温もり




炊きたての白米を お茶碗によそい
お盆の上に乗せる それをちっちゃな手で持って
テーブルまで運ぶ男の子

お盆をテーブルに置くと椅子によじ登り
お茶碗をそれぞれの場所に置いて男の子がお気に入りの
車の箸置きにお箸を並べる

並べ終えると とたとたと歩み寄って来て
それも持っていくと 元気にお椀を指差す
溢さない様に言ってから 出されたお盆に
1つだけ乗せる お椀を2つ乗せないのに一瞬
不満そうな顔をするも そのままテーブルに運んだ
残りのお椀も運び終えると
得意げな表情で振り向く樹

「パパっ 用意できたよ!!」

「よし じゃあ食べようか」

ニコニコと微笑む息子 樹の頭を撫でて
椅子に座り合掌してから
せーのと言って声を合わせる

「やっぱり朝は お味噌汁がないとだねっ」

「そうだね 身体も温まるし 美味しいし」

「パパが作るから おいしいんだよ」

「…嬉しいこと言うね」

「だって ほんとのことだもん」

笑顔で可愛いことを言う樹の頬を
つっついてやると ころころと笑い出す

「今日ねー 体育の授業で 鉄棒するんだよ」

「へぇ…樹は鉄棒初めてだっけ?」

「うんっ クルンと回るのたのしみ!
  パパは 鉄棒ってとくぎだった?」

特技? ……あぁ

「得意ってことかな?」

「うんっ それ!」

鉄棒か……懐かしいな
1年生頃のことは覚えてないけど
高学年くらいの記憶だと普通に出来てた気がするから
得意だったんだろう そう樹に教えると
いいな〜と言って 羨ましがられる

「きっと樹もすぐにできるさ
  帰ったら体育でのこと教えてくれるかい?」

「うん!!」

食事を済ますと 歯を磨いてから着替える様に
言い付けて その間に食器を片しておく

丁度洗い終わった頃に 着替えたと言って
リビングに来た樹に目をやると
シャツのボタンが掛け違えていて笑ってしまった
笑われてる意味がわからず首を傾げる樹に
おいでと手招きして 目線が合う様に
腰を降ろしてボタンを直してやる

それからソファに腰掛け 朝の子供番組を一緒に観る
テレビを観る時は 俺の膝に必ず座る樹
そうやって甘えてくる姿が可愛くて抱き締める
毎朝 登校時間ギリギリまで そうやっている

そろそろ行く時間になったので テレビの電源を消し
ランドセルを背負って玄関に向かう樹について行き
部屋を出て 手を繋いでエレベーターに乗る
あっという間に下に着き エントランスを出ると
繋いでた手をそっと離した

今日は帰りが遅くなるから
先に夕飯を食べとくよう樹に伝えると
聞き分けのいい返事をする

口ではそう言っても 顔はそう言っていないのに
俺は気付かないフリをして 頭を撫でた
夕飯は何がいいか尋ねると 何でもいいと答える
遅くなる日は いつもそう言うとわかっているのに
同じことを聞く俺は 酷い奴だ

「パパ いってきます」

「いってらっしゃい」

曲がり角で見えなくなるまで見送ってから
マンションに入る 部屋に戻るまで
少し寂しく感じるのはいつものことだ
エレベーターを降りて 外廊下を歩いていると
信号待ちしている樹の姿が見えた

俺はなんとなく手すりに寄り掛かりその姿を眺める
信号が青になると 小走りで横断歩道を渡る樹に
転ばないか不安になる
ちゃんと学校まで無事に辿り着けるのだろうか
知らない人に声を掛けられやしないか
人懐っこいあの子の事だからついて行ったりしないか
心配でたまらない……

少し 過保護気味な自分に 溜息が零れる

(…いや……少しじゃないよな)

そろそろ部屋に戻ろうと思い 手すりを離れると
歩いていた樹が突然立ち止まった
不思議に思い見ていると 勢い良く振り向き
両手を振っては ぴょんぴょん飛び跳ねだした

俺に…だよな?

