観察





生い茂っていた葉も枯れ落ち
淋しくなった市街並木

街行く人々が服を着込む様子は 本格的な冬の始まりを告げていた
一方 昼下がりの喫茶店ポアロでも 季節のデザートメニューが始まり
店内には時折甘い林檎の香りが漂い 来店した客の鼻を擽る
甘いデザートを食べながら 会話に花を咲かせている客とは
打って変わり 些かピリピリとした雰囲気を放ち
会話に棘を含ませている女性がいた


「ごめんねコナン君 スキーに行けなくなっちゃって」

「大丈夫だよ ボク気にしてないから」

「そう? …ほんと 誰かさんが2日酔いじゃなかったらね〜」

「んだよ…その言い方だと俺が悪いみてーじゃねぇか」

そう聞こえるんなら そうなんじゃないの?
少しきつめに言う蘭さんに 忘れ物した方が悪いんだと反論する先生
聞けば コナン君は昨日 阿笠博士や友達と一緒に
スキーへ行く予定だったそう
けれど友達が忘れ物をして 博士達には先に行っててもらい
後から バスで行くつもりだったらしいが間に合わず
頼みの毛利先生は 二日酔いで車が出せないとなり
結局 知り合いの人が車を出してくれたものの その途中で事件に逢い
解決するのに時間が掛かり 行くのを諦めたと言うことだ
…前から思っていたが 本当によく事件に遭遇する少年だ
現在もそうだが コナン君の将来が不安に思える…
それに比べて うちの子はどうだ
事件などと物騒なものとは無縁の 平穏ライフを満喫中だ

今頃 怪獣と戦うスポーツカーごっこでもしているのだろう
今朝 その遊びをするんだと聞かされ 当然の流れで
俺も加えられてしまい どうやら俺は怪獣を操るラスボス設定で
帰宅したら それを演じる任務が与えられているのだ
…これが中々難しく 以前 似たような遊びで
本気で悪役になりきったら 思いのほか怖かったのか
泣かせてしまったことがあった……言い訳をさせてもらうと
その数分前に もっと本気でやれとダメ出しを喰らい
息子の期待に応えるためにした結果 泣かれたというオチだ
…そこまで 怖がらせるつもりはなかったのだが
大切にしているミニカーを踏み潰し 世界中の車を
全て石に変えてやる! の台詞にかなりショックを受けたのか
それを想像した樹は 交通が不便になるとわんわん泣いたのだ
そこで泣くのかと思いながら 宥める際に遊びじゃないかと言えば
遊びでもそんなこと言わないで! と怒られてしまい
ただの遊びでも 樹にとっては真剣なのだと学んだのだった
道理で 敵を攻撃する武器が日用品だったり
技名も地味な日常用語しか 使用しない訳だったんだ
変な所で現実的な樹の 今日の武器は何だろうか
この前が歯磨き粉で それよりも前が砂糖だったから たぶん……


「…塩 かな?」

「へぇー 安室さんもおじさんと同じで 大学生時代貧乏だったの?」

「え?」

…うん? 毛利先生と同じ?
なぜ 塩と呟いただけで 貧乏だったのかと聞かれているんだ俺は

「もう コナン君ったら! … 安室さんも
  撮影に使われているのを 知ってたかもしれないでしょ?」

そんな風に聞かないの
蘭さんに窘められ ごめんなさーいと謝るコナン君を見つめる
…あぁ 思い出した 昨日の事件のアリバイで使用された 塩の事か
俺が回想に耽っている間に そんな内容を話していたな
容疑者が ビールに塩を入れて消えた泡を作ったんだとか
ビールの中の 飽和状態にある二酸化炭素に対して
塩の粒が気化するきっかけとなるとか…まぁ 塩が無ければ
代わりに砂糖などでも泡を作ることかできるから
小学生時代に 理科の実験で色々試した記憶が蘇ってくる


「まぁ正直 羽振りの良いお前が
  貧乏時代を送ってたとは思えないけどな」

「えー そんな事ないですよ? 探偵を始めた頃は
  収入も安定していなかったので 毎日節約の日々でしたから」

「んで 安定したからスポーツカーを乗り回してるって訳か」

「乗り回すだなんて…ちゃんと安全運転で走ってますよ」

「どうだかな」

きっと 車を止めた一件を言ってるのだろう 胡散臭げな
視線を向けてくる毛利先生に苦笑しながら 空いた皿を下げる際に
食後のデザートをお持ちしますねと テーブルを後にした

