのね」

ゴンベエちゃんが話すジャーファルさんとの話には、私も初耳の話がいくつかあって。付き合って初めてのバレンタインデーに飴細工を作ったなんて知らなかった。お姉様たちによって吐かされたジャーファルさんとのエピソードの数々は、シンドリア時代なら絶対に宴のネタになっていたはず。

ニタニタしながら横目でゴンベエちゃんを見るが、お姉様たちに何を言われようと一切反論しない。いや、激しすぎたお姉様たちの追及に、否定する気力さえ起きないのが実際のところだろう。

「男らしいって言っても、ジャーファルさんってむっつりですよ」

「ちょっと!ピスティちゃんってば!」

しかし、少しでも私が前政務官に言及すれば、お姉様たちのときとは打って変わってゴンベエちゃんは反論する。実際のところ、ジャーファルさんはむっつりだ。

奔放すぎるシンドバッド様や遊び人のふりをするシャルの反動だろうが、あまりに私たちの知る政務官とゴンベエちゃんにしか見せない姿はかけ離れていて。そんなジャーファルさんの一面を知っていたゴンベエちゃんを見ていると、ヤムじゃないけど、私もそろそろ男を捕まえなければと思ってしまう。

「お礼と言ってはなんだけど、私たちからゴンベエへの感謝の印を見せてあげるから…!」

そう口にした三人の真ん中のお姉様は、ゴンベエちゃんの腕を掴んで部屋の外に引っ張り出す。お姉様たちの質問攻めから解放された修行者を待つのは、"最後の修行"と言うべき別の地獄。最終夜になって、アルテミュラの洗礼をゴンベエちゃんはたっぷり浴びた。



「次はイムチャックに行くんだっけ?…ねえ、大丈夫?」

お姉様たちの"技術"の実演を夜な夜な見せられたゴンベエちゃん。酒に酔ったお姉様たちに一度捕えられれば、お母様以外には止められない。私とて例外ではなく、"技術"の実演に朝まで付き合わされた被害者だ。

「ええ。大丈夫です」

眠そうに目をこすりながら、ゴンベエちゃんは頷く。出国前の挨拶だからか、入国当初同様に恭しい態度をゴンベエちゃんは取る。

「パルシネ!そろそろ準備してきて!」

入国時はササンとの国境までお迎えに行ったが、今回はイムチャックとの国境沿いまで。アルテミュラの気候とは対照的な"極北の秘境"にロック鳥は連れて行けない。とはいえ渓谷を下ったところでさようなら、なんてことは絶対にできなくて。近づけるところまでロック鳥で近づき、陸地でゴンベエちゃんを下ろす段取りだ。

「ヒナホホさんには、私からも連絡しておくね!」

私の口から飛び出した次の修行地の族長の名に、ゴンベエちゃんは目を細める。そんな修行者に声をかけようとすれば、王宮の外からロック鳥の羽音が聞こえた。

「ピスティ陛下…この二月、本当にありがとうございました。お姉様方やミラ様にもよろしくお伝えください」

拱手とともに膝を折ったゴンベエちゃんは、パルシネたちの元に向かう。大きな荷物を背負う後ろ姿に、急いで私は声をかけた。

「ゴンベエちゃん!…髪に挿してた羽根はねっ、アルテミュラに伝わるルフ鳥を模した幸運の羽根だから!」

振り向いたシンドリアの王宮副料理長は、自身の髪に挿したままの羽根を手に取る。

「来てくれてありがとう!また遊びに来てね!」

身体の正面を私に向けて一礼した親友は、羽根を持つ右手を大きく振った。王宮からゴンベエちゃんが姿を消しても、視界から見えなくなるまで首を空に向けてロック鳥を眺める。溜まっていた仕事を片づけるため、ロック鳥が見えなくなると私は急いで王宮に戻った。



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