まさか 振り向くと思っていなかったし
手を振ってくれるとも思わなかったので
予想外の行動をする息子に 頬が緩む

(……可愛いすぎるだろ)

俺が手を振り返すと満足したのか 走り出した樹は
建物で見えなくなった
今度こそ見送ったんだと 自分に言い聞かせ
にやけた顔を引き締め 部屋に戻る

部屋に戻ると 脱衣所に向かい
洗濯かごに入っている衣類を洗濯機にかける
洗い終わるまでに部屋の掃除をしておくか

まず 上の誇りを落としてから掃除機をかけていき
お掃除シートで床を拭いてから 仕上げに
ワックスシートを使ってぴかぴかにする
時間をを確認すると 掃除を始めてから
15分しか経っていない
脱水が終わるまでは まだ10分は掛かる
その間に 夕飯の献立でも考えようと
冷蔵庫の扉を開ける 今ある食材は
挽き肉 卵 じゃが芋 人参か…豆腐もあった
豆腐…豆腐……

豆腐ハンバーグでも作るか
あとはマッシュポテトと人参を添えればいい
豆腐の水分をよく取ってから挽き肉と混ぜ合わせて
種を作る 中心に窪みを入れて
油を引いたフライパンに乗せる

中火でじっくり焼き 焼目がついたら裏返し蓋をする
弱火で5分 タイマーをセットしてる間に
手鍋でお湯を沸かして 皮を剥いたじゃがいもを
一口サイズに切って鍋に投入
人参は面取りしてから 砂糖を入れた鍋で湯がく
丁度タイマーが鳴ったので フライパンの蓋を開け
火を止める ハンバーグの良い香りが漂う

(うん 中々美味しそうだ)

さて 湯がいてる間に 洗濯物を干して
残りの調理を済ませて 皿に移し熱を取る
出掛ける支度をして
今日の予定の確認をする
9時〜5時までバイトの仕事があり
夜はまた別の仕事をする事になっている
帰れるのは夜中を過ぎそうだな……
冷ました料理にラップをかけ 冷蔵庫に入れる
テーブルに書き置きを残し 部屋を出た

マンションの駐車場に停めてある愛車に乗り
隣町の米花町まで走らせること25分
職場の近くに借りた駐車場に車を停め
店に向かう途中 見知った男の子がこちらに
走ってきた

「あれ? コナン君 今は学校の時間じゃないのかい?」

「あっ 安室さん……あはは 寝坊しちゃって……」

「コナン君も寝坊するんだね…蘭さんは?」

「蘭姉ちゃんは 昨日から合宿でいないよ
  明後日には帰って来るけど」

成る程 毛利さんは朝に起きれる人じゃありませんし
コナン君も蘭さんに起こしてもらってたから
忘れて 寝坊した訳か
そう言うと 目の前の少年は苦笑する
寝癖で髪が所々跳ねてる事から
急いで支度して出てきたのが伺える

ここで1つ疑問に思い コナン君に聞いてみた

「朝ご飯はちゃんと食べたの?毛利さんが作ってくれるとは
  あー うん…起きるとは思えないけど……」

「あはは…おじさんはまだ寝てるから
  それに僕 朝は抜いても平気だし」

「……それは いけないな」

「へ?」

僕はコナン君の手を引くと すぐ近くの
コンビニへ入った
コナン君が驚いてるが 構わず陳列棚に向かう

「おにぎりとサンドイッチ どっちがいい?」

「僕だ「どっち?」…おにぎりかな〜」

遠慮する少年に 少し強めに言い選ばせる 朝食を抜いても
平気だなんて 子供らしくない言動に若干腹が立つ
樹がそんな事を言ったら多分…いや絶対
俺は怒る自身がある と言うより朝食抜きとか考えられない
子供はすぐお腹を空かせると言うのに それじゃ
昼まで持たないじゃないか

会計を済ませ外に出て コナン君に おにぎりの入った袋を手渡す
未だに遠慮する子供に しっかりと握り締めさせ
受け取れと目で訴える

「ちゃんと食べないと 大きくなれないよ」

「あはは…ありがとう 安室さん」

「いいえ 僕はもう仕事なので 学校まで送れないけど
  急いで転ばない様にするんだよ」

「はーい」

どこか納得いかない という顔をしたコナン君だが
寝坊してたのを思い出すと 慌てて走っていった

(子供扱いし過ぎたかな……まぁ実際子供なんだけど)

走り去った少年を樹と重ねてしまい あの様な
行動をとってしまったが コナン君に変に思われなかっただろうか
…多少引かれてた様な気がする
いや お節介と言った方が正しいのか……