冷えたパフェグラスとお皿を調理台に並べ
ついでにケーキを取り出す 冷凍庫のアイスが残り僅かなのを確認し
取ってくる事を梓さんに伝えてバックに下がり 通路の奥にある
業務用の冷凍庫の蓋を開けた マスターが食材を買い足したのか
普段よりも 雑に置かれた食材をぱぱっと退けて
底にあったアイスの容器を取り出した 食材は空いた時間に
整理する事にして その時に霜を取り除くとしよう
途中 棚に置かれていた箱を手にしてフロアに戻り デザートを
半分ほど仕上げてくれた梓さんと交代する

「じゃあ あとお願いしますね…あれ? それ何ですか?」

「マスターが知り合いから貰ったお菓子のひとつです ほら この間
  好きに食べていいと仰っていたでしょう? あの量だと
  僕と梓さんだけでは食べきれないだろうし せっかくですから
  毛利先生達のデザートに添えてみようかと……それに
  他のお客様にも食べて頂ければ あっという間に無くなりますしね」

「それ いいですね!
  かなりの量だから 私もどうしようかと悩んでたんです」

期間限定 デザートのおまけサービスを
勝手に始めた僕達に マスターは何て言うだろうか
まぁ…マスターも常連のお客様によくサービスしているのだから
そこまで 問題視されることもないだろう


「お待たせ致しました」

毛利先生はケーキで 蘭さんとコナン君はパフェ
完成したデザートを前に 美味しいそう!と目を輝かせる蘭さん

「あれ? クッキーがあるよ」

一番に気づいたコナン君が 写真ではなかったよね? と尋ねてくる
つい先程 始まったサービスなんだよと話せば 蘭さんが いつも
サービス多いですねと苦笑しながらも クッキーに手をつける辺り
満更でもないのだろう ごゆっくりどうぞと言い残し
テーブルを離れる際 ふと 隣の席へ視線がいき
四人がけのテーブル席に 一人で座る少女と目が合った
すると 持っていたメニューで顔を隠す少女に首を傾げ
不思議に思いながらも カウンター内へ戻る

毛利先生達と話している時には 居なかった筈だから
おそらく バックへ下がってる間にでも来店したのだろう ちょうど
お手洗いから女性が出てきたけれど 確かあの客は別の席にいたはず
店内のお手洗いは 男女兼用でひとつしかない…
となると あの子の保護者は何処へ? 少女のいるテーブルに
ひとつだけしか置かれていないお冷グラスを確認しては
少女を通したであろう人物に 声を潜めて話しかけた


「…梓さん あの女の子は?」

「えっと 実は…安室さんがアイスを取りに行ってる間に
  来店してきた子で…その子 一人で親もいなかったから
  最初は入店を断ろうと思ったんですけど…後から
  お父さんが来るから 先に中で待っててもいい?って
  頬も真っ赤で 寒そうにしていたので その…通しちゃいました」

すみませんと謝る彼女へ 親が来るのなら問題ないですと返す
…できれば 窓際の席で待たせた方がお互い見つけやすいのに
なぜ 奥の席にしたのか聞けば 少女がその席を選んだからだと
ちら と視線をやれば メニューから顔の上半分を覗かせて
こちらを伺っていた


「あの子…安室さんがデザートを作ってる間も
  ずっと ああして見てたんですよ」

「え そうなんですか?」

少し驚いて少女を見る……子供の視線に気づかないとは
喫茶店で働いてる内に 平和ボケして鈍ってるのかもしれない
もう少し緊張感を持つべきか…そんな事をぼんやり考えていると
俺がイケメンだから見てるのでは と耳打ちする梓さん

「女性にモテモテの安室さんですから
  小さい女の子にモテてもおかしくないですよ!
  歩美ちゃんも 会うたびにイケメンさん♪ って言ってますし…
  万が一告白されたとしても 手を出しちゃダメですよ〜?」

