▽見惚れてんじゃねえよ
昨日といいこの前といい、どうしてわたしは加賀くんにいいように扱われているのだろうか。あの人の勘の良さはまさに異常だ。
――授業中、わたしはぼんやりと考えていた。ノートはとってはいるものの、まるきり関係無いことを考えながらだから理解なんてしちゃいない。
教師と目が合わないようにしながら、黒板を見上げては書き、見上げては書きを繰り返す。ノートに文字がずらずらと生み出されてゆくけれど、意味の無いものに思えた。
「……」
ぼんやりと板書を写しながら、わたしはずでっと机に伸びた。あー肩こった。こうして一番後ろからまわりを見渡してみると、なんだ、みんな結構机に伏せているじゃないか。
それで一気に気が抜けて右手を止めた。クラスのみんなを観察してよっと。今更だが、わたしの趣味は人間観察なのだ。まあそんなのどうでもいいか。
爆睡してシャーペンを落とす原田くん、それを拾うべきか否か隣でおろおろしている篠宮さん。
マンガを読み、笑っているのか肩を震わせている南さん、ペン回しに興じつつ授業は聞いているらしい高松くん。
後ろの席だと、こうやってみんなの様子が見られて面白い。だからやめられないんだよなあ。
机にへばりつき、わたしは自分のノートをじっと見た。相変わらず汚い、わたしは身体を起こそうと視線を上にずらす。
ふと隣の席の加賀くんが見えた。加賀くんはシャーペンを握り、サラサラとノートに文字を書き出している。右手の動きに淀みは一切ない。
ノートに視線を落とす横顔は、まあ、その、なんだ、美麗とでも言うべきか。意外にも睫毛が長くてむしりたくなった。睫毛を交換してください加賀様。
こうやって黙っていたら、絶対にかっこいいのになあ……
………あれ?わたしは何考えてんだ?いつもわたしをバカにする発言しかしない加賀くんだぞ。何考えて―――
「見惚れてんじゃねえよ」
「………」
ボソリと聞こえた呟きは確かに加賀くんの声で、確かにわたしに向けられたもので。なのに加賀くんはしれっとして板書を書き写している。
何だよもう、何なんだよ、加賀くんはどれだけわたしをからかえば気が済むんだよ。いつもわたしは彼に負けている気がする。いや絶対だ。
そう考えたら、何だか一泡吹かせてやりたくなった。そして思い出す加賀くんの戦法。加賀くんはいつもわたしの発言を逆手にとっていて、今回彼ならたぶんこう言い放つ―――
「見てたら駄目なわけ」
「はあ…?」
それを口にした瞬間は自分を殴りたくなった。だって、“わたしは加賀くんを見ていたかった”と自分から公言しているのと変わらないセリフだからだ。
そんな衝動に耐えながら刺すように加賀くんを見ていると、こちらを向いていた視線がやがて泳ぎだし、あっという間に落ちる。そして彼はその身体ごと机に伏してしまった。
わたしの勝ち、だ。ああ愉快痛快爽快欣快、あと何か似た言葉あったっけ。まあいっか。わたしはざまあみやがれと心中で呟きながら、嬉々として板書写しを再開したのだった。