▽最低の幸せ
「ねえ、ここの噂知ってる?この渡り廊下を走る……そしたら最低の幸せが手に入るんだって」
「ん?最低限じゃなくて?」
「うん。最低の、なんだって」
校舎と体育館を結ぶ渡り廊下にさしかかると、友人は言った。そして、だからここは走る人がいないんだねと付け加える。
今日は終業式、わたしたちは体育館に向かう途中だ。まわりを見渡せば、いつもはドタバタ走る男子も慌ただしい先生も、みんな歩いていた。
「最低の…か」
「おっ、気になる?」
や、うさん臭いなって。
気の無い返事をしたけれど、実際は気になって気になってしかたがない。最低の幸せ、か。
終業式こと校長の長話の相手が終わり、まわりは通知票片手に一喜一憂していた。そしてわたしはというと、
「ホントにやるの?」
「まあね、気になるし」
あの渡り廊下の前に来ていた。木々が引き止めるようにざわついているけど、関係ない。走れば終わる、それだけだし。
「じゃ、走るよー」
わたしはいたって普通に走りだした。渡り廊下に敷かれたすのこがカンカンと喚きだす。なんだかひどく不気味だと思った。
走りだしてすぐに強風で木が更に揺れ、眩しいくらいの日差しはなぜか夕焼けを通り越して底無しの闇に変わり、振り返れば友人の姿はそこにはなかった。
「…?」
おかしい、直感的に感じたときにはもう遅すぎだった。足元を見た。すのこが無い。コンクリートも何も無い。
床が、抜けて?わたし、落ちた?え、でも?なんで、見えない、暗い、わたしが、ない?そんな。うそ、見えない、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
「いやああああああああ――――――ッ!!!」
あの幸せはね、渡り廊下を走った人が手に入れるものじゃないの、それを見た人が手に入れるものなんだ。
“自分より不幸な人間を見つけられる幸せ”。自分より不幸な人間がいる、そう思うと気がラクでしょ?幸せでしょ?
――え?友達なのに教えてやらなかったのかって?嫌だなあ、ちゃんと言ったよ?ちーっちゃい声で、ね。
「渡り廊下を走る…人を見るの…そしたら、」
走った人は、誰かの幸せの為に目を失い精神を狂わせるだけ。
あ、でも、自分が誰かを幸せにできるんだから、ある意味幸せかもしれないよ?