飴と鞭と 飴 飴 飴…





今日は 都内の大型家具店へとやって来た 広々とした店内には
シンプルな物から奇抜な物まで 様々な家具や日用雑貨が目に入り
店内で流れる陽気な音楽は 客の気分を浮き立たせる

俺の隣を ちょこちょこ歩く息子もその中の一人で
店内の広さと 見慣れない家具の多さに興奮しては 探検してくる!
と言って 走り出した いーくんを瞬時に捕まえた
気持ちは分かるが 迷子になるのが目に見えているし
そもそもここは 遊ぶ所ではないと十分に言い聞かせる
それなら 探検しない代わりに と いーくんが指したのは
子どもの座席が付いている 大型のショッピングカート
他所よその子どもが乗っているのを見て 自分も乗りたくなったのだろう
使用しない旨を伝えると わかりやすい程 不貞腐れた息子へ
あれよりも 良い物に乗せてあげるからと高く抱き上げる
すとん と肩へ乗せれば ぎゅっと掴まれた髪の毛が地味に痛い
高い所が苦手な いーくんには 肩車は少し怖かったかな?
降ろそうかと尋ねると 頭をがっちりホールドしてくるから
このままでいいのだろうと判断し そのまま歩みを進めた

さーて 今日は何を買いに来たんだっけ? 俺の質問に
当然の如く玩具と答える息子へ ベッドだろうと返す
それに対して不満なのか 俺の頭頂部をぺちぺち叩いては
買ってと煩いので 体を揺らして少々怖がらせると静かになった
…かと思いきや 玩具〜玩具〜と 耳元で念仏のように唱える始末

「今日は ベッドを買いに来たんだよ」

「いーくん おもちゃかうー」

「今朝も 玩具は買わないって パパ言ったじゃないか
  いーくんも わかったって返事してただろ?」

「おもちゃ」

「…パパとの約束 守れないのか?」

「………」

黙り込んだ いーくんは バツが悪そうに俺の髪をくるくる弄りだす
プチっと音がしたのと同時に 小さな声が聞こえたので
恐らく…いや 確実に毛が一本抜けたと思われる
髪を弄るのを止めて 優しく撫でているのが何よりの証拠だ
…別に 一本くらい 俺は気にしやしないのに 禿げに対する
扱いと似ているような気がして 少々複雑な気分になった


独身時代の頃 寝具はベッドを使用していた俺は
息子が生まれてから 布団に変えた
当時は ベビーベッドを購入しようと考えていたのだが
柵が外れたりや 腕を挟んで骨折するかもしれないと
思わぬ事故の危険性も踏まえて悩んだ末 布団にしたのだった
先々月 4歳になったばかりの息子は おねしょも 殆どしなくなり
そろそろ ベッドが恋しくなってきたタイミングに
通販ショッピングで ベッドが紹介されているのを観て
今年こそは買ってやると 決心したのだ
と言ってもそこは 通販ではなく しっかり自分の眼で見て
購入したいので 今日という休みを利用して来たわけだ
寝具コーナーに 展示されているベッドを見て回り
マットレスの種類をじっくり見定めて検討する
硬いマットレスはあんまり…かと言って柔らか過ぎるのもよくない
どれにしようか決め兼ねていると 体感コーナーはあちらと記された
白いパネルの先へ進めば ずらりと並んだベッドに
いーくんが歓喜の声を上げた

ローベッドから 脚付マットレスタイプ 北欧デザインの物
アンティーク調や 跳ね上げ式など 有りとあらゆるタイプの
ベッドが揃っており その中でも一際目立っている
天蓋付きベッドに こんな物まで置いてるのかと目を丸くする
白を基調としたクラシカルな天蓋ベッドに お姫様のだと
はしゃぐ いーくんを肩から下ろし 靴を脱がして絨毯に上がる
先に腰掛けた俺に続き いーくんも登ろうとするが
自分よりも高さのあるベッドは 辛うじて指先が届く程度だった
それでも 必死によじ登ろうとしている姿が面白く 放っておけば
ベソをかき始めた息子を抱き上げ ベッドの中央へ座らせてやる
キングサイズの天蓋ベッドに 小さな子どもの絵図は可愛らしく
自然とスマホに手が伸び シャッター音を響かせていた
枕元にあった ピンクのハート型クッションを いーくんに持たせ
寝転んだ姿や 他のポージングを様々な角度から撮り終えた所で
当初の目的を思い出した俺は 気恥ずかしくなり そそくさと
尻ポケットにスマホを仕舞い 咳払いをしては まだ
ゆっくりしていたいと話す息子を脇に抱え 次の場所へ移動する

