いつだって







「パパ おでかけするの?」

鼻歌交じりで身支度を整えている俺に樹が尋ねてくる
にこやかな笑顔で これからデートに行く旨を伝えた
もちろん 意中の女性がいる訳でもないし この先
そんな相手も現れないだろう…というよりも作らない
デートの相手は 目の前にいる可愛い可愛い 息子のことだ
本人にはその事を話していないので 相手が誰かも知らない
普段から何かと嫉妬している俺だが(勝手に妬いてるだけ)
このモヤモヤする気持ちを樹にも味あわせてやろうと
今日は 少し揶揄うつもりで言ってみたのだ
いつも 俺を振り回してばかりのこの子は
一体 どんな反応を見せてくれるのだろうか……


「いってらっしゃい!」

「……待て待て待て おかしいだろ」

俺が想像していた表情とは正反対の
花が咲くような笑顔で返された言葉に ツッコミを入れ
側を離れようとした息子の肩を そっと掴んで振り向かせる
俺の行動に きょとんとした表情で見上げる樹と目線を合わせた

「…パパがデートに行く事に対して
  樹くんは 何とも思わないのかな?」

「うん デートに行くんでしょ?」

だから何? とでも言う様な態度に 少なからずショックを受ける
俺がそこらの人間とデートをしても 樹にはどうでもいいらしい
もっとこう…拗ねるとか…やきもち妬くとか あるだろ?
必死に問いかける俺を見ては ぽかんとしている樹
そんな態度に 樹の俺に対する気持ちはそんなものなのかと
がっくり項垂れて シクシクと泣き真似をする

「パパ 悲しい……」

「うーん…でも ぼく
  デートの場所とか知らないから わからないよ」

「………ん?」


微妙に 噛み合っていない会話に気づいて 泣き真似をやめる
(もしかして あれか……)
この子 デートの意味が わかってないんじゃないか?
だとすれば 樹の態度にも納得がいく

「あれ? デート行ったことなかった?」

「うん 初めて聞いたよ」

「そうだったか…ごめん パパの勘違いだった」


ふむ……毛利探偵に弟子入りしてからというもの
樹と同い年の子どもとも 話す機会が増えていき
コナン君といい 少年探偵団の子達といい
あの子達の頭の良さには 驚かされるものがあった
子どものくせに変な知識も豊富で やたらと事件に顔遭遇するし
大人の恋愛にも 口を挟む様な子ども達だから
今時の小学一年生は こんなにもマセているのかと思い
樹もそんな感じなのかと 勝手に決めつけて会話をしていた

そうか…俺の子は デートの意味を知らない子だったのか
きっと あの子達が特殊なのだろう…そうに違いない
ぽふぽふと 小さい頭を軽く叩き まだまだ純粋な息子に安心する
よーし この際だから デートの事も教えておこう

「あ 間違えた!
  デートってのは場所じゃないんだった」

「そうなの?」

俺の態とらしい態度には 気付かない子にうんうんと頷く

「1番に好きな人と
  出掛けるのを デートって言うんだよ」

「そっか!
  じゃあパパは 好きな人とおでかけするんだねっ」

「そういうこと」


これだけ言えば 鈍感な樹もわかるだろう……
間を置いて やっと意味を理解したのか 眉間に皺が寄り
少し低くなった声で 誰と行くのか問われる……おぉ…
(そんな声も出せるんだな…)
意地悪にも 誰だと思う? と聞き返せば困惑したのか
目を彷徨わせて俯いた樹が 人差し指の先を合わしながら
ぼそりと呟いた


「……ぼくだと いいのになぁ」

樹の発言を ばっちり耳に拾った俺は 思い切り顔を逸らした
震える口元を手で覆い隠し むず痒い気持ちで胸が熱くなる
ふーっと 静かに息を吐いて 平常心を装い
眉を下げて しょぼくれてる樹を下から覗き込んだ

