約束





これでもかというくらいに頬を膨らませる我が子は
まるでハムスターにでもなったかのよう
ひまわりの種を頬張ってる 癒し度MAXではなく
触れたら間違いなく噛み付かれるであろう 不機嫌度MAXの方だ

「…樹……悪かったよ」

もう何度目かわからない謝罪をするも 背けられた顔は
こちらを見ない……窓に映る表情は 怒りそのものだ
しかも腕組みをして脚も組んでるのは 相当お冠な証拠
今朝からずっとこの調子で 話し掛けても無視されている

「あの場合は仕方なかったんだ…今朝も話しただろ」

「………」

「あっ…お昼どうしようか?
  和食と洋食どっちがいい? それとも中華にするか?」

「………」

「結構前に行ったお店 覚えてるか?
  ほら 海鮮焼きそばの所 凄く美味しいって言ってただろ
  ん〜 …焼きそばの気分ではないかな〜?」

「………」

「そうだ 久しぶりにマックでも行こうか? セットの玩具も
  変わってるだろうし いいのがあるかもしれないよ」

「………」


やはり駄目だ全くの無反応……どうしたもんだかと息を吐く
チラリと横目で見るも 相変わらず顔は背けられたまま
内心深い溜息をついて どうしたら樹の機嫌が直るのか思考を巡らす
といっても 今朝から色んな手段で機嫌を取っていたから
もう これといった案も思い浮かばないのだが…

「…ずっと無視されてると パパ 傷付くなぁ」

さも傷付いてますという風な声と表情を出すも まるで効果がない
…あ 見られてないから表情は意味ないのか

「嘘ばっかり」

しかもバレてる いつもならこういう時はバレたかーって
笑い合えるんだが 今回はそうもいかないので
何とか話を続けようと口を開く

「本当さ パパのハートは傷付いてズタボロなんだぞ」

「パパよりもっとズタボロなのがいるけどね」

「…だから それは悪かったって言ってるだろ?
  本当に ああするしかなかったんだ」

「そんなの嘘だ…
  もっと他に方法があったはずなのに……なんで…」

「……樹」

「なんで 車を壊したりなんかしたの?!」


先日 毛利先生の依頼に同行した際 事件が起きて
調べてる内に コナン君が誘拐されたのだった
誘拐と言うよりも本人が自らの意思でついて行き
本当に誘拐されてしまったって感じなのだが
犯人は車で逃走していた為
俺はそれを止めるべく 自分の愛車で止めたのだ

車が大好きな樹は 俺がRX-7を犠牲にした事にお怒りなのである
今日は 月間スポーツカーコレクション雑誌の発売日
生憎 近くの本屋では入荷の予定が無く
大手のショッピングモールにしかないため
事件のあった翌日に 借りておいた車で行こうとしたら
レンタカーのマーチを見た樹に どういうことだと問い詰められ
事の経緯を説明したものの その怒りは収まることなく
いつもの車がいいだの レンタカーには乗らないだの
地団駄を踏んだ挙句 パパなんかもう知らない! とまで言われ
今に至るというわけだ…何とか車に乗せることはできたのだが
樹がここまで怒るのは初めての事だということもあり
かなり手を焼いていた

(…どうしたものか)

正直な話 信用を得る為でーす なんて言えるわけもなく
本来の自分の目的を隠しながら 起こった事実を説明していた

「今朝も話しただろ? 知り合いの子が誘拐されて
  その子が乗ってる車を止める為に パパの車で止めたんだって」

「でも パパならもっと違うやり方で助けられたでしょ」

まぁ そうなんだけど
犯人は拳銃を所持していたし 既に発泡した事もあって
長引くと危険だと判断した上での行動だった
そう説明すると 一応理解してはくれるものの
やはり 納得できないようで文句を言われる
車の事を話す時の樹は かなり饒舌になり
怒ると普段なら使わない言葉でグサグサと攻撃してくるから厄介だ

「……このシート落ち着かないからやだ
  メーターパネルもカッコ悪いし ヘッドライトもひどい
  もう全部やだ…軽自動車なんて乗りたくない!」

スポーツカーがいいと喚いて駄々を捏ねはじめる樹
そんなことを言ったら軽自動車に乗ってる人に失礼だろと宥めると
キッと普段では見たことのない形相で睨まれてしまい
窓越しではあるが 中々の迫力に思わず目を逸らす

「マーチは日産の車だよ? どうしてマツダじゃないの?
  それにFDはマツダの車なんだから レンタカーだって
  マツダで借りるべきでしょ? 修理してもらってるのに
  ほかのメーカーで借りるなんて そんなの信じられない!」

