ゲーム





「パパ いっしょに遊ぼ」

「お!いいぞ〜 何して遊ぼうか?」

読みかけの本を閉じ おいでと樹を抱き上げる 遊ぶにしても
普段から一人遊びが多く 誘われることは滅多にないからか
自分でもわかるくらい 声のトーンが上がっていた
ごっこ遊びか おもちゃで遊ぶか…今日は天気も良いし
外へ遊びに出掛けようか? 向かい合う形で座る樹へ
思いつく限りの遊びを挙げていくと レースがしたいと言われた

「オーケー じゃあ樹はディスクを出して」

「うん」

膝から降りた樹を追うようにして ソファから腰を上げる
樹の言うレースとは テレビゲームのことだ
テレビボードからゲーム機の本体を引っ張り出し
ローテーブルに置いて 起動スイッチを押した
白と黒のコントローラーを繋ぎ メモリーカードを差し込む
使わない時は全部片付けているので 遊ぶ時には 毎回
この作業を繰り返している …本音を言うと一々出し入れするのは
面倒でしかないのだが 片付ける習慣を身につけさせたいことから
樹の手本となるように 必ず仕舞うことにしているのだ
衣類でも何でも出しっ放しで その辺へ物を放置しては 親に叱られ
やっと片付けをしていた子ども時代 そんな俺と比べ 樹は進んで
片付けもするし手伝いもしてくれる 俺が樹と同じ年齢の頃は
毎日 遊ぶことしか考えていなかったものだし 手伝いなんて
高学年になってからやり始めたくらいだ

「樹は偉いな〜」

「?」

頭を撫でられる理由が 分からないのだろう
きょとりとしている樹からディスクを受け取り 機械へ入れる
暫くするとオープニングが始まり エンジン音が鳴り響いた

今からプレイするのは 半年ほど前に購入した
樹お気に入りのレースゲーム ここのゲーム会社は
日本や海外の自動車メーカーのライセンスを取得しているから
車種もかなり多く コアなファンにも人気な作品の一つらしい
正直なところ 視力の低下や運動不足を懸念して 小さい内から
テレビゲームなどさせたくなかったのだが このご時世
子どもの遊びと言えば どこもかしこもゲームが主流
学校での話題もゲームばかりで 持っていない子ども達は
話題についていけず 友達の輪に入れないらしい だからと言って
そのことを危惧して ゲームを買ってやるほど俺は甘くない
…既にゲームがあるじゃないかだって? まぁ 最後まで聞いてくれ

インドア派の子どもが増え続ける今の世の中 俺の息子には
太陽光を沢山浴びて 外で元気に遊んで欲しいと願い
今までゲームを与えていなかったのだが そうやって制限した将来
反動でゲームばかりする大人になられても困るので
ゲームで遊ぶ際のルールを決めて 買ってやることにしたのだ
…結局は今の時代に合わせてるじゃないかだって?
馬鹿を言うな 俺は子どもの話題合わせのために ポンポンポンポン
新作を出しまくる流行りの妖怪やら 配管工のおじさんやら
イカが人間に変身するシューティングゲームを買い与えたりなどせず
樹が本当に欲しいと思えるゲームしか買わないと決めているんだ
もちろん クラスで流行りの物が欲しいと言うのなら買ってもいいが
車好きの樹のことだ 欲しがるゲームなんて分かりきってるだろう
ソフトを買いに行った当初は 友達の話題にもよくあった
モンスターを持ち運べるゲームに 興味を示していたものの
子ども向けのソフトが陳列する棚を 二つ挟んだ場所に置いてあった
レースゲームのソフトを目敏く見つけた途端 即断で決めて 俺の元へ
そのソフトを持って来たんだ …わかるか? これが俺の樹だ
友達の話題合わせよりも 自分の趣味を優先する子なんだ
周りと合わせるのも大事だが 個を貫くのも大切だ 可愛い我が子が
持って来たソフトを手に取り 値段を確認した瞬間 思わず固まった
子ども向けのソフトが五千円以内なのに対し 樹が選んだソフトは
一万近くもしていたのだ これには流石の俺も驚きを隠せず もう一度
確認して パッケージをよく見れば 限定版と表記されていた
隣にあった通常盤の方は七千円と まだ安い…それでも七千円は高く
買うのに渋ったが 初めてゲームをする息子が 欲しいと言った商品
ここで買ってやらないのは 親が廃るってものだ

