気持ち 後編





おまじないのキスも終わり(もっとして欲しかった…)
おやつを食べ終えた樹を連れて 近所のスーパーまで歩いている所だ
車ではなく徒歩がいいと話す樹は 遠回しに
レンタカーに乗りたくないと言っているのかもしれない…
そういえば 夕飯は何がいいのか決めたのだろうか?
尋ねてみると考え込みだした事から 決まっていなかったのが伺える

「あっ 決まった!」

「何だ?」

「とくじょーかるび!」

「却下」

そんなもの食べさせた覚えもなければ 見せた覚えもない
今朝もそうだが この子はどこで仕入れてきたんだか
繋いだ手を大きく降りながら 鼻歌を歌う樹
普段は車で通る道も 歩けば随分と景色が違う事に気づき
こんな近所に クリーニング店があったのも知らずにいた
いつも利用している店は距離があるから 何かと不便だったので
次はこっちの店を利用してみようかと思い
まだ知らない店を見つけては 適当に頭に入れておき
そうして歩いていると ある店が目に留まり思わず足を止めた

「パパ どうしたの?」

「…少し寄って行こう いいものが見れるよ」

なーに? と興味を示す樹に 入ってからのお楽しみだと言い
店内へ入ると愛想のいいスタッフが出迎えてくれ 挨拶を交わす
受け付けで簡単な説明を聞き 規約にサインをしてから
持ち物のエコバッグを預けると奥へ案内され 玄関スペースで
靴を脱いでからしっかり手を洗い アルコール消毒をする
状況を半分も理解出来ていない樹は きょとんとしているもの
俺の真似をしては丁寧に手洗いと消毒をし 奥の部屋へ入る前に
大きな声で話さないこと 走り回らないことなど
お店のルールを守るように十分言い聞かせる
とくに 無理やり触ったりしないようにと話せば
一体 何をするのか 何を触るのかもわからないでいる息子へ
見たらわかるさとだけ言い その手を引いて扉をスライドさせると
部屋の中を覗いた樹が 小さく声を上げた

「わぁ ねこがいる!」

「可愛いだろ?」

「うん!」

急に駆け寄ったりして猫を驚かさないようにと しっかり手を繋ぎ
まずは様子見で自販機の飲み物を選び 近くの席に着いた
部屋を歩き回ったりや棚の上にいる猫をみては それを眺め
静かにはしゃいでる息子にちゃんとルールを守れそうだと安心する
早く猫と触れ合いたいのか そわそわしだす樹にくすりと笑い
行ってきていいよと言えば すぐに猫の元へ向かった
見ているだけで触れようとはせず 床に座って猫を観察しながら
小声で こんにちは と話しかけている様子は大変可愛らしい
床に腕をつけ 猫を下から覗き込むような体制をしている事から
もはや寝そべっている状態になっているのも 可愛いポイントだ
そんな樹に始めは無視をしたり 警戒していた猫達も
大丈夫だと判断した途端 自ら近づいていき体を擦り寄せていた
まさか 猫の方から近づいて来るとは思っていなかったのか
どうすればいいのか わからないでいる樹に
撫でてあげなと優しく声をかけてやれば
そろそろ〜と手を伸ばし ぎこちない動作で猫に触れていた
そんな樹へ もっと撫でろとでも言うように自分の頭をぐりぐり
押しつけている猫達 慣れてくれば手つきも自然な動きになり
猫もみんな満足しているようだった にこにこ笑い俺の方を見ては
かわいいねと囁く樹に笑顔で頷いてやる
(うんうん 樹の方が可愛いよ)
30分程も経てば すっかり猫達と馴染んだ息子は
猫用玩具で一緒に遊んでいた
といっても 猫が玩具を咥えて樹の元へ持ってくるもんだから
一緒に遊ぶというよりは 相手をしてあげてるって感じだ
この店には全部で9匹の猫がいて その内の6匹が樹の側にいる
長時間 猫を独り占めするのはよくないと規約にもあった為
一旦離れさせようとしたら 他のお客さん達に止められてしまい
そのまま放置することになってから10分は経つ

ここの猫カフェは 3歳以上のお子様なら入店OKだが
子連れで利用する客は滅多にいないらしく 常連客からは
猫と子どもの組み合わせが新鮮で癒されるんだと口々に言われ
その気持ちを十分理解できる俺は 本来なら可愛い息子を
他人に眺めさせることなんて 絶対にさせやしないが
今日だけ 特別に眺めさせてあげようとする俺は良い奴だと思う
しかし 撮影は許さん…予め言ったのにも関わらず
こっそり撮ろうとする客がいるものだから 咳払いをして
思い切り睨みつけてやった 次 そんな事をしてみろ
即レッドカードで タコ殴りにしてから退場させるぞと目で訴えれば
大人しく眺めるだけになった客に ふんっと鼻を鳴らす
相変わらず 猫達と遊んでいる樹はさすがに疲れたのか
玩具を放っぽり出して 俺の所まで逃げて来た
猫と子どもの癒しタイムが終了すると 周りの客がこぞって落胆し
その反応を目にした俺は内心喜んでいるくせに 白々しくも
もういいのか? などと訊いていた