「パパの1番好きな人 誰だと思う?」

「……知らないもんっ」

拗ねた口調で言い そっぽを向いて頬を膨らませた
当初の思惑通りの展開に 頭の中でガッツポーズを繰り出す
(これだ…俺が見たかったのは この反応だったんだっ)
普段からあれほど 好き好き言っているというのに
目の前の子供は 自分だと思っていないのだから不思議だ
柔らかい手を握り 好きな人は目の前にいるんだと教えてやれば
なぜか ばっと後ろを振り返る………お前のことだよ
まぁ 馬鹿な子ほど可愛いって言うからな
誰もいないじゃないかと 顰めっ面で睨んでくるお馬鹿な子に
俺は 自分の目元に指先でトントンと触れ その次に樹を指す
それを二度ほど繰り返すと 漸く気づいた樹は
握られた手を振りほどき 俺の肩をぺしりと叩いてきた

「もう! パパのいじわるっ」

「いてっ」

これっぽっちも痛くないが 何となく声に出してみる
叩いた本人は 嘘つけと言わんばかりに俺を睨み
ぷくっと頬を膨らませ 怒った態度を示しているが
頬の赤みで 照れ隠しだとバレバレだ

「意地悪なんてしてないさ
  樹が勝手に勘違いしただけだろ?」

立ち上がって肩を竦ませると またそっぽを向かれたが
先程とは違い 微笑を浮かべている


「…ってことは
  ぼくとおでかけするんだ?……どこに行くの?」

「さぁ?
  どこに行くかは 樹が決めるからね」

どうしてぼくが? そう言って見上げる樹の髪をさらりと撫で
ポケットに手を突っ込む


「好きな所に連れてってやるって 言っただろ」

もう忘れたのか? チャリンと音を鳴らし
数週間前まで見慣れていた物を 樹の目の前に掲げる
一瞬 それが何なのかわからず 目をしぱしぱ瞬かせたが
すぐさま歓喜の表情に変わり 声にならない叫び声を上げた
嘘じゃないかと詰め寄ってくるので 掲げていた物を渡す
手触りを確認しながら まじまじと眺め 本物だとわかると
やったー!!と声を上げて 何度も飛び跳ねる息子に
支度してきなと言えば 飛び切りの笑顔で頷いた


******


「ぼくのFDー!!」

視界に入るや否や 久し振りの愛車に駆け寄る息子
(…いつから お前の物になったんだ)
車の周りを駆け回って きゃあきゃあ喜ぶ姿に
RX-7が相当愛されているのが ひしひしと伝わってくる
その様子を目にして 俺はそんな風に喜ばれたことないぞとか
俺も車になりたいとか 変な方向に考えがいった所で頭を振る
……馬鹿か俺は…
ホイールや マフラーをじっくり眺めている子を手招きし
助手席のドアを開けてやれば 素直に乗り込もうとしたが
座席に設置された物を目にした途端 取り外しにかかった

「あ! こらっ ダメだろ」

「だって これ いやだもん!」

そう樹が嫌がっている物は ジュニアシート
後ろギリギリまで座席を動かして 背もたれがあるタイプのを
設置しており 樹には普段からそれに座らせていたのだが
時々 直接座席に座りたいと文句を飛ばしてくることがある
(今日は その時々ってことだ)
ジュニアシートを外すのに 躍起になる子を抱き上げて
無理やり座らせれば 嫌々と頭を振り駄々を捏ね始める

「ほら 駄々捏ねない…これがないと
  お巡りさんに指導を受けるの知ってるだろ?
  樹の身長じゃシートベルトが首に当たって
  危ないんだし…最近の交通ルールは厳しいんだから」

樹の小さい見た目だと 未就学児に間違われる事も多く
違反切符を切られそうになったことも 何度かあった
まぁ チャイルドシートの時も助手席に設置していたから
仕方ないとは言え その都度 言いくるめるのは骨が折れたものだ
俺自身 安全運転してるつもりなんだけどな……
事件とかで 車を使用すると何故か傷とか凹みとかが出来てしまい
今じゃ免許もブルーで ゴールドだった頃が懐かしい


「違反なら パパが揉めばいいんだよ」

「揉む? …あぁ
  揉み消すってことか パパはそんなこと出来ないよ」

さらりと 違反すればいいんだと言ってのけるので
此方もさらりと言い返す……うーん 恐ろしい子だ
相変わらず 駄々を捏ね続ける樹を無視してドアを閉める
運転席に乗り込んだ俺に 何か言ってくるが
聞こえない振りをしてエンジンをかけると あら不思議
先程の態度とは一変して 大人しくなった息子に目を向ける