犯罪ですからね! なんて ふざけて言うものだから
では犯罪にならない程度に手を出しますと冗談で返せば
捕まればいいのにと笑顔で言い放った彼女の目が
ちっとも笑っていなかったのは 気のせいだと思いたい
グラスへ注かれたオレンジジュースを運ぶのを申し出て
お願いされるという いつもの流れを
彼女が手を止めた事によって 同じく止まってしまう

「…梓さん?」

「あ すみません! お願いします」

一瞬 オーダーを間違えたのかと思ったがその心配もなく
手渡された伝票には オレンジジュースの名称が記されていた
向かう先は少女の所 人好きのする笑みを浮かべて
テーブルにグラスを置けば 直ぐさま下げられた視線に眉が下がる
俯いてるのを見ると 人見知りか又は恥ずかしがり屋か
少女と目線を合わせるように膝を折り 優しく声を掛けた

「こんにちは…お父さんを待ってるんだってね?」

俺の問い掛けにやや遅れて頷いた少女は 照れ笑いを浮かべながら
肩まで伸びた毛先を摘んだ 膝下まである紺色のワンピースは
少女の白い肌と黒髪によく似合っている
親の好みなのか この子のはめている薄手の手袋や
靴も紺色で統一されているので 赤い眼鏡が一際目立つ
よく見れば整った顔をしているが 大きすぎる眼鏡は
正直この子には似合っていない 外は寒かっただろうに
マフラーは持っていなかったのかと 少女の荷物に視線を向けた
奥の椅子に置かれた紙袋には 見慣れた子ども服の
ロゴが印刷されている その服屋は米花ショピングモールにある店で
樹の服も 大体その店で購入しているから親近感を覚えた
恐らく 今着ているワンピースもその店で買った物と見て間違いない
紙袋の大きさからして 結構な量を買ったと思える
俺も近いうちに覗いてみるとするかな

一通り観察を終えて 視線を合わせれば
フレームに囲まれた瞳が 戸惑いがちに伏せられる
そうして再び俯いてしまった少女を 下から覗き込むと
相手も 覗き込まれるとは思っていなかったのだろう
俺の行動に ぴくりと肩を跳ねさせて僅かに目を見開いた

「可愛いね」

レンズ越しからでも
十分に大きいことがわかる蒼い瞳に 思わず本音が漏れた
少女の きゅっ と引き結ばれた口元と
赤く染まった頬を見て笑みが深まる
隣の席にいるコナン君もそうだが 樹と同じ年頃の子は皆可愛い
もちろん 自分の子どもが断トツで可愛いのだけれど
女の子特有の可愛さには 惹かれる物があるのだろうか
まじまじ見つめながら 少し待ってるように言い
カウンター内へある物を取りに行き お皿を少女の目の前へ置いた


「クッキーは好きかな?」

俺とクッキーを 交互に見ていた少女が
こくりと頷いたのを確認し 食べてもいいよと促せば
嬉しそうに綻ぶ少女の笑顔に なんとなく胸が
熱くなったような気がして 思わず胸に手を添えた
(……?)
お金は要らないし 後でお父さんにも言っておくから
けれど その言葉はある仕草を目にした事で発されず
喉につっかえたまま 少女を凝視する
すると お菓子に伸びていた手が止まり テーブルの下へ
隠されたのを 屈んでからそっと握れば
ギクリと身体を強張らせた少女を じっ と見つめた


「手袋は外さないのか? まぁ…外せるわけないよな……」

蒼い瞳が逸らされないのをいいことに 手を頬へ近づける

気づけなかったのは…普段から その視線に慣れていたから
小さな顔に不釣り合いな程大きい眼鏡は 少しでも誤魔化すため
思わず覗き込んでしまったのは その瞳があの子によく似ていたから
胸が熱くなったのは その笑顔が好きだから──それから

食べたい物を目にして口を動かすのは 赤ん坊の頃からの癖なんだ


人差し指の腹を 頬へ滑らせれば 指に付着するパウダーと
本来の肌の色が薄っすら現れたことで それは確信に変わった

「…そうだろ? 樹 」

呼び慣れた名を口にすれば
くすりと微笑み バレちゃった…と呟く我が子の頬を撫でる
なぜ ここにいるんだとか その格好はどうしたとか
聞きたい事は山程あるが それよりも重要なことに気づいた俺は
樹の両肩を掴んで ずいっと顔を近づけた

