気持ち 〜お家にて〜




(前編での樹くん視点)


「ない…ない……どこにもないぞ……
  樹 俺の靴をどこに隠したんだっ」

「えっとね…あっ おさんぽに行くって言ってた!」

「靴は喋らないし 勝手に出歩かない!!
  あぁ…もうっ! 本当にどこやったんだよ〜」

部屋をバタバタ走って 靴を探し回るパパは
困っていて ちょっと怒っているようにも見える
その様子がとっても面白くて くすくす笑っていると
本当に怒るぞってパパが言いうのを ぼくは知らんぷりして
ソファに座った もしかしたら ここにあるんじゃないかって
パパが床に膝と手をついて ソファの下を覗く姿が
はいはいの格好に似ていて チャンスだと思ったぼくは
その背中に飛び乗った

「うっ……樹 退きなさい」

「やだ ぼくのお馬さんだもーん」

首に腕を回して ひっついた
体を起こしたパパが ぼくの腕をほどこうとするのを
めいっぱい力を入れて 離さないようにした そうしたら
パパが閉まるって何回も言うけれど 何が閉まるんだろう…?
力を入れ続けるのに疲れて腕を緩めたら パパが大きく息を吐いて
前に倒れた やったね! お馬さんをしてくれたことに喜んでいると
遊んでいる場合じゃないんだってパパが言う もちろん
そんなことはわかってるけど ぼくはパパと遊びたいんだ
よいしょと 座り直して大きな背中を叩く

「パパ馬 走れー!」

「走りません」

おかしいなぁ 今日のパパ馬はご機嫌ななめみたい
にんじんをあげたら 走ってくれるのかな?

「パパ馬さん にんじん食べる?」

「…人参じゃなくて 靴が欲しいな」

食べ物より履物が欲しいだなんて 変なお馬さんだこと
しょうがないから 靴の場所まで案内してあげよう
お尻でドスンってしたら やっと動いたパパ馬さんに
脱衣所の方へ進んでもらい 扉を開けるのに背中から降りた
お風呂場の浴槽の中にあった靴を見て パパが悔しそうにしてる

「はぁ〜…こんな所に隠していたとは…」

すごいでしょ きれいに並べたんだよ
急いで靴を履いているパパに
残りの靴を 元の場所に戻すようにって叱られた
人差し指を立てて ちゃんとしろよって言うのが面白くて
けらけら笑っていたら 片手で両頬をむにって掴まれる
悪い子だなってパパが笑うから ぼくもまた笑っちゃうんだ

「ひっへはっはい!」

「ふふっ いってきます」

最後にもう一度
むにむにしてきたパパに手を振ると パパも振り返してくれた
玄関の鍵を閉めて 隠していた靴を元の場所に戻して気づいた
パパの足って大きい ぼくの足はまだこんなに小さいのに
自分の靴の裏とパパの靴裏を合わせっこする やっぱり大きいな
誰も見てないから こっそりパパの靴を履いちゃった
思っていたとおり パパの靴はぶかぶかで とっても重い
毎日こんなに重い靴を履いてるなんて パパってすごいなぁ
足踏みするとカパカパ鳴って お馬さんの足音みたいだった


ーーーーー


「ふふん ふんふんふーん…でーきた!」

この間パパに買ってもらった スポーツカーの雑誌
それに載ってる ランボルギーニを描いてオレンジ色に塗ったんだ
写真と比べたら ぼくの絵はちょこっと変だけど
パパは上手だねって いつも褒めてくれる
描いた絵をあげると喜んでくれるから プレゼントするんだ
チラッと時計を見れば おやつの時間まであと少し それまでは
なにして時間をつぶそうかな お絵描き道具を片付けて部屋を
ウロウロしていると 今朝の追いかけっこを思い出してクスクス笑う
お仕事に行く時でも遊んでくれる 優しいパパはかっこよくて
ぼくの自慢のパパなんだ だけど かっこいいパパが困る姿は
見てて面白いから 今日みたいなイタズラを ぼくはときどきしちゃう
今度はなにを隠そうか…部屋をぐるーっと見渡す


「そうだ! 調味料にしよっ」

キッチンの戸棚や引き出しを開けて 調味料を床に出していく
サラダ油を触るとパパが怒るから そのままにしておいて
他の調味料たちの隠し場所は どこに決めようかな
同じ場所だと面白くないし クローゼットや押入れもつまんない
んー……よし ベッドの下に寝かせてあげよう
おしょーゆとみりんを両手に抱えて 寝室に行き
何往復もして調味料を運び 全部ベッドの下に隠した
きれいに並んでるのを眺めて 満足したぼくは
ベッドの下へ潜り込んだ 狭い所ってなんだか落ち着くの
寝転ぶと そばの小麦粉が気になって 袋に書いてある文字を読んだ

「天ぷら おかし…おすき……おみ焼き? あっ おやつ!」

隠すのに夢中になって おやつのことをすっかり忘れてた
ベッドの下から這い出て 駆け足でキッチンへ行くと 踏み台に乗り
戸棚の中を探したら 透明の袋に入ったクッキーを見つけた
それを持って ソファにぼふんと音を立てて座る
一人で食べると 部屋が静かで寂しいから テレビを付けた
チョコチップ入りのクッキーは サクサクしてとっても美味しい
パパにも残してあげようか迷ったけど やっぱり全部食べちゃえ

そうして のんびりテレビを観ながらおやつを食べていると
玄関から物音がして ドタドタと足音を立てたパパが現れた
あれ? まだ帰ってくる時間じゃない筈なのに どうしたんだろう
おかえりなさいって言うのも忘れて 隣に座ったパパに
今思ったことを そのまま聞いたらパパがにこにこ笑う

「あぁ…実は お店の方が暇だったからね
  早上がりさせてもらえたんだよ」

「ふぅん」

隠してる最中にパパが帰ってこなくてよかった バレずに済んだ
ことに少しドキドキしながら 安心したぼくは こっそり笑った
そういえば おかえりなさいの他にも 言うことがあったような
気がしたんだけど……なんだっけ?


「…樹に早く会いたくて 急いで帰ってきたんだ」

跳ねた前髪を撫でつけながら話すパパ それを見てると
また何か言いたくなったけど やっぱり思い出せない
それよりも パパの困る姿が見れるかもしれないことを考えたら
なんだかそわそわしちゃって 手に取ったおやつを一口かじる
嬉しそうなパパの様子に ぼくも嬉しくなって にっこり笑った


「ぼくも会いたかったから 嬉しい!」



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