限定版をそっと棚へ戻し 通常盤を買いにレジへ向かった
…のだが 通常盤と限定版の違いをしっかり理解していた樹は
俺が戻した 限定版のソフトを買えと主張する 例えばこれが
誕生日だったりクリスマスだったりと 特別なプレゼントであれば
即決で購入しているが 今回はソフト意外にゲーム機の本体や
メモリーカードと 人数分のコントローラーを買わなければならない
その合計を考えると 結構な額になるものだから できれば出費を
抑えたいと思うのが当然と言えよう しかし そんな親の考えなど
お構いなしで 欲しい物は欲しいと強請りまくるのが子ども
車の知識だけは 俺よりも飛び切り豊富に持っている樹 どうやら
限定版には 297ページにも及ぶA4サイズのブックレットが
付属するらしく このゲームに登場する車やコース ゲームモードの
紹介に加え 初めてプレイする初心者に向けた レースゲームを
1から学べる内容が この限定版にだけ全て詰め込まれているのだと
ジャポネットタカタの社員も顔負けの喋りで
特典情報を必死に 説明する息子に言いくるめられた俺は
締め四万五千円の買い物をしたのだった

あぁ そうだろう……言いたいことは分かっている
ゲームは買わないだの 出費は抑えたいだの言っていたくせして
結局は 何でも買い与えてしまう甘ちゃんだよ俺は…

とはいえ 買ってしまったからにはルールをしっかり決め
遊ぶのは1日30分のみで 夜6時以降は禁止にした ゲームの刺激で
寝付けず 朝に起きれなくなってみろ 睡眠不足はすぐ肌に現れるし
樹に隈などあり得ない 肌荒れなんてもってのほかだ 健康第一!
と まぁ 厳しいルールを設けてみたが それに対して文句も一切無く
決められたルールに従う樹に 拍子抜けする自分がいたのも事実
ご近所さんの話によれば 始めこそ時間も守り 片付けもするのだが
一週間も経たない内に 時間を守らない 出しっ放しにすると
聞いていたから いつそうなるのかと身構えていたものだ
半年経っても守り続けて うちの子は偉いんだなぁとしみじみ思う
良い子良い子〜♪ と両手で樹の頬を挟んでいると
可愛い眉間に皺が刻まれていくのに気づき パッと手を放した

「……早くしようよ」

「ゴメンゴメン 始めよっか」

オープニングもとっくに終わり スタート画面で待っていたらしい
樹の機嫌が悪くなる前に コントローラーを持ってソファへ座る
俺の隣にピタリとくっついては 慣れた手つきで操作し
車とコースを選ぶ樹を見つめていると バッチリ目が合った

「なーに?」

「いや? なんでもないよ」

「ふぅん…パパも早く車決めて」

「はーい」

(ここで 可愛いなんて言ったら 機嫌が悪くなるのは目に見えてる)

言いたいのに言えない このもどかしい思いを胸に仕舞い
樹の可愛さを保存するべくスマホを向けた

「もう…パパったらまた撮ってる」

「いいだろ 今から遊ぶよーって知らせるんだよ」

「だれに知らせるの?」

「俺に」

「えー? 変なのー!」

歯を見せて笑う樹に シャッターチャンスを逃さずタップする
また一枚 息子の思い出が増えたことに満足し
近いうちにデータを移して PCフォルダの整理をしなくてはと頷く
あれこれ考えているとスマホを奪われてしまい 返すように迫れば
「ぼくに勝てたらね」と不敵な笑みを浮かべる樹に胸がキュンとした
上目遣いもプラスされ 本日最高の表情を目にした俺の脳内からは
大量のドーパミンが 放出されているに違いない
最高の一枚を撮れなかったのは 非常に残念だが
せめてもと この目に焼き付ける為に見つめ続けていると
再び樹の眉間に皺が刻まれだしたので そそくさとゲームに戻る