「ちょっと待て 樹… この顔はどうしたんだ?」


きょとんとしている樹に 指に付いたパウダーを見せると
あぁ と言ってからにっこり笑った

「これはね ふぁんでーしょんって言って「違う そうじゃなくて
  どうして そんなものを付けてるのかを聞いてるんだ
  あぁっ…こんなに塗りたくって! 首にまで塗ってるのか!?
  肌が荒れたらどうするんだ…こらっ 擦るんじゃない
  ダメだ取れるよじゃない 手は膝に置く わかった?
  よーし いい子だ …ジュース? あぁ うん 飲んでいいよ」

クッキーもどうぞと食べさせて 指を擦り合わせる
ウィッグを外して どこまで塗られているのか確認し
耳は塗られていなかった事にホッとしながら樹の隣へ腰掛けた
スマホのマップアプリを開いて 近くの薬局を検索すると
徒歩10分圏内で 三軒見つかった
一刻も早く化粧を落とさないと 肌に悪影響だ
(くっ……俺の樹のきめ細やかな肌が!)
しかし洗顔料を買うとしても 一体どれを選べばいいのやら
弱酸性と弱アルカリ性 どちらがいいのかあまり知らないし
子ども用の洗顔料があるかも調べないと…パッチテストは
万が一の事も考えて やはりしておくべきか
かぶれたりしたら大変だ…しかし 薬局まで行く時間と
パッチテストを合わせると結構時間が掛かる それにもし
樹の肌に合わなかった場合を考えると樹には可哀想だし
時間の無駄だ…それなら洗顔料は使わず お湯で落とそうか
いや…でもファンデは お湯だけでは中々落ちにくいだろうし
少しでも肌に残るのは 大変宜しくないことだ…
俺が今 こうして悩んでいる間にも 樹の肌は
化学物質成分に侵されているというのに 何を迷う必要がある
全速力で走れば 薬局も往復10分で行けるんじゃないか?
…無理か? いやいや 樹の肌を守る為なら 行ける筈だ!
(よし 頑張れ俺!)
いざ行かんと立ち上がり エプロンを脱いで高速で畳み椅子に置いた
尻ポケットに財布があるのを確認し
梓さんへ少し外します! と伝えようとした所で 腕を強く掴まれる
この緊急事態になんだと振り向けば 現れた物に目を見張った

「毛利先生…これは……」

「蘭が使ってる洗顔料だ 落とせたらなんでもいいんだろ?」

ほらよと ぶっきらぼうに手渡された洗顔料のパッケージには
無添加 洗顔石鹸の表示が記されている
俺が悩んでいる間に 態々取りに行ってくれたらしい
しかも ヘアバンドやタオルと化粧水まで用意してくれただなんて
思わぬ所で 天の助けがあったことに感激し 貸してくれた蘭さんへ
十分にお礼を伝え 洗顔ボトルの使用説明欄に目を通した


「では…まず パッチテストを」

「マジメかお前は」

さっさと落としてこいと 毛利先生に手で追いやられた俺は
樹を連れて バックルームへ向かった


    ◇ ◇ ◇


「お名前は なんて言うの?」

「安室 樹です」

「歳はいくつ?」

「んーと…6才!」

「ってことは コナン君と一緒ね! 学校はどこに通ってるの?」

「江古田小学校だよ」

「へぇ〜 …あっ! ねぇねぇ 安室さんのことは
  なんて読んでるの? お父さん? それともパパかな?」

「パパ」

「「パパだって 可愛い〜!!」」

化粧を落とし さっぱりした樹は 女性陣から
さながら転入生の如く 矢継ぎ早に繰り出される質問に
たじたじになりながらも しっかり受け応えをしていた

「でも 驚きました! 安室さんにお子さんがいるだなんて…」

年齢的に考えたら いてもおかしくないですもんねと話す梓さんに
意外でしたか? と聞けば 即答でYESの返事をされて苦笑する
彼女曰く 俺は学生にしか見えないんだとか…
ポアロでのバイト初日には タメ口だったことから
そう思われていても 仕方がないのかもしれない
この際 年相応に見られたいと思うのは諦めるしかないのか…