「ふかふかー」

お次は 脚の部分まで細かいデザインが施されている
アンティーク調の オシャレなベッドだ
柔らかい素材のマットレスを気に入ったのか
ベッドの上で ボフボフ跳ねて遊ぶ いーくん
試しに俺も座ってみたものの 体が沈みすぎるマットレスは
厚みも最初の内だけで 数ヶ月で薄くなる気がする
それに ここまで柔らかいと 寝返りをうちにくいだろうし
へたりの不安もあって 寝心地もあまり良くなさそうだ
辛口の評価を次々と並べては 隣のベッドに体を預け
その寝心地の良さに 思わず感動の声を漏らした
ふかふかのベッドに潜り込んでいる いーくんに呼びかけると
くぐもった声で返事をし 掛け布団からぴょこっと顔を出した姿が
焼く寸前のチョココロネに見えて 無性に食べたくなる
ベッドから下りて 側に来た いーくんを横の体制のまま抱き上げ
体の上を通過させて 隣へころんと転がした
すべすべなシーツの肌触りに 手足をバタつかせては
ベッドの上で泳ぐ真似をしている いーくんの髪をひと撫でする

「これにしよっか?」

「するー」

そうと決まれば さっそく値段の確認だと うつ伏せになり
肘をついて ヘッドボードにかけられた値札パネルに手を伸ばす
並んだゼロの数に 大体このくらいかと納得する
商品説明欄を見るに やはりマットレスは高反発だったか
寝返りをうっても 相手に伝わりにくいのは中々嬉しい
収納付きでないのが惜しく感じるが 脚の高さは結構あるので
一応 収納ケースを置いたりして 活用できそうだ
肝心のサイズをどうするかだが…ダブルにしておくか
それとも 広々と寝れるクイーンがいいのか悩み所だ
いーくんが落っこちる心配もあるから ベッドは壁側に
配置するのが望ましいと考えてから ふと頭によぎる
この子は 何歳まで俺と寝てくれるのだろうか…?
せめて中学に上がるまでは 一緒に寝たいものだが 小学生の
高学年にもなれば 反抗期が来て離れたがるかもしれない
それらのことを考えると 迂闊に大きいサイズは選べないな
シングルサイズをくっつければ クイーンよりも広くなるし
一緒に寝なくなれば それはそれで 分けて使うことができるから
後々のことを考えると そっちの方がいいのかもしれない
大きいベッド一台と小さいの二台でも 値段はそんなに
変わらなさそうにも思えるが…やはり 悩んでしまい
パネルと睨めっこしたまま いーくんの意見も参考にしてみる
返事がない息子に 聞いてるのかと手を伸ばすも 布団の感触が
あるだけで 一向に触れることができずにいるのを不思議に思い
振り返ってみれば そこにいるはずの いーくんの姿がなかった

「えっ…いーくん?」

がばりと起き上がって きょろきょろと辺りを見渡すも
いーくんらしき子どもは どこにも見当たらない
ベッドの端から頭を下げ 下を覗いても向こう側が見えるだけ
靴は置いてあるのに その本人がいないと慌てた俺は
隣のベッドの チョココロネを勢いよく捲った
コロネの中にもいない息子に どこいったんだと頭を抱え
いーくんの名を呼びながら 店内を駆け回る
探検しているだけならまだいいが もしかすると 誰かに連れて
行かれたのではと最悪な事態が頭によぎり 不安が募る
玩具売り場にもいないことで その不安がピークに達した所
店員に声をかけられた事により 幾分か落ち着きを取り戻した
事情をはなすと 店内放送で呼びかけますと対応してくれる店員に
そんな考え 思いつきもしなかったと 自分の慌てっぷりに反省する
名前と特徴を説明して インカム越しから全スタッフに
伝えられている最中 微かな子どもの泣き声を耳にし
聞こえてきた方向へ 足を走らせた