レースに使用する車を選んだら 走行する前には必ず
マイカーを眺めるのがお決まりとなっている レースやミッションを
クリアすると コインがもらえてランクも上がり それによって更に
難易度の高いコースが解放され ミッションに挑戦することができる
自分のレベルに合わせて CPの強さが徐々に上がる仕組みとなるほか
パーツを購入し 自分好みに車のカスタマイズやチューニングができ
内装の種類も様々あるので やり込み要素もかなりあるゲームだ
樹のマイカーは 真っ赤なボディが目立つ SSCアルティメットエアロ
約2.5秒で100km/hに到達し レースでもぐんぐん追い抜く様は圧巻だ
対して俺のは 愛車と同じくマツダRX-7 FD3Sを使用している
一応他にも持ってはいるのだが 使うのは専らFDが多い
まぁ ゲームと言うこともあり 上げドアに改造させてもらっている
世間一般的に上げドアと言えば カモメの形状のガルウィングだと
一括りにされて呼ばれているが ドアにはそれぞれ名称が付いており
俺のタイプは ラプタードアと言われる外側前方に移動して
縦に向きを回転するタイプだ(実際にやれば樹が相当喜ぶだろう)
樹のドアは フェラーリでも代表的なバタフライ仕様にしているが
随分前にはフロントガラスとルーフ部分が上へ持ち上がる
キャノピーに改造したいのだと熱心に話していたのを覚えている
けれども それにするにはコインが150万必要らしく
以前見た時には 300万以上ものコインがあったのを記憶しているが
現在 40万ほどしか残っていないのを見て首を傾げる
マイカーは増えていないし あれから改造した様子も無いのに
あの大量のコインは 一体どこへ消えたんだか…
そうこう考えている内に進んでいき レース画面へ切り替わった

カウントに合わせて タイミングよくアクセルボタンを押し加速する
スタートダッシュパーツを装着していると 初っ端から
一気にスピードを出すことができるのだ それは樹も同様で
横並びに走行し 出だしは良い勝負にも思えるが
やはりFDでは アルティメットエアロのスピードに敵う筈もなく
あっという間に差は開き 呆気なく負けてしまった

FDじゃ相手にならないのを笑い リプレイを再生する樹
完走後はリプレイを見て2度楽しむのが このゲームの鉄則らしい
(…実際そうなのかは 知らないが)
自分の走りにご満悦な様子の樹を横目に 背後から手を伸ばして
携帯を取り返そうと試みるも ぱちんと叩き落とされてしまった