「まぁ…お前童顔だしな! それより今度 嫁さん連れて来いよ
  この俺が解いた事件の数々を 是非聞かせてやりたいってもんだ」

さらっと 俺が気にしている童顔発言をしたかと思えば
顔の整っているお前のことだから 奥さんも美人なんだろ?
と 肘でつついてくる毛利先生に 妻は樹を産んで
すぐに亡くなったのだと教えると バツの悪そうな表情で頭を掻いた

「……悪い」

「いえ 気になさらないでください…何年も前のことなので
  あぁ それと僕の妻は地味だったので 美人とは程遠いですよ?」

肩を竦めてみせた俺に んなこと言って枕元に立たれても
知らねぇからな! と笑う毛利先生につられて笑みが零れた
樹が気になり見てみると 相変わらず質問攻めの中
さらさらの髪を触られ 頬を撫でられたりと擽ったそうにしては
恥ずかしいのか 目を泳がせて耳も赤くなっていた

「樹ちゃん 安室さんにそっくりですね〜 髪は伸ばさないんですか?
  ポニテとか編み込みしたら ぜーったい似合いますよ!」

「いや…その……」

ワンピースのまま着替えていなかったからか 女の子だと
勘違いしている彼女たちへ 樹は男の子ですと話せば
毛利先生やコナン君も含めて 驚きの声を上げた


「男の子だったんですか!? え…じゃあ どうして
  ワンピースなんか着て…はっ! やっぱり安室さんって」

「しーっ ダメよ蘭ちゃん!」

「…僕が なんですか?」

何かとんでもない事を口走ろうとした蘭さんに尋ねてみるが
二人揃って思い切り首を振られては 何かあるとしか思えない
そんな二人を他所に 自分は一切関係ない感じを装って
一歩二歩と離れた毛利先生へ詰め寄れば あっさり口を割った



「なるほど…では皆さんは 僕をロリコンだと思っていたんですか」

頬が引き攣るのを抑えられないでいる俺へ 三人が苦笑いで
謝罪してくる もちろん謝ってきた相手に怒鳴ったりなど大人気ない
対応はしない俺は 大きな溜息と共に寛容に許してやったさ

「…それで どうして僕はロリコンだと思われていたんです?
  事の発端は何ですか? 一体誰が言ったんです?」

そう 一体誰が言い始めたのか それも重要だし
尚且つ いつ頃から広まったのかも知りたい所だ するとコナン君が
ヒヨコだったかニワトリのお弁当を持ってきた日からだと親切にも
教えてくれて 随分長いこと勘違いされていた事に眉を顰める
何故そんな風に思ったのか
事の経緯を説明してもらいたいと 主犯の毛利先生に伺い
一から十まで耳にした俺は 開いた口が塞がらなかった

なんでも 彼女じゃないと否定していたのが怪しく見えたそうで
未成年なのではと 毛利先生が疑っていたらしい
その後の お弁当のべた褒めから 写真を撮ったりなどと
付き合いは浅いが 普段の俺からはあまり想像できなかった結果
それを推理して ロリコンに辿り着いたと言う事か
実際作ったのは未成年だから その推理は半分当たってはいる
だからってロリコンはない 幼女趣味とか絶対ない
元を辿れば その場で話してなかったのが原因なわけで
樹の脇に手を入れて持ち上げ
お弁当を作ったのはこの子だと 高らかに告白した

「ねぇ パパ」

「ん?」

「ろりこんって なーに?」

「………」

黙り込めば再度 ろりこんって何なの? と質問してくる息子へ
ローラー付きのリモコンだと苦し紛れに答えたら周りの視線が痛い
しかしだな ローラー付きのリモコンだって省略したら
ロリコンとも呼べるのだから なんら間違っていない筈だ
リモコン自体が略語だとか この際はっきり言ってどうでもいい
とにかくこれで ようやく誤解は解けたのだから
俺が 影で幼女趣味と囁かれる事はないだろう


「そんじゃ あれだろ…ショタコンって奴だろ?」

「…毛利先生?」

冗談を飛ばす先生に 思わずジト目で睨めば蘭さん達がくすくす笑う
すると 今度はしょたこんって何? と質問してきた息子へ これまた
苦し紛れに ショーウィンドウに飾られたリモコンだと答えた