「いーくん!」

「うぇぇん ぱぱぁ〜!!」

ようやく 見つけることができた息子は
二段ベッドの上で 泣きじゃくっていた
無事発見できたことに 安堵の笑みを浮かべて駆け寄る

「よかった! 本当によかった…
  なんで こんな所に登ってるんだ?」

俺の後を追ってきていた店員に お騒がせしましたと頭を下げては
えぐえぐとしゃくりあげる いーくんに 腕をめいっぱい伸ばす
髪をくしゃくしゃに撫でながら 心配したんだぞと叱り
見つけた時から 視界に入っていた青い物体に目を向けた
いーくんが泣きながら抱きしめているのは 全長150センチはある
群青色をした 巨大なクジラのぬいぐるみだった
大きなぬいぐるみを抱えながら 二段ベッドに登るのは
小さな子には難しいだろう 泣いている状況を見るからに
元々ベッドに置いてあったのを見つけ 登ったのはいいが
その高さに足が竦み 下りられずに泣いていた…ってな感じか
ここから 俺が横になっていたベッドが見えることから
向こうからも クジラのぬいぐるみが見えていたのだろう
小さい いーくんを探すのに 下ばかり見ていたから
ベッドの上なんて 気にも留めていなかった
二段ベッドのそばに立てられた 巨大なパネルがちょうど
いーくんを隠していたことも すぐに見つけられなかった要因だ
おいで と呼べば まだ怖がっているのか
ぬいぐるみにしがみついたまま 寄って来ないので
クジラのぬいぐるみごと引き寄せ ベッドから下ろしてやり
ぐすぐすと 鼻を啜っている息子の頭をポンポン叩いた

「ほら 泣かない…もう怖くないだろ?
  クジラさんも 元の場所に戻してやろうな」

そう言って ぬいぐるみを掴んだのはいいが
一向に離そうとしない息子に ぐいぐい引っ張ってみるも
向こうも負けじと力を緩めないので ちょっとした綱引き状態になる

「いーくんのー!」

「これは お店の商品なんだ
  勝手に 自分の物にするんじゃない」

言っても聞き分けのない息子に 離しなさいと語尾を強めれば
俺が怒っていることに気づいて 渋々手の力を緩めた
ぽろぽろと流れ落ちていく涙を 両手で必死に拭っている姿は
俺が泣かしているみたいで 正直あまり良い気がせず
そんなに泣かなくてもいいんじゃないか と溜息を吐いた


「いい加減にしなさい!」

突然の怒鳴り声に いーくんがビクリと震えて固まる
もちろん怒鳴ったのは俺ではなく 声を張り上げた人物を見れば
お母さんらしき人が 子どもに向かって怒っていた
茶色いクマのぬいぐるみを腕に抱えている女の子は
ちょっと前の いーくんみたいに 泣きじゃくりながら
ぬいぐるみが欲しいんだと 懸命に主張していた
その女の子の涙の雨で ぬいぐるみは所々濡れており
売り物を汚したことに対して 雷様と化した母親が
次々と子どもへ雷を落とす様子は 大変気の毒に思える
ぬいぐるみは安い物でも千円は超えるから お怒りなのも頷ける
涙と鼻水で汚してしまったことから 常識ある人なら購入するはず
対して このクジラは幾らだろうかと 値札を見れば
優に万を越えていたので 慌てて汚していないだろうかと
確認した所 幸いにも どこも濡れていなかったことに安心する
ぽけ〜っとした表情で 雷様を見ているいーくん
俺があんな風に怒ることはないから 物珍しいのだろうか
ぬいぐるみを片手にレジへ向かった母親は やはり購入するのだろう
そんな雷様と俺を 交互に見るのを繰り返しては
手を伸ばしてくる いーくんに どした? と首を傾げる

ぺちょ

クジラの尻尾へ 思い切り顔を押しつけた我が子に唖然とする
開いた口が塞がらず 言葉にならない声を発していた俺は
顔を上げた いーくんの にこやかな笑顔を目にした瞬間
ぷちりと何かが切れて 凄まじい雷を落としたのだった



俺の肩で すすり泣く息子の背をリズム良く叩きながら
出入り口へ向かって ゆっくり歩いて行く
さっきは怒り過ぎたかなと 少し反省しているが
故意的に 店の商品を濡らした いーくんが悪いのは確かだ
あの親子のやり取りで 売り物を汚したら買ってもらえると理解し
それを 実行したのだから 中々悪知恵が働くようになったものだ
まぁ 悪知恵って言うほどでもないかもしれないが
あのときの笑顔は 当分忘れられそうにない
にしても 少し考えたらわかるはずなのに 汚したあとで
俺に怒られる事までは考えてもいなかったのだろう
自分の欲求を満たすことしか頭にないのだから 子どもって単純だ
そういう所も可愛くて 好きなんだけどな
か細い声で呼ばれ 返事をすれば ぬいぐるみのことで謝る息子に
ちゃんと謝れたな 偉いなと頭を撫でる