「ほら 喉乾いただろ」

「うん ありがとう」

少しの間休憩していると一人の女性スタッフが 俺たちのいる
テーブルへ近づいて来ては 小袋が入ったバスケットを見せ
猫達におやつをあげてみないかと声をかけてきた

「パパ ねこのおやつだってー」

「あげたいか?」

「うん」

一袋くださいと言えば 10粒入り500円です! と
飛び切りの笑顔で言うスタッフ……成る程 仕事しているな
猫用おやつを受け取り 封を開け樹に渡す

「パパはあげなくていいの?」

見ているだけで十分癒されるから そう一人で頷き
樹を猫の元へやると 周りの客に眼を光らせる
(携帯やカメラを取り出したら 最後だと思え…)
おやつの匂いにつられた猫達が ぞろぞろと樹に寄ってたかり
1匹 1匹におやつをあげると あっという間になくなった
しかし まだ食べたいんだと膝に乗ってきた猫達に困った樹は
手を広げて もうないんだよとアピールするも
そんなの知るかと おやつを強請るのをやめようとせず
みんなの強請る行動は 段々エスカレートしていき
数匹に迫られた樹は猫の体重を支えきれず 後ろへ倒れた

「うぅ……パパ たすけて〜」

ついに助けを求められ いざ立ち上がろうとすれば
1匹の猫が 樹の元へ駆けて行くのを目にし 動きを止める
他の子よりも 明らかに大きい灰色の猫は
樹に群がる猫共に 強烈なパンチを繰り出し追い払っていた
おぉ〜と小さい歓声をあげるのは周りの客で
その光景を見ていた俺は嫌な記憶が蘇り 思わず頬を抑えた


「わぁ〜 ねこさんありがとう」

お礼を言われた猫は ふんと鼻を鳴らしてはそっぽを向く
しかし樹が起き上がろうとすれば 猫パンチで沈め(…おい)
そのまま お腹の上に乗るとそこから動かなくなるデブ猫
5キロ以上はある猫に乗られて 重たいであろうと思い助けに行けば
まったく平気そうにして笑っている樹
可愛い光景に見える筈なのに 何となく気に食わないのは何故か…
好きにさせている息子の首元に 顔を埋めたデブ猫を
引き剥がしたい衝動に駆られ 自分が嫉妬していたのだと
大人気の無さに気づき 照れくさくなって口を尖らせる
毛が擽ったいのか 身を捩ってはデブ猫を撫でる樹

「あ…なんか書いてる?」

「その猫の名前だよ」

他の猫は 首輪の前の方に名前が書かれているのだが
このデブ猫だと脂肪で見えなくなるので
横側に書かれているのだろう …くそっ いい加減に退け

「ぶぅちゃん だって」

見た目通りだ…猫なのに 豚を連想させる名前に二人で笑う
馬鹿にされてるとも知らないで ご機嫌良く喉を鳴らす ぶぅちゃん
撫でていた手を止め 目をとろんさせた樹の髪に触れて 顔を寄せる

「樹 眠いのか?」

「ん……あったかくって」

ゆっくり瞬きしては うとうとし始めた息子
本格的に寝そうな様子に そろそろ出ようかと提案すれば
ゆるゆるーと首を振られた

「…やだ ずっとここにいる」

ぶぅちゃんといるんだと言う樹に頬が引き攣り 相手は猫だ
嫉妬なんかするんじゃないと 既に嫉妬していた自分に言い聞かせ
夕飯はどうするんだー? と聞けば どうしたことか
あんなに眠そうだった目が ぱちりと開かれる

「ぼく ぶたのしょうが焼き食べたい」

突如 樹の口から飛び出した おかずのリクエストに目を丸くすると
どこか慌てた様子で ぶぅちゃんが逃げ去っていった


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部屋に入る時と同じように 手洗いとアルコール消毒をして
猫カフェを出た俺たちは 最初の目的地へ足を進め
さっきから少し気になっていた事を 樹に聞いてみる