(あぁ…ほら そういう顔するんだ)

約2週間振りのエンジン音に 目を細めてご満悦な様子の樹
エンジンを吹かすと 上機嫌にくふくふ笑うもんだから
その可愛さに堪らなくなって 小さい頭を乱暴に撫でる
乱れた髪を簡単に整えて ハンドルを10時10分に握り
本日のドライブデートはどこへ行こうかと尋ねれば
迷わずに 海! と即答する息子
今の時期だと 季節外れにも思えるチョイスに首を傾げる

「泳げないけど いいのか?」

「うん いいの!」

しゅっぱ〜つ! と叫ぶ樹を合図にアクセルを踏む
握り慣れたハンドルに気分も良く 指でリズムを刻む
やはり スポーツカーの中古車ってこともあって
多少手を加えられていたり 改造されているものが数多く
自分の愛車と同じ状態の物が 中々見つからなかった
その中でも 1番状態が良いと思われる物を選び ホイールの色形
マフラーの大きさや エンジン音etc…
廃車になったのと出来る限り同じようにしてくれと
業者の人に頭を下げて頼み込んだ…特に拘ったのがエンジンで
車が関係すると びっくりするくらい耳が良くなる樹は
エンジン音だけで 誰の車か当てられる程の聴力の持ち主だ
…車種を当てないと意味がないって? 誰が決めたんだそんな事
樹の凄さを決めるのは俺だけだ 馬鹿にするなよ
しかし 車に関係ない音では 全く持って使えなく
小声で車の特集記事や 新車が出たことを囁くと飛びついてくる癖に
俺が好きだよー とか話し掛けても樹の耳は拾ってくれず
何か言った? って聞き返すくらいだ………辛い
その 都合のいい耳の構造が どうなっているのか知りたい

話は戻りその肝心のエンジンだが 前の持ち主が弄ったのか
音が少し違っていて 俺の愛車の音に近づけるのにだいぶ苦労した
業者の人も参っていたものだ(……その節は お世話になりました)
まぁ 上機嫌な樹の様子からして
中古車だとは バレていないようで安心する


「…でも ちょっとだけ残念だね」

「えっ …な 何が残念なんだ?」

樹の思い掛けない言葉に ぎくりと心臓が跳ねる
……まさか ここにきて バレてしまったのだろうか?
エンジンで変な音があったのか? それとも内装に変化が?
いや 内装は全く同じ筈……やはり エンジンに気付いたのか
チラチラと樹の様子を伺えば クスリと笑っていた


「パパの匂い しなくなっちゃった…」

「……は?」

ぽかんと口を開け 隣に座る子を凝視する……っと危ない 前 前…
スンスンと鼻を鳴らし 車内の匂いを嗅ぐ樹は
やっぱりしなーい と呟き肩を竦めていた(…俺の匂いって)

「前はその…パパの匂いがしてたのか?」

変にドキドキしながら そうさせた張本人に尋ね
こくりと頷いているのを横目で確認する

「パパのね 良い匂いがふわーってしてたの」

「…俺の匂いが ふわーって?」

「うん!」

ご丁寧にも 俺の匂いを身振り手振りで表現しだす樹
この子は何を言っているのか…そして何をしているのだろう
どうやら…俺はここで萌え殺されるかもしれない……
昂ぶる気持ちを懸命に鎮めている俺に トドメの台詞が投下される

「パパの匂い 安心するから好きなんだ〜」

「うっ…!!」

へらっと 笑って告げられた台詞に 俺の心臓はあっさり貫かれた
樹から放たれた萌えの矢は 引き抜こうにもビクともせず
高鳴る胸は血液の循環を速め 身体中が熱くなっていき
どうにも抑えれそうにない この気持ちを拡散したい想いから
右手がクラクションを連打しようとして ぴくぴく震える
くそっ…やめるんだ俺の右手! 街中で鳴らしたら迷惑だろ
このままでは事故を起こすと考えた俺は 車を脇に停め
肺に溜めていた酸素を思い切り外へ吐き出し そうして
深呼吸を繰り返す俺に対し 樹が的外れなことを言いだした