「そういえばさ 樹くんはどうしてポアロに来たの?」

「学校の宿題で お仕事観察しに来たんだー」

ごそごそと紙袋から取り出したプリントを コナン君に見せた
そこには『家庭内での お仕事観察』であることが記されており
自分が勘違いしている事に 全く気付いていない樹は
目的を達成できた喜びで 上機嫌に笑っている
他にも 衣類や靴 それから背負っていたと思われるリュックが
紙袋に入っているのを確認したコナン君は 変装の事を切り出し
いつ変装をしたのか 誰にしてもらったのかと
聞くと言うよりは 聞き出そうとしている様子にも見て取れ
不思議に思いながら この話しの流れで俺が聞かないのも変なので
コナン君に合わせて 話しを聞いていった

自然に仕上がる程の
高度なメイク技術を目の当たりにした瞬間 浮かび上がった人物に
思わず舌を打ちしそうになったのは記憶に新しい…こんな事が
できるのは彼女しかいないが頭の隅で 彼女ではないかもしれない
もしくはそうであって欲しいと願い その可能性に縋る自分がいた
しかし 樹の話しを聞いていく内に その可能性は薄れていき
やはり あの女だったかと 深い溜息が漏れそうになる

「じゃあ 変装させてくれたのは女性だったんだ?」

「うん そうだよ」

「その人の特徴とか覚えてる? 例えば…髪の色とか」

「うーん……綺麗な人だった!」

「そっか…他には?」

やはり 何か聞き出そうとしている少年に
知っている人物なのかと問えば わざとらしい笑みを繕い
慌てた様子で もしかしたら怪盗キッドじゃないかと思って…
と答えたのを横から キッドは男性でしょ? と蘭さんに口を挟まれる

「で でもさ…キッドは女の人にも変装できるでしょ?
  蘭姉ちゃんだって 何回も変装されたことあるから
  キッドの可能性も なくはないよね?」

「確かにそうね…でも どうしてキッドは
  変装したまま 街を出歩いてるんだろ? 」

「そりゃあ お前…次の現場の偵察か もしくは女装が趣味なんだろ」

「「えぇ〜!」」

……何故こうも 毛利先生は男を変な趣味と繋げたがるのか
俺の場合も こんな風に言われていたのかと思いげんなりする
一方 怪盗キッド女装趣味説で騒めく中(偵察はどうした…)
キッドを知らなくて 置いてけぼりを食らっている樹に有名な
泥棒だって事を簡単に説明したが あまり興味を示さないのを見て
お前が出会ったのは 恐ろしい魔女なんだと真実を教えたくなった
まぁ 上手く話題が逸れてくれたお陰で 変装の件は
キッドの気まぐれだろうって事で 騒々しく終わり
随分と長い間 仕事をほったらかしていた僕と梓さんは
マスターにバレたらあとが怖いと 急いで仕事へ戻った
上がり時間まで まだ1時間弱もあることから それまで
樹にはバックルームで待っていてもらうか悩んでいると
このまま お仕事観察をしていたいと言われ
静かにしているならと了承し そのまま営業を続けるが
こうも じっくり観察されていると緊張して少々やりづらい
俺の仕事の様子はどう思うのかと 樹へされる質問に
聞き耳を立てれば 息子の口から可愛いとの台詞が飛び出し
期待していた言葉ではなかったことに ガクリと項垂れた


    ーーーーー


「それじゃあ樹くん またいつでも遊びに来てね」

「うん! 次はパパとご飯食べに来るー」

勝手に取り付けられた約束に ちょっと待てと突っ込みたくなったが
大きいパフェを俺と半分こするんだと 楽しみにしている樹を前に
断れる筈もなく 次の休みにはポアロに客として来ることになった
駐車場まで少し歩くよと言い 繋いだ手を軽く振る