「…なぁ 豚の生姜焼きが食べたいっていつ思ったんだ?」

「んー …ぶぅちゃん見てたら 食べたくなったの!」

笑顔で告げる樹に そっか…と目を逸らし遠くを見つめ
無邪気過ぎるのも 時には恐ろしい事なのだと知る
ぶぅちゃん……一応は猫なのに危険を察知したんだな


スーパーに到着し 買い物カートを引っ張った俺は
少しふざけて 赤ちゃんが座る所へ息子を乗せようと腕を伸ばし
抱き上げられた初めは きょとんとしていたが
乗せられる事を知った途端 嫌々と首を振り足を丸めては
絶対に乗るものかとしがみつく姿に 軽い笑い声を立てた
腕から降ろしてやると 不貞腐れて頬を膨らませる樹へ
ちょっとした冗談だと軽い調子で謝れば 思い切り睨みつけられる
赤ちゃん扱いされた事に対して 機嫌が悪くなったとしても
カートを押さしてやるからと言えば ころっと良くなるもので
なんともちょろい息子に クツクツと喉を鳴らす
野菜コーナーから順番に回り 夕飯の材料をかごに入れていき
途中でお菓子コーナーへ寄り 明日の分をひとつ決めなと言えば
棚の1番上に陳列されているお菓子を指差したので
手を伸ばせば 視界の端でお菓子を次々かごに入れるのが見えた

「ひとつだけって言っただろ」

「……ぼくしらなーい」

ぶんぶんと頭を振ってとぼける樹をジト目で睨み
かごに入れられたお菓子を素早く戻すと 買ってと騒ぎ
駄々を捏ね始めた息子へ 問題を出すから
それに正解すればあとひとつだけ特別に買ってやると言えば
絶対正解するー!と気合を入れるのを見てほくそ笑む

「では問題です 今日の夕飯でもある
  豚の生姜焼きに使うお肉は「ぶた肉ー!」…ですが
  その豚肉の部位は なんと言うでしょうか?」

「……ぶいってなーに?」

「体の色んな部分の名前だよ」

ふははは 樹には到底わかるまい 駄々を捏ねれば買って貰えると
思っている甘ちゃんに 世の中の厳しさってものを教えてやる!
うんうんと唸っては ぶい…ぶい…と呟き
暫くしてから わかった!と手を高く上げて飛び跳ねる樹に
では 答えをどうぞ! と促す

「ぶた肉ー!」

「ブブー それ最初に言っただろ」

「あ…」

車の事以外では 若干アホな子に 可愛いと思いつつも
ほんの少し心配になる……学校ではどう過ごしてるんだか
答えは豚ロースでしたー と言えばもう一回とごねる息子に
ダメです嫌ですと首を振って拒否する

「じゃあ 巻き戻し!」

えいっ! と言って自分の腕を押す樹……ボタンそこなのか?
リモコンじゃないのかと考えた所で 折角だから合わせてやる

「では 答えをどうぞ」

「ぶたロースー!」

「ブブー」

「えー なんで!?」

「巻き戻した時間の歪みで 豚肩ロースになりました〜」

「そんなのずーるーいー!!」

頬をぷくっと膨らませて怒る樹を無視し 高笑いしながら
カートを押していると 後ろから突撃してきた樹に偶然にも
膝かっくんをお見舞いされ 無様に床へ崩れ落ちたのだった


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帰宅し スーパーで買った物を冷蔵庫にしまい
のんびり作っていくかと 夕飯の支度を始める
対面キッチンなことから 居間にいる樹と目が合い
笑みを浮かべては 俺の様子を見ているので
どうしたー? と聞けば 何でもないと返される
タレを作るのに 生姜を摩り下ろしてボウルに入れ
あとは醤油とみりん 砂糖のかわりにはちみつを入れる
はちみつを入れると 香りと味わいが格段に上がり
美味しい 豚生姜焼きができるのだ
醤油とみりんを取り出すのに 下の戸を開けたが
いつもの場所に見当たらず 首を傾げる

「……ん?」

おかしいな いつもここに仕舞っていた筈なんだが
別の場所に仕舞ったかと隣の戸を開けたが やはりない
…と言うよりも 調味料系が一切置いてない事に気づき
ハッと 今朝の出来事を思い出して 樹の方へと振り返り
その顔を見れば にやにやと笑っているではないか


「っ…樹ー!!」

本日
二度目の怒鳴り声にけらけら笑う息子へ 足を踏み鳴らして近寄る
これで はっきりとわかった……この子は寂しい思いからではなく
ただ単に 俺の反応を見て楽しんいるのだって事を
今度はどこに隠したのか訊けば 靴と同じ場所だとあっさり話し
完全なる嘘に正直に言えと迫り 今朝と同じ追いかけっこが始まるも
口を割らない樹に 仕方なく自分で探すことになり
探しに探して ようやく見つけた調味料たちは
寝室のベッドの下で 綺麗に並べられていたのだった






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