「ちゃんとお家で済まさないから そうなるんだよ」

ぼくは済ましたもんねー と自慢する樹に眉を寄せる
違うトイレじゃない 俺の気持ちがダダ漏れになりそうなんだ…
握り締めていたハンドルから手を離し ジッと前を見据え
腕を組んで暫く考えると 正面を向いたまま隣に話しかけた

「…樹くん ここで提案があります」

「なーに?」

「ドライブデートはまた今度にして
  今日は お家デートにしましょう」

「えぇー やだー!!」

「パパも嫌だっ…
  家に帰って樹を抱き締めていたいんだ!!」

「ぼくを抱っこしたままするの!? 気持ち悪い!
  すぐそこのコンビニに行けばいいでしょ!!」

「なっ…気持ち悪いって酷いぞ!?
  あと 言っておくがトイレじゃないからな!」

じゃあ何なの!! 若干キレ気味で聞き返してくる息子に
俺もムキになり(←馬鹿)トイレじゃない事を説明する
そうして話が噛み合わないまま 暫く車内で騒いでいると
急に頭が冷えてきた俺は 素直にごめんと謝った
そんな俺に溜め息を吐いた樹は いいよと許してくれ 自身が座る
ジュニアシートのベルトを外した

「ぼくもついて行ってあげるから
  パパ トイレに行きたいんでしょ?」

「………うん」

きっと この子にはどう説明しても
俺の気持ちを 理解してはもらえないのだろう……
息子に手を引かれながら 近くのコンビニへと入り
自動ドアを抜けると 樹が店員に向かって大っきな声で話した

「お手洗い パパがお借りしまーす!」

「何を言ってるんだ…」

「借りますって言わなきゃいけないんだよ?」

「あぁ…うん そうだったね」

そう教えたのは 他でもない俺自身だからよく知っている
でもな…パパはもうちょっとスマートに借りれるんだぞ?
個室に入ろうとする俺を 樹が困った表情で見上げてくる

「パパ 1人でできる?」

「当たり前だろ?……ほら 飲み物でも選んできな」

未だに 何か勘違いしている息子を ドリンクコーナーに追いやり
個室に入って鍵をかける と言っても…出ないものは 出ないので
清掃が行き届いている室内を見渡し 水だけ流してトイレから出た


「それにするのか? ジュースとかもあるよ?」

手にしているスポーツドリンクに 他のじゃなくていいのかと
陳列されたジュースを指せば にこりと頷いた

「これが いーいの!」

ペットボトルを頬にぴとっ とくっ付けて言う樹は
CMに 出られるんじゃないかってくらい可愛い……
『パパが いーいの!』なーんて言われたらどうしよう
俺も『樹がいーい! 』って言い返そうか……ん?
それだと飲み物のCMじゃなくなるな……まぁ いっか
俺は お茶にでもするかな…ドリンクの扉を開けようとしたら
樹の腕で制され 手を洗ったのか訊かれる

「あ 忘れてた…」

「ばっちぃー!」

ばっちぃて……仕方ないだろ 本当はしてないんだから
再びばっちぃと言って 逃げる子にカチンときて
この手で触れてやろうかと考える……いや そんなことをすれば
余計面倒なことになるのが 目に見えているので
大人しく手を洗いに行くとしよう
樹を揶揄ったのが 悪かったのだろうか……どこか理不尽すぎる
仕打ちに 納得出来ないまま ドライブデートは再開された


ーーーーーーーーーー


サービスエリアでお昼を食べ 車を走らせること1時間弱
漸く目当ての海に着き 海岸沿いの駐車場に車を停める
浜辺へ降りるのに階段に向かえばそこから見渡せる眺めに
興奮して はしゃぐ樹と手を繋いで階段を降りた
利用者のマナーと 管理が行き届いているお陰でゴミは一つも無く
砂浜に落ちているのは 打ち上げられた海藻や流木くらい
その海藻を拾った樹が 食べられるのか訊いてくる
ここでもし 食べられるって言ったら持ち帰る気なのか…?
砂まみれの海藻を片手に にこにこ笑う樹へ食べられない事を
教えると 残念そうに投げ捨てた…やはり持ち帰る気だったか