続けられる怒涛の言葉責めに 何とか弁解を申し立てる
急に借りる事になったから これしかなかったんだと説明したら
そんなの嘘だと言われて全く信じてもらえない
(嘘なのは嘘だけど…)
元々マツダでも借りるつもりだったが 日産がキャンペーン中で
今月レンタルすると 日用品セットでティッシュと
トイレットペーパーが貰えたから ついそっちで借りてしまった
そんな本当のことを言っても怒りを買うだけなので黙っておく

「ごめんって……そろそろ機嫌を直してくれないか?
  大好きな樹に嫌われるとパパは悲しいよ」

「ぼくは パパがFDを大事にしないのが悲しい…
  きっとFDが好きじゃないから そんなことできるんだよ」

「好きだけど それ以上に樹を愛してるから…」

「ぼくと同じくらいFDも愛して!!」

(…何なんだこの会話は)
キメ顔で言った俺の台詞も 今の樹には通用しないらしい
単純だから容易く丸め込めるだろうと タカを括っていただけに
ここまで話しが長引くのは予想外のことだった

「…オーケーわかった パパが悪かったよ
  これからはFDを大切に扱うから 許してくれないか?」

赤信号で止まり 樹の顔を見て言った
ようやく窓越しではなく 見れた顔は相変わらず顰めっ面で
そんな表情でも可愛い樹の返答を待つと
修理には出したの? と訊いてきた 出すには出したが
結構酷い状態な為 早くても2週間は掛かることを伝えると
ほんの少し 表情が和らいだ

「じゃあ また乗れるんだよね?」

「あぁ そうだよ」


…全くの嘘です 廃車になりました
修理に出したのかって聞かれたら 廃車したなんて言える筈もなく
それこそ 樹の怒りが爆発して本当に手に負えなくなる
そもそもあの状態で修理期間が2週間とか早過ぎるだろ 馬鹿か俺は
不味いことになったな……同じ物は売ってるのだろうか
中古車しか出回ってないだろうけど部品とか交換したら
案外いけるんじゃないか?
車好きの樹のことだから 少しの変化でも気付くだろうが
そこは部品が足りなかったとかで上手く誤魔化せばいい
明日にでもディーラーに連絡して聞いてみるとするか

「…パパ 聞いてるの?」

「えっ 何?」

「信号 青になってるよ」

そう言って指をさした樹につられて見ると 確かに青になっていた
後ろからクラクションを鳴らされ 急いでアクセルを踏み
さっきの話はどうなのかと ちらりと横目で伺うと目が合った
すると もう怒ってないよと言う樹に
どうやら機嫌は直ったみていいだろう
数時間振りに見る事ができた笑顔に よかったと安堵する


ショッピングモールに入り 早速3階の
本屋に向かおうと走り出した樹に声をかける

「樹」

「…はーい」

屋内で走るのは事故の元 何かあってからでは遅い
小さい頃から(今も小さいけど)言い聞かせてるので
俺の言いたいことを理解し 素直に歩き出した
と言ってもそこはまだ子ども 早く本を買いたい気持ちを
抑えられないのか 早足になっているのを見て笑みを零した
エスカレーターの前まで来ると 一旦止まり
乗るタイミングを待っていたので 少し意地悪を言ってみる

「パパが抱っこしてやろうか?」

「自分で乗れるもん!」

ムッとしながら ぴょんとエスカレーターに飛び乗った
昔はよく怖がって泣いては その度に抱っこをせがまれるのが
面白くて わざとエスカレーターを使っていたのを思い出す
慣れてもらおうと思い 途中で降ろそうとしたら
一体どこから出ているのか 不思議なくらい物凄い力で
俺の服を離さなかったんだよな…もう一回してもらいたい
下を向いて 真剣な表情で降りるタイミングを
見計らってる子の頭を軽く撫でると 邪魔しないでと注意されてしまった

本屋に着き 乗り物の雑誌が置いてあるコーナーに行くと
お目当ての物はすぐに見つかったらしく 本を手に取り
満面の笑みで あったと喜んでいる樹に俺の表情筋も緩くなる

「今月はランボルギーニの特集が載ってるんだよ!」

「へぇ」

「ランボルギーニはね フェラーリとはライバル関係にあって
  この二社は何かと比較されてるの フェラーリのロゴが跳ね馬で
  ランボルギーニが猛牛なのも そのためじゃないかって言われてて
  面白いんだよ! それでね ランボルギーニでぼくが1番好きな車種は
  なんたってカウンタック!! ミウラのデザインもいいんだけど
  LP400のカウンタックが最高にかっこいいの! あ でも
  最新のモデルも好きだから やっぱり全部好きかなー」