「…ぼくのシートがない」

助手席に自分のジュニアシートがなくて膨れっ面の樹へ すぐに
取り付けるからと 後部座席に寝かせていたシートを引っ張り出す
樹と帰ることになるとは 思っていなかったから
外したままだったのを すっかり忘れていた
取り付けている間 運転席に座っててもいーよと言えば
喜んで座り 運転の真似をして遊ぶ樹に
車のヘッドライトを開けてと スイッチを操作してもらい
開けて 閉めて…また開けてと繰り返させる
樹の背丈だと ヘッドライトが瞬きしているのは
見えていないだろうけど 運転席に座れて 尚且つ
操作できるのは余程楽しいのだろう シュウィン シュウィンと
開閉音を聴くだけで ここまで満面の笑みを浮かべるだなんて
(やっぱり愛されてるなぁ…羨ましいぞFDめ)
シートの取り付けが完了し また降りるのも面倒だろうと
樹を移動させるのに 助手席側から抱き上げたが
シフトレバーや他の箇所へ ぶつけないよう手間取ったので
普通に降りた方が まだマシだったかもしれない
そこは この子も同じ考えだったと目で訴えられて
ちょっとかっこ悪い所を 見られてしまった恥ずかしさから
それを誤魔化すように頬へ口付けると お互いに歯を見せて笑った


「……樹 少し待っててくれるか?」

「うん…いいよ?」

突然のことに きょとんとしてるものの了承してくれた樹に
すぐ済むからと ジュニアシートのベルトを締め 車をロックする
足早に道路を横断して すぐそこの路地へと入り
仄暗い路地を進んで行くと 奥に佇む人影を見つけ足を止めた


「…随分と 面白いことをしてくれましたね?」

ふわり──風で靡いているのは 美しいプラチナブロンドの髪
振り向いた女は怪しく微笑み 紅い唇がゆっくりと開いた

「あら……その割には 面白くないって顔してるわよ?」

「まぁ 本音を言うとそうです」

「あの子 貴方にそっくり過ぎて
  一瞬小さくなったのかと疑ったわよ」

「それはもちろん 僕の子どもですからね 似てて当然ですよ
  にしても小さくなるとは…面白い冗談ですね」

「……そうね」

僕の言葉に気を悪くした訳ではなさそうだが 腕を組んで
どこか素っ気ない態度に違和感を覚える…しかし それよりも
樹の存在をベルモットに知られてしまったのは非常に厄介だ
俺が彼女の秘密を知っているのは 本人にとって面白くないだろう
何かしら樹に接触しては 此方の動きを牽制してくる恐れがある
お互いに弱味を握っている今の状況で
樹に手を出されるのではと危惧している事を彼女はわかっているのだ
相変わらず弧を描く唇に焦りを感じつつ 相手の出方を伺う
組んでいた腕を解いた彼女は 片方の手をひらりと動かした

「安心なさい 組織に言い触らしたりしないから
  あの子へ…また遊びましょうって伝えてくれる?」

「えぇ しっかり伝えておきます」

ふざけるな魔女め…誰が伝えてやるものか
遠ざかるベルモットへ 二度と俺の樹に近付くなと
口の先まで出かかった言葉を飲み込み 大人しく踵を返せば
もうひとつ忘れてたと話す彼女に まだ 何かあるのかと振り返る

「あの子に着せたのとは別に 何着か買い過ぎたのよ
  聞けば 貴方 そういう趣味らしいから…ねぇ?
  可愛い服が 無駄にならずに済んでよかったわ」

それじゃあねと優雅に手を振り 去っていく彼女に
身体をワナワナ震わせながら 僕はロリコンじゃない!! と叫んだ


かつかつと靴を鳴らしながら 樹が待つ駐車場へ戻り
紙袋を漁れば 女の子用の服に紛れた盗聴器を発見した
ポアロでの会話を ベルモットに聴かれていたのかと
羞恥心と同様 怒りまで込み上げてきた俺は
盗聴器をぐしゃりと握り潰し 窓の外へ投げ捨てた
(この服も 全部棄ててやる!)
その一連の動作を見ていた樹に ポイ捨ては良くないと咎められ
面白くない俺は適当に虫だと言い繕い 車を発進させようと
エンジンを掛けた瞬間 樹の思わぬ発言に目を見張る

「……何だって?」

「だから 変装させてくれたお姉さんとパパは友達なんでしょ」

お姉さんから聞いたよとの台詞に
ハンドルを握る手が ギリギリと力を込められていく
(あの女…余計な事を)
ここで否定するのは簡単だが 次にベルモットと接触した場合
この子はきっと 否定していた事を彼女に話してしまうだろう
そうなれば 後々面倒なのは目に見えているので
樹の言った通り 友達みたいなものだと話しておいた
すると 何だか落ち着きがなくなり そわそわし出した息子へ
どうしたのかと思いきや 内緒話しをするかのように
片手を口元に添えながら 身を乗り出して来た樹へ耳を寄せる