「パパって ゲーム弱いよね」

「そんなことないぞ 俺だって結構強いんだからな」

「嘘だぁ パパじゃ相手にならないよ だってパパが持ってる
  ランボと跳ね馬より ぼくのエアロの方がスピードも速いからね」

「言ったな?」

生意気言う子に絶対負かしてやると意気込み ガレージリストを開く
FD…悪いが樹に勝つにはお前じゃ力不足なんだ 愛車を待機させ
ランボでも跳ね馬でもない とっておきの車を選択する
樹は知らないだろうけど このゲームには裏技がいくつもあり
スタート画面で秘密のコマンドを入力すると アイテムを入手できる
この情報はブックレットにも 市販の攻略本にも載っておらず
攻略サイトで公開されていた情報を元に 手に入れたスポーツカー
その名も ブガッティ・ヴェイロン16.4スーパースポーツ!
2.2秒で100km/hに到達 平均431.072km/hという
とんでもない速度を記録し トップスピードとしては世界最速の
車として ギネス記録にも認定されたモデル! しかもこの車には
リミッターが付いてはいるが 415km/hから作動するという なんとも
意味不明な構造になっているのだ あまりにも速度が速過ぎるので
タイヤを保護する為に作動する仕組みとなっているのだと思うが
通常の車では考えられないレベルの設計になっている……と
車の説明欄に記されていたのを読んだが 本当に意味が分からない
樹ほど車に詳しい訳でもないので とりあえず俺の中では
他のとは段違いな性能を持つ ギネス車だと認識している


「えっ うわぁ ブガッティだ! すごい かっこいいー!!
  でも どうしてその車があるの? 本には載ってなかったよ?」

ブガッティの登場に混乱しているのか ブックレットを取り出し
車の紹介ページを 高速でめくりながら確認する樹
もちろんネット情報なので その本には載っている筈もなく
驚きと興奮が入り混じった表情で「どこにも無いよ!?」と
目を丸くして 立ち座りを繰り返す樹に落ち着くよう促した
興奮が冷め切らないのか ブガッティを褒めちぎる息子の言葉に
自分が褒められてるかのように感じ 凄いだろうとにやける
レースゲームでは負けっぱなしの俺だが この車なら確実に勝てる
卑怯だと思いながら 一番難易度の高いコースを選んだ

「でも ぼく 負けないよ」

「へぇ…何か策でも?」

「ふふっ 教えなーい」

自信ありげな様子に 少々引っ掛かりを覚えるが
馬力 重量など 全てのステータスにおいてトップの車なんだ
いくら策を講じたとしても敵いっこないのは明確(←大人気ない)
勝利へのカウントを静かに見据え アクセルボタンを押した

先程より さらに加速したスタートダッシュで俺が先頭を走る
速い…さすがギネスに認定されていることもあり かなりのスピード
上手いことブレーキを利用しないと クラッシュするかもしれない
性能はダントツでトップだが カーブの連続に減速ばかりで
せっかくの最速も 全力で発揮することができないでいる
すぐ後ろに赤いエアロがひっついて来ているがまだ大丈夫だ
この先の180度折り返すきついコーナーに差し掛かると
樹の車がスピードを落とし始めた このコーナーは樹が最も
苦手とするカーブで 思っていた通りの展開に意地悪く口角が上がる
距離が開いたところで 一気に加速して引き離した俺は
その後のコーナーも難なくクリアしていき 終盤のストレートで
ついに ブガッティ・ヴェイロンの見せ場 最速を本領発揮する
コーナーを抜けた樹が 後方から迫って来ているけれど
どんどん上がるブガッティのスピードに その差は縮まらない
ゴールまで残り僅か 樹との距離も300m以上ある
さぁ 勝利は目と鼻の先! 心の中でガッツポーズを繰り出した瞬間
何やら光る物体が 脇を駆け抜けていったかと思えば
ゴールした俺の画面に loseの文字が大きく表示されていた


「は? えっ?…何だ今の……」

「ぼくの勝ちー!」


両手を広げて喜ぶ樹に意味が分からず 呆然としながら画面を見る
……樹が勝ったのか?……なぜ? アルティメットエアロが
ブガッティ・ヴェイロンのスピードを上回るなどあり得ない
加えてあの距離だぞ 追い抜くだなんて絶対に無理なはずだ
だが負けたということは そうなのだろう…
何がそうなのかも分からず 状況を呑み込むことができない俺は
楽しそうにリプレイを見ている樹へ説明を求めた
俺の質問に見たら分かると言い テレビを指した樹に促され
ジッと目を凝らしながら 問題の場面を見ていると
樹の車が青く発光しながら 猛スピードで俺を追い抜いていた
(そんな まさか……これは NOSじゃないのか?)
ナイトラス・オキサイド・システム (NOS)
亜酸化窒素(笑気ガス/N2O)と呼ばれるガスを エンジン内部に
噴射するシステムのことだ レースゲームでは絶大な人気を誇る
メジャーなチューニング手段の一つとされ ガス噴射の間だけ
一時的に馬力を上げることがでる代物 それも最大で
ノーマルエンジンの200%以上のパワーアップができる
謂わば必殺技とも呼べる レース界での神装置だ

