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▽俺を選ぶ、違うか?


さわやかな朝。無限の空はわたしを歓迎するかのように澄み渡り、雲ひとつ見当たらない。眩しい日射しがわたしを照らしてこう告げる。春が来た、と。

――簡単に説明すると、わたしの下駄箱にラブレターが入っていた。以上だ。告白なんて初めてされたから、わたしは足元がふわふわとして落ち着かない。

「……ふふ」

1人でニヤニヤしているわたしは、端から見たらただの変人だ。わたしの周りから人がすうっと退いたのも、そのせいだろう。いかんいかん。

わたしはトイレの個室に駆け込んで、ポッケにねじ込んだ封筒を取り出した。よかった、動揺して突っ込んじゃったけど、くしゃくしゃにはなってない。

2つ折りの便箋を広げると、なかなか綺麗な字が罫線とともに並んでいる。文面はいたってシンプルで、『村木さんに話があります。15:40に裏庭まで来て下さい』、これだけだ。

一番最後の行には『2B 柿崎卓也』とあった。柿崎と言われてもピンとこないのだけど、向こうが知っているのなら何かしら接点はあったのだろう。わたしは便箋を封筒にそっとしまった。

柿崎くん。わたしは心のなかで相手の名前を呟いた、と同時にHR開始を知らせるチャイムが鳴る。慌てて個室を出ると、メイクをする女の子たちをすり抜けて自分の教室へと急いだ。


「はー…」

遂に放課後。いつもなら、帰宅部のわたしはソッコー家に帰るのだけど、呼び出しを食らったので無視するわけにはいかない。待ってくれているであろう相手のことを考えると、すっぽかせなかった。

時計を見上げるとまだ3時20分、まだ20分もあるのか。変に緊張して、自分の心臓がバックンバックン音を立てているのは我ながら愉快だった。

――にしても、わたしは何て返事をするんだろうか。柿崎くんって人は、多分わたしに告白するだろう。そうしたらわたしは何て言えばいいの?

初めて会うような人と付き合うのは何となく抵抗がある。かといって断るのはそれなりの理由がいるだろうし…好きな人がいるの?今は恋愛に興味無い?彼氏いるから?

「あぁーもう、どうすればいいのよ…」

「俺と付き合えばいいんじゃねーの」

「うわっ!」

デジャヴ。掃除も終わり、人のいなくなった教室で悶々としていたのだけど、加賀くんに声を掛けられた。背後をとられたのは何回目だろう。

加賀くんの言葉からして、こちらの事情を知っているのは明白だった。でも、何で知ってるのか、なんて質問をぶつけても無意味なことはもう理解している。

「それは無理。だってわたし加賀くんはタイプじゃないし」

「…言うね」

フンと鼻で笑う加賀くんにつられて、わたしも唇を歪めた。
一番有効なのは、彼氏がいるってやつだよな。でも誰だよって名前聞かれたらすぐにバレるだろうし…。

「ねえ村木さん、もし、その柿崎って奴と俺が、2人同時に『村木さんのことが好きだ』って言ったら…どうする?」

「そ、そんなの」

いつもは鋭く切り裂いたような瞳が、どこか優しい光を讃えてじっとこちらを見てくる。不覚にもドキリとした。わたしは目のやり場に困って、とりあえず足元を見た。

この静寂が気持ち悪い。サッカー部の顧問が鳴らすホイッスルが、どこか別の世界から聞こえてきた。窓枠から手を離し、わたしは絞るように言う。

「そんなの、どっちも選ばないよ、選ばない。だってどっちも好きじゃないし」

「嘘つき」

「は?」

「俺を選ぶ、違う?」

わたしが言い終わらないうちに加賀くんは切り返してきた。いつものようにばかにした声で、でも何となく変。何だか分からないけど、加賀くんにはわたしの全部が透視されている気がした。

ずいっと近寄られて、それから顔を覗き込まれる。その表情はまさに勝ち誇ったような笑みで、たぶん一気に赤くなったわたしの顔を見てそれは更に濃くなった。

「――ばっ、バッカじゃないの自意識過剰すぎだっつのナルシスト!」

早口にまくし立てたわたしは、加賀くんを突き飛ばして教室を飛び出した。顔も身体も燃えるように熱い。まるで何十分もグラウンドを走り続けていたみたい。

――あ。これじゃあ「加賀くんの言うとおり、わたし、あなたのことが好きなの」って言ってるみたいじゃない。バカはわたしか。バカ。

わたしは携帯で時間を確認し、指定された裏庭へとダッシュをかけた。


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