考えても仕方がないと 気持ちを切り替え バイト先へと向かう

「梓さん おはようございます」

「あ おはようございます!
  安室さん今日は時間ギリギリなんですね?
  いつも出勤時間の20分前には来てるのに…何かあったんですか?」

「ええ 朝ご飯を食べ損ねた子に ご飯をあげてたんです」

「へえ〜 安室さん優しいんですね! どんな猫ですか?」

「えっ」

「?」

今の会話で 猫に結び付けるとは…よほど猫が好きなんだな彼女は
いや そこで子供と思うのも変なのか?
態々 本当の事を言うのも面倒なので 彼女に合わせる事にする

「そうですね 頭の切れる 大人びた子猫ですかね」

「子猫ですか 可愛いですね! 私も 一度見てみたいなぁ」

運がよければ 今日中に見れると思いますよ
彼女にそう言ってからスタッフルームに行き 着替えた
上着をハンガーに掛け ロッカーに鍵を掛けると
凭れ掛かり 小さく息を吐く

(……昨日の疲れが まだ少し残っているな…)

無意識に握り締めていた拳を解き 深呼吸する
今はバイトに集中しないと

ーーーーーーーーーーーーーーー

「では 梓さん お先に失礼します」

「はい お疲れ様です」

定時に上がり 店を出る
待ち合わせ場所に 車で向かい相手を待つ
時計を見ると 約束の時間まで30分も余裕がある

(……早く来すぎたか)

シートに凭れて 体の力を抜く
今日はいつもより 少し調子が悪い気がする
やはり 疲れが溜まってるのだろう
ここの所 眠れてないのも原因かもしれない

コンコンッ

ノックの音に 落ちていた意識が覚醒する
少し慌ててウインドウを開けると
待ち合わせの相手がこちらを見下ろしていた

「随分とお疲れな様ね? バーボン」

「…ベルモット……すぐ開けます」

やってしまった
組織の仲間と会うのに 居眠りするだなんて……
助手席のロックを外すと ベルモットが乗り込む

「すみません……僕とした事が」

「…いいわよ 約束してた時間まで まだ20分あった訳だし」

20分…と言うことは 僕は10分も寝てた訳か 最悪だな……

「私だから 良かったものの……相手がジンなら
  永遠の眠りにつかされる所よ?」

「……それは 勘弁願いたいですね」

「貴方がジンに殺されようが どうでもいいけど
  今日の任務に支障は出さないで頂戴よ」

「えぇ 勿論です」

エンジンをかけ 任務の目的地に車を走らせた

***************

仕事が終わり漸く帰宅した頃には 深夜の2時を過ぎていた

組織の任務を無事に終え その後は公安の仕事で
報告書を作成するのに こんなに遅くまで掛かってしまった
昨日と同じ時間に 深い溜め息が溢れる

……眠い…

リビングの電気を付け 台所に行き水を飲む
シンクにコップを置いてから 夕飯のお皿が
片付けられている事に気付いた
俺が そのまま置いておく様に言っても 樹はいつも自分で洗う

ベランダのカーテンを開けると 朝干した筈の洗濯物が
そこには無かった 取り込んでくれたのだろう

いつもそうだ 俺の負担が少しでも減る様にと
樹は家の事をしてくれる それに嬉しく思うも 悲しくもなる
本来なら親の俺がするべき事を まだ小さい子供にさせるなんて…

リビングの電気を消して樹のいる寝室へ行き
ベッドにそっと腰掛けた
スヤスヤと眠る樹の寝顔を見ると心が癒される

そっと髪に触れ 撫でる ここ最近 樹に構ってやれてない
仕事だからと言い聞かせ 家に一人ぼっちの樹は
一人で夕飯を食べて 一人でお風呂に入って 一人で寝ている
寂しいだろうに 心細いだろうに

そうさせてるのは他でもない俺なのに

わかってるんだ 本当は 平凡な家庭で育った方が幸せなんだと
母親は樹を産んですぐ亡くなり
ベビーシッターを雇い 樹の事は全て任せていた
物心付く前に 離れた方がいいのでは
施設に入れた方がいいのでは 里親に任せた方がいのでは
今の状況の俺1人で育てるのは無理だろうと
上司や同僚に言われ 俺自身何度も考えた

危険な仕事をしている俺と一緒にいれば
樹にも危険が及ぶかもしれない

それでも 樹を見ると
俺が守ってやらなきゃいけないんだと思えて
樹の親は俺しかいないんだって
この子を1人にはさせないと決心して
樹が3歳の頃に上司の反対を押し切り
ベビーシッターを解雇し 俺1人で育てて来た