「……ニトロが使えるだなんて 聞いてないぞ」

「すごいでしょ プラチナランクになったら買えるんだよ」

「プラチナ!? ゴールドまでじゃなかったのか…」

「最高ランクのダイヤモンドだと 水上を走れるようになるんだって
  そしたら島のコースが解放されて 新しいミッションも出るんだよ」

ブックレットの内容を丸暗記している樹の口からは
俺の知らないゲーム情報が スラスラと飛び出し
まだ入手していないアイテムや 新しいコースが楽しみだと語る一方
ゲームでの不便な部分を挙げていき ここはこうしたら良いだとか
あれは無い方が良かったなどと 随分とガチ勢な意見に圧倒され
何も話すことができない俺は 頷くだけで精一杯だった
最速の車を持ってしても ニトロ装備の車には敵わないのか…
とは言え まだ完全に負けた訳ではない(諦めるな俺)
俺だってニトロを搭載すれば 今度こそ絶対に勝てる筈だ
自分のランクはシルバーなので プラチナになるには程遠く
ニトロを搭載するにもコインが必要なのだろう
樹の大量のコインが消えたのも これで説明がついた
幾らあれば買えるのか 樹へ尋ねれば250万との返事に顔を顰める
レースでの賞金は 1位が15.000 2位は10.000 3位が5.000コイン…
全て1位になれたとしても167回も走るのか…多いな

「大丈夫だよ 20.000コインもらえるところがあるから」

「…それでも125回じゃないか」

簡単に言ってのける息子に このガチ勢め!と言いたくなるのを抑え
手っ取り早くコインを稼ぐ方法を考えて 画面を戻っていき
1人プレイを選択した俺へ抗議の声が上がるが 素知らぬ顔で進める

「静かに…ランクを上げるから暫く一人でプレイさせてくれ」

「ダメ! いっしょに遊ぶの!パパ弱いし時間かかるからやだ
  30分の決まりなのに また約束破る気なんでしょ!!」

「…弱いって言うんじゃない 樹はニトロのお陰で勝てたんだ
  いいか? あれが無ければ 実際に勝ってたのはパパなんだぞ?
  それに パパは最近 全くゲームをしてなかったから今までの
  時間が余ってる だから約束を破ることにはならない! 以上!」

「そーゆーの へりくつって言うんだ! 先生が言ってたもんっ」

「どの先生だ? この家には先生なんていないぞ?」

「うわぁん! パパのばかー!!」

怒った樹に襲いかかられ ソファへ倒れこんだが
操作の手を止めないでいると 軽い拳が連続で飛んでくる
痛くも痒くもないパンチを受け プレイする俺を見て分かるだろう
買わなかった理由に 視力の低下やら運動不足やら個を貫けとか
子どものことを言い訳にしていたが 本当を言えば 自分が
ゲームにハマるのが目に見えていたので 敬遠していたのが事実
俺だって 子どもの頃は沢山ゲームで遊んでいたんだ
中々つかないカセットに 何度も息を吹きかけたこともあった
それも中学までで 高校に上がってからは全く遊ばないようになり
卒業してからも これまでゲームを遠ざける人生を送ってきた
新作のゲームのCMが流れるたびに 見ないふりをしていたが
ゲームの技術も日々進化していく今の時代だ 綺麗な画質
滑らかな動作のゲームを前に 夢中になって何が悪い
ただ 進める時間が無いに等しいので 攻略サイトを覗いては
裏技を入手して 楽にアイテムをゲットする方法を覚えてしまい
昔のように コツコツやり込むのが面倒になってしまったのだ
一緒に遊ぼうと誘ってくれた樹には 本当に悪いと思っているが
今日はパパに譲ってくれ 明日から本気出すから
(…何に出すか知らないけどな)