「さっき車を降りたのも お姉さんに会いに行ってたんだよね」

弾んだ小声で囁かれた内容に ぎょっと身を引くと
俺の反応を肯定とみなして してやったりと微笑む樹
変な所で勘が鋭い息子に 誤魔化しは効かないと踏んで白状すれば
やっぱりそうだと 当たったことに喜んでいるので
どうして わかったのか理由を聞けば 秘密との一点張りで
何も教えてくれない樹に もやもやしながら車を発進させた


走行する車内で 上機嫌に鼻歌を歌う樹を他所に
さっきのことが気になっている俺は終始 頭をもやもやさせていた
何故わかったのか どこで気づいたのか
駐車場では 樹から見えない状況だったことから
紙袋を漁っている時に わかったのだろうかと考える
しかし その場合だと樹の性格上すぐに言うはずだから これも違う
ああでもない こうでもないと考えていると 横から口を挟まれる

「パパ 考えてる?」

「あぁ ものすごーく考えてる」

教えてくれないか? とダメ元で頼めば
あっさりと 答えを教えてくれた樹に最初から言えよと思ってしまう


「…匂い?」

「うん! パパからお姉さんの匂いがしたんだ」

だから わかったんだよ
無邪気に話す樹に 彼女の香水かと頷いた次の瞬間
背筋がぞわっと震えて ほんの一瞬 身体が硬直した

路地裏でベルモットに会い 話していたと言っても
さして 近くで話していたわけでもなく距離も離れていた
彼女の香りが俺に移るとしたら それは彼女の後を追った際
空気中に漂っていた香りが付着しただけの 微々たるものでしかない
その僅かな匂いで こうして気づいているのだから
ベルモットが座っていたシートの匂いに 気づかない筈がない
この間も 俺の匂いをどうのこうのって話していたし
その時はデートのことで頭が一杯で 何も考えていなかったが
樹はその以前からずっと 第三者の匂いに気づいていたんだ
自分の特等席である助手席へ 他の誰かを乗せていた事実に
俺が普段 ジュニアシートを取り外しているのを樹は知らない
けれど 今日
その香りを漂わせた人間と出会った挙句 シートが外されているのを
ばっちり目撃したのだから 結びつけたに決まっている
初対面である筈の 彼女の匂いがわかったのも
車内の匂いを覚えていたからだと知り 冷や汗が流れる
答えを聞いてから 顔を左へ向けることができないに加え
鼻歌も聞こえないことから 樹の様子がまったく判らない

…どうする俺? どうしたらいいんだ… 謝るか?
車をとことん愛している彼に 謝るだけで許してもらえるのだろうか
乾いた唇をひと舐めし 息子の名を呼んだのと同時に
横から大きな声が発せられた驚きで 体がびくりと跳ねた

「汲みたての海水の味はどうだー!」

意味不明な発言を耳にし 思考が追いつかないでいる俺に構わず
喰らえ!塩ランチャー!! と指で作ったL字を向けてくる樹に
いつもの遊びが始まったのだと気づき それは鉄砲だろと突っ込む
普段の様子となんら変わりのない樹を見て
全部自分の考え過ぎだったのかと 束の間の恐怖が終わり 力が抜けた
誰にするでもないが 感謝の気持ちで泣きそうだ
遊びである空想の塩水でさえ しょっぱく感じる

「うわぁ 目に染みるー」

「パパ嘘っぽい…ちゃんとして!
  目に染みるんなら つむらないとダメだよ」

「えぇー 」

またもや 演技のダメ出しを喰らい 目を閉じるなんて
運転中だからできないと 尤もな理由を言えば
パパならできる! とドヤ顔で断言した息子に
そういや 怪獣はどうしたんだと逸らした

「そんなのとっくに倒したよ! 今はボス戦なの」

張り切っている樹には申し訳ないが 深く考え過ぎて
疲れ果ててしまったボスの俺は 最後の手段である筈の自爆を使い
その直後 怒りの鉄拳を数発食らうのだった






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