「あっ ヤドカニ!」

「ヤドカリな」

樹が ヤドカリを捕まえようと手を伸ばすが
相手も簡単に捕まるもんかと 鋏を開いて威嚇する
挟まれるのは嫌だし痛い…けれど捕まえたい気持ちもあり
手を出したり 引っ込めたりを繰り返しては
捕獲するタイミングを見計らっている
樹が手を出すと ヤドカリも鋏を出しそれにビビって
樹が手を引っ込めると ヤドカリも鋏を下ろす
そんな可愛い攻防が続けられるのを 隣で静かに見守る
……しかし この一人と一匹 同じ動きしかしないな
永遠に続くんじゃないかと思う程 同じやり取りをしている
見ている側としては そろそろ違うアクションをして欲しい所だ
でもまぁ 体力的に考えると ヤドカリの方が先に折れるな
段々動きが鈍くなって ヤドカリ自身もとうとう疲れたのか
好きにしてくれという風に 諦めて鋏を下ろした
遂に 樹の手中に収まるのかと思いきや
その手は 在らぬ方向へと伸ばされる

「あー! 貝殻みーっけ! 」

(そこは 捕まえるべきだろ……)

興味の対象が移り変わり 目の前のヤドカリには目もくれず
その辺の貝殻を 拾い集める樹
悪いなヤドカリ…子どもはすぐ目移りする生き物なんだ
体力を奪われただけのヤドカリに 謝罪の意味を込め
家をひと撫ですると 拗ねたように砂に潜っていった
一方 ヤドカリの存在など忘れたであろう樹は
手のひらいっぱいに集めた 貝殻を見せてくれる
その中から 淡いピンク色のを選び 俺の手に乗せた

「この貝殻ね いちばんキレイだからパパにあげる」

「ふっ…ありがとう」

1番綺麗なら 自分の物にしたらいいのに
俺にくれるのだから 特別な気がして嬉しくなる
たった今貰ったものと 集めた貝殻をハンカチに包み
もっと沢山集めて 家に飾ろうかと話せば
それいいかも と頷いて貝殻を集めに走った樹が
どっちが多く集められるか競争だよ と叫んだ
それに わかったと返事を返し 俺も貝殻を探し始める
貝殻を集めるだなんて 何十年振りだろうか
童心に返った俺は 年甲斐もなく貝殻集めに夢中になる


「パパ みてみて! こんなに集めたよ」

「うわぁ すごいなー」

自身の服を受け皿にして 大量に集めた樹
対する俺は 片手に収まる程度……これは樹の圧勝だな
トートバッグからビニール袋を取り出し 集めた貝殻を入れると
また何か見つけたのか 走って行く樹の後を追う
波打ち際で立ち止まり 押しては引いていく波を眺め
チラっと俺を見ては また波に視線を戻し また俺を見る
その わかりやすい行動に おいでおいでと手招きし
波打ち際から離れた場所にバッグを置いて自分の裾を捲る
俺が靴と靴下を脱ぐと 樹も同じように脱ぎだし
ずり落ちてこないように しっかり裾を捲ってやり
背中をぽんと押せば 颯爽と駆けていく後ろ姿に微笑んだ


「つめたーい!」

11月だからな そりゃ冷たいだろう……冷たくても海水に浸かるのは
よほど楽しいのか はしゃいでいる樹に転ぶなよと釘をさす
海に来て眺めるだけで終わらないのは わかっていたから
途中でタオルを購入しておいたんだ……さすが俺

「パパー! これなーにー?」

「んー?」

海中を指して言う樹に 俺も足を浸ける(うわっ 冷て……)
ぱしゃ ぱしゃと近づいて 樹が指す物を見る
それは バルーンアートみたいにくびれてプクプクしている
紅い海藻のフクロツナギが漂っていた

「これは紅藻こうそうって言って 紅い海藻のフクロツナギだよ」

「へぇ