それがこのザマだ
何が1人にはしないだ ずっとさせてる癖に
守ってやる事も出来てないのに 悔しくて 奥歯を噛み締める

「……パパ?」

「樹……」

目を覚ました樹に起こした事を謝ると
首を小さく横に振って 大丈夫だよと言う
頭を撫でて また眠る様に促す
そうすると樹はもぞもぞも動き出した

「どうした?」

トイレだろうか そう訊くと違うと言って そのままベッドの
奥に詰めていく その動作をぼーっと見ていると
袖をクイクイと引っ張られた

「……ん?」

「パパも 一緒に寝よ」

あぁ 俺の為に 詰めてくれたのか
樹の優しさに自然と笑みが溢れる 布団に潜り込むと
俺に擦り寄る樹 それに応える様に腕を回して抱き締めると
小さな笑い声が漏れる

「樹……お皿洗ってくれてありがとう
  洗濯物も沢山あったから 大変だったろ」

「ううん ぼく 服たたむの好きだから平気だよ」

「……そっか……ありがとう」

「あっ」

「?」

「今日ね…鉄棒したんだけどね」

「今朝話してたね どうだった?」

あのね と口をもごもごさせて言い淀む この反応は 恐らく
できなかったのだろう 話せる様に優しく促すと口を開いた

「……怖くて できなかったの」

「そうか……でも樹は鉄棒初めてだし怖いのも当たり前さ」

「でもね ほかの子はね すぐできるようになったのに
  できなかったのは ぼくだけだったんだよ」

できないかもしれないと自信を失くしている息子に
どうにかして励ましの言葉を考えるも 思い浮かばない

(他人なら すぐ思い浮かぶのにな)

思考を巡らせ考えるも やはり思い浮かばない
そろそろ 何か言わないと 樹が更に自信を失くしてしまう

そう言えば 明日は久しぶりの休日だったな
組織の仕事もないし 公安の方も今日やり終えたから 心配ない……
良い案が思い付いた

「じゃあ パパと練習しようか」

「え?」

「明日は仕事も休みだし 学校が終わったら公園に行こう」

「…いいの?」

「あぁ 樹は嫌?」

「嫌じゃない…嬉しいっ」

やった! とはしゃぐ樹に 興奮すると寝れないぞと言って聞かせる
一緒に練習をするってだけで こんなに喜ぶだなんて
よっぽど嬉しいんだろうな

そう思ってから 考える
この子は いつもどんな想いで 夜を過ごしてるのだろう
きっと帰ってすぐ 洗濯物を取り込んでは畳んで
宿題をして ご飯を食べて 洗い物をして
……その後はどうしてるんだ

一人で遊んでいるのか

テレビでも見ているのか

ゲームでもしているのか

泣いたり していないだろうか

聞こうにも 聞けない

多分 聞いてはいけないだろうから
聞いてしまったら 知ってしまったら

(…もう 一緒には………)

罪悪感でいっぱいになった気持ちを
誤魔化す様にして 抱き締めている力を込めた
ふと 頬に体温を感じ 見ると樹の小さな手が添えられていた

「パパ」

「……ん?」

「おかえりなさい」

ふわりと
笑って 告げれた言葉に 息が止まった

(そうか……俺は……)

この言葉があるから この子がいてくれるから

(こうして 帰ってこれるんだ)

ふっと 笑い 小さな手に触れる 微笑む樹を抱き寄せて
俺が欲しかった 言葉をくれた樹に応える

「ただいま」

小さな身体を抱き締め 夢の世界に旅立とうと
ウトウトしていると 樹がもぞもぞ動く
キツかったかと思い手を緩めると クスクス笑って
頭をぐりぐりと押し付けてくる

「…樹〜 明日起きれないぞ」

「だって 明日楽しみなんだもん」

もんってなんだ 可愛いな
ニコニコと笑う樹に寝なさいと促し
頭を撫でてると ふと 昔のことを思い出した

「…ふっ ははは」

突然笑い出した俺を見て パパも起きれなくなるよ
笑って言う樹のおでこに 自分のをくっつけた

「あのな 樹」

「なーに?」

笑いが込み上げてきて 喉がくつくつ鳴る

「パパも一年生の頃は 鉄棒ができなかったんだ」

「えぇー!! そうなの!?」

驚いている樹に そうだよと頷く
目をぱちぱちと瞬かせ暫くすると 少しずつ口元が緩んでいき
クスクスと笑い声が漏れだした
2人の笑い声が部屋に響き それは暫く続いた
もう3時前だというのに 何とも近所迷惑な親子だ

案の定 朝に起きれなかったのは言うまでもない


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