店員の配慮から ぬいぐるみは購入しなくてもいいと
クリーニング代を支払うことによって解決した
万単位の出費よりは安く済んだし 仮に購入したとしても
あの大きさでは場所を取るから すぐクローゼット行きだっただろう
ちなみに ベッドはクイーンサイズに決まり 夕方に届く手筈だ
いーくんの意見を聞こうにも それどころではなく 泣いている
我が子を腕に抱いたまま ささーっと 住所やら必要事項を記入して
会計を済ませ もうずっと 泣きっぱなしなこの子のおかげで
服に涙が染み込み 俺の左肩はぐしょぐしょだ
あんまりにも泣くものだから 干からびやしないかと思い
出入り口付近の 休憩スペースにある自販機に立ち寄り
カラフルなボックスソファに腰掛けては
鼻を鳴らしている息子に 紙パックをチラつかせた
ストローを勢いよく吸って飲む姿を見つめながら
涙の跡を指で拭っていると 俺へ向けられたストローの先
それに ありがとうと微笑んで咥えたが 空気を吸うだけの音に
あげた本人も 自分が飲み切っていたと思っていなかったのだろう
しまった という表情で目を泳がせる様子に 噴き出し
自販機から もう一本 飲み物を買ってやると
さっきと同じようにして 飲み口を向けてくる息子へ
一口飲むよう促せば 全部飲んじゃったから と遠慮される

「パパな いーくんが飲んでからじゃないと飲めないんだ」

「どーして?」

それは もちろん間接キ…じゃなくて レディーファーストの類いだ
基本的に 俺はまず子どもに勧めるているだけであって
如何わしいことは なーんにも考えてないし やってもいない
そういう事なので飲みなさい と口元へストローを近づければ
プイッと顔を逸らされ お腹いっぱいだと言われてしまう

「…わかった じゃあ口を付けるだけでもいいから」

「いらなーい」

尚も断る息子に 少々残念に思いながら
幼児向けのキャラクターが描かれたジュースを飲み干した



◇ ◇ ◇


「ご苦労様です ありがとうございました」

寝具を設置してくれた業者の人を見送り
大人しくテレビを観ていた いーくんに おいでおいでしては
寝室にドーンと置かれたベッドに 二人でダイブする
数年振りの自宅ベッドに 腕を広げてぐーっと伸びをした


「きもちいいねー」

「あぁ…そうだなー
  よし いーくん! チョココロネだ!」

掛け布団をばさりと捲り上げ 俺が潜ると
きゃっきゃと笑いながら いーくんも布団に潜り込む
足元を細くして 上に上がるにつれ布団を膨らまし
顔だけ出せば パパコロネとチビコロネのできあがりだ
あとは 焼かれるだけだねと話す いーくんに 気づかれないよう
布団を捲り そーっと ある物を入れて コロネに戻る
何も知らないこの子は どんな反応を見せてくれるだろうかと
その後の展開に 期待を膨らませながら 寝返りをうつ
そんな俺にひっつくようにして ごろごろと寄ってきたいーくんは
布団の違和感に気づき 中を見た途端 目を丸くした
口をぱかりと開いたまま俺を見ては みるみる綻んでいく表情
その様子に 期待通りの反応だと満足げに微笑んだ俺は
大事にしろよ? と言って片目を閉じた

「うんっ だいじにする! パパ ありがとう!」

手にしたクジラごと 飛びついてきた息子を抱きとめた
さすがに 150センチもの巨大なぬいぐるみは買わないが
ミニサイズの40センチのクジラなら とこっそり購入していたのだ
何も買わないとか言っておきながら 結局買ってしまう辺り
俺の意思は弱く 財布の紐も緩いことに鼻で笑う(──でも まぁ)
クジラのぬいぐるみに あれだけ喜んでいる いーくんを見れば
緩くなるのも仕方がないだろうと 完全に開き直り
いーくんを巻き込んで ふっかふかの布団にくるまった





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