我武者羅
この心の迷いを
いつか
師範が帰るまで、毎日毎日鍛錬を行った。私は無我夢中でやるしかなかった。そうでもしなければ、襲いかかる不安を取り除くことができなかった。
そう朝から鍛錬をやっていると、夕方には千寿郎くんに止められる。だから千寿郎くんが来る前に、鍛錬を走り込みという形へと変えた。
「美紅さん。兄上が明日には帰って来れるそうです」
師範は元々明後日の夜に帰ってくる予定だったが、任務が予定よりも早く終わったようだ。
これは、少し大変なことになったかもしれない。
「無事帰ってくるみたいで安心しました」
「はい」
満面の笑みを浮かべる千寿郎くんに対して、私は少し冷や汗ものだった。
師範が帰ってきた次の日の朝には、出かけるはずだったので、明日帰ってくるとなると話は別だ。私が無理をしていたことなど、師範はすぐに見破るだろう。
それ以上に、千寿郎くんにバレていないこのことを確実に師範は見抜く。
………それでも修行は止められなかった。
「今帰った!」
「おかえりなさい!兄上」
「おかえりなさい。師範!」
「あぁ変わりなかったか?」
「はい。兄上も怪我は?」
「怪我もない。とりあえず父上に報告してくる。美紅も後で話そう」
「・・・はい」
話すことなんてありませんと言えれば、良かった。でも口はそう動いてくれなかったが・・・。
師範が挨拶を終え帰ってきたところを、私は直立不動で待っていた。何かしたら色々とボロが出ることが分かっていたからだ。
「でっ美紅。何を隠している」
「なっなにも?」
ちょっと言葉が詰まってしまったが、バレていないはず?
「はぁ千寿郎から聞いてはいたが、やはりか」
「えっ?」
千寿郎くん?意味が分からず首を傾げると手を取られた。あっと思った時には、遅く師範に知られてしまった。手の怪我のことを。
「無理はするなといったはずだが?」
「はい」
「これは無理ではなかったのか?」
「えっと」
「まったく」
師範は、私の手を包み込むとゆっくりと軟膏を塗っている。
「胡蝶から貰ってきて正解だった」
「えっ?」
「こうなることは分かってた。だから蟲柱の胡蝶に薬を貰ってから帰ってきた」
「すみません。師範」
「美紅。大丈夫だ。君は強い!だからそんな不安になる必要はない」
「ですが」
「俺の修行に耐えて炎の呼吸も扱えるようになった」
「炎の呼吸だってまだまだ」
「美紅には才能があるが、それでも慢心せず努力した。そんな君が弱いはずないだろう?だから安心して少し眠れ」
師範の声にだんだんと意識が遠のいていくのが分かった。やっぱり師範がいない間あまり寝れていなかったことも知られていたようだ。
(「兄上」
「あぁ寝た」
「止められなくて、すみませんでした」
「俺の方こそ無理なことを頼んで悪かった。それでも千寿郎のおかげで俺が帰るまで、持ったと思う」
「良かったです」
そんな兄弟の会話が眠っていた間にされていたとは、私は知る由も無い)