息を弾ませながら 車のことを話す樹は最高に可愛い
俺も樹のことが全部好きだ!脳内でそう返してから
ふと今思った事を訊いてみる

「パパとカウンタックどっちが好き?」

「パパ!!」

「よーし もう一冊選んでいいぞ」

「わーい!」

「で ホントは?」

「カゥ……パパ!!」

……ちょっと傷付いた


ーーーーーーーーーー


冗談で言ったけれど もう一冊はいらなかったらしい
本人曰く 欲しかった物で十分だとか(良い子だ)
本屋を出てからぶらぶら歩き お昼ご飯は
どこで食べようかと お店を見て回っている所だ

「樹は何が食べたい?」

「何でもいいよ」

「じゃあ カレーでいっか」

「カレーはいやー!」

樹の通う学校で 毎週金曜の献立はカレーだと決まっていた
何でも創立者の校長が大のカレー好きだったらしく
その当時から金曜日の給食はカレーで今もそうしてるのだとか
昨日食べたのに今日のお昼もカレーとくれば 嫌にもなるか
じゃあ 丼物にしようかと言って 目に付いた店の前で足を止める
樹の好きな海鮮丼のメニューが沢山あるので
それを見た樹は口をもごもご動かしていた
食べたい物を見ると 口をもごもごさせるのが赤ん坊の頃からの癖でわかりやすい

「決まりだな」

店内に入ると空いていたのか すぐに案内され席に着く
メニューを開いて 海鮮丼のページを見せてやれば
どれも食べたいのだろう うんうんと唸っては決めかねていた

「パパは なに食べるの?」

「うーん そうだなぁ……」

樹に聞かれて もう一つのメニューを取りページを捲る
鰻のページを見て 偶には贅沢もいいだろうと
ひつまぶし定食に決めた
それを見て ふぅんとあまり興味なさそうに反応する樹
全体的に茶色いから あまり美味しそうに見えないのだろう

「で 樹は決まった?」

「ぼくはこれ!」

元気よく指差した料理は『たっぷりイクラの海鮮丼』樹らしいや


注文して暫くすると 海鮮丼が先に運ばれて来た
樹は目の前に置かれた海鮮丼に 目を輝かせては
美味しそう! とはしゃいで俺を見た

「…パパが頼んだ ひまつぶしはまだなの?」

「ふふっ ひつまぶし だよ」

「ひつわぶし?」

「ひつまぶし」

「しつまぶし?」

「はははっ」

ひつまぶしを上手く言えない樹に思わず笑ってしまう
俺が『ひ』と言ってから止めると 樹も真似して『ひ』と言う
それから 『つ』『ま』『ぶ』『し』とゆっくり続けた

「つーまーぶーし」

「そうそう それを繋げて言うと?」

「ひつまぶち!」

何この子 可愛い
ドヤァと満面の笑みを浮かべる息子に違うとは言えず
よくできましたと拍手を送った

俺が頼んだ料理は もう少し時間が掛かる事を伝えて
先に食べてていいよと促せば
一緒に食べたいと言う我が子に 胸がきゅんとした
そうこうしてる内に 俺の料理も来たので一緒に食べ始める
イクラの食感が気に入ったのか ご機嫌な樹は
ぷっち♪ぷっち♪と口ずさみながら食べてる
食事の最中に歌うのはあれだが 今日くらいはいいか
ん…ひつまぶし美味 そういえば鰻を食べさせた事が
なかったなと思い 樹の前に差し出す 俗にいう あーんだ
目の前に差し出された物を見て 眉根を寄せる息子に苦笑する
……何だその顔は 鰻美味しいんだぞ
そう言うと恐る恐る口を開けてパクリと食べた あ 今のいい
少し噛むと 目をぱちくりとさせ美味しい!と声を上げた

「美味しいだろ〜 もう一口いるか?」

「うん!」

鰻を味わってから 樹も自分のをあげると言うので
有り難くもらう …おぉ このイクラ弾力すごいな


ーーーーーーーーーー

「おいしかったね〜 パパありがとう!」

「ふふっ どういたしまして」

食事に満足した樹は ルンルン気分でご機嫌MAXだ
駐車場の車に乗り込んだ際 また車の事で蒸し返さないか
不安になったが どうやらそんな心配は無用だったようだ
最初はどうなるかと思っていたが 目当ての本も買って
美味しいご飯も食べたのだから
車の事で機嫌が悪くなるのはもう無いだろう

俺も気分が良くなり 車を走らせると樹に呼ばれる

「FDが戻ってきたら ドライブに連れてってね」

「オーケー 好きな所に連れてってやるさ」

樹の思わぬお願いに ゆっくり探してられないと思った俺は
帰宅してから速攻ディーラーに電話したのだった



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