さっきから 樹がポカポカ殴ってくるけど 疲れないのだろうか?
程よい力加減のマッサージに 背中を叩くようお願いしたら
「マッサージじゃないっ!」とぶつかる勢いで抱きつかれたので
肘掛けを枕代わりにして寝転ぶ 横向きでは首が少し痛いが仕方ない
そのまま 樹を腹に乗せた状態でゲームを続けると 拗ねているのか
胸元でうーうー唸る息子に ちょっと意地悪し過ぎたかと思い
チラッと視線をやれば 至近距離の上目遣いに心臓が飛び跳ね
コントローラーを手元から落としてしまった

「おまっ…それは 不意打ち過ぎるだろ……」

「あはは! パパ 下手っぴだ〜」

クラッシュした画面を見て けらけら笑っている樹は
自分がやらかしたことに 何も気づいていないのだろう
またもや最高の表情を目撃した俺は 勘弁してくれと目を覆った
俺までクラッシュさせるとは…恐ろしいテクニックを使いやがる
未だ強く脈打つ心臓に 深呼吸をして整えていると 何を思ったのか
俺の胸元へ耳を押し付ける樹を慌てて引き剥がした

「びっくりしたの? ドキドキしてるよ」

「あぁ……うん」(…お前に驚かされたんだよ)

トントンと胸をつついてくる樹に 音を指摘されて頬が熱くなる
ったく…誰のせいでこうなったと思ってるんだ
これ以上密着し続けていると心臓が持たないので
樹には降りてもらい 上体を起こした俺は深い息を吐いた
コントローラーを拾った樹が レースを強制終了する
時間継ぎ足し作戦は 敢えなく失敗に終わり
もう何も手が無いかと思ったところで 良い案が浮かんだ

「樹 …ブガッティ・ヴェイロン使いたいか?」

「? …うん 使いたい!」

「それならさ パパのデータを進めてくれるのなら 使ってもいいぞ
  樹はブガッティを使えて 俺はコインが貯まってランクも上がる
  どうだ? お互いに得するし 良いアイデアだと思わないか?」

「…でもそれって パパが楽をしたいだけでしょ?」

上手くいくと思えたが 渋る樹に手を合わせてお願いをする

「頼むよ樹 パパは忙しくてゲームする時間ないから …な?」

「んー………やだ!」

やはり 楽をして進めるのは駄目か……駄目だな
人任せが無理となれば ゲームの時間を増やすしかない
かと言って ここで延長をしたら せっかくのルールを破ることになる
自分の都合よく変更するのは 教育的にもよろしくない
遊びか 教育か どちらを優先するかなんて決まっている


「ならルール変更…ゲームは一日1時間に決定した!」

「あっ ずるーい!」

たまには 遊びを取っても許されるだろう(俺が許す)
こうして 一日30分と決めていたプレイ時間だったが それも
平日のみで 土日 祝日は休憩を挟んで 1時間に増えたのだった

とはいえ プレイ時間を延ばしたからと言って
俺が必ずしも ゲームをしているとは限らない 一週間経っても
ランクは上がらず コインの数も大して変わらないままだった
つまり ニトロを持つ樹には未だに勝てた試しがない…
それを見兼ねた優しい樹は 俺を可哀想に思えたのか
時々 俺のセーブデータを使い コインを増やしてくれていた
結局 息子任せで楽々とランクが上がり 250万貯まったコインで
ニトロを購入することができ 勝負を挑む日が訪れるのだが
樹の操作テクニックが上達することを 一切考えていなかった俺は
その結果 また負けることになるとは思いもしないのだった




[ 13/23 ]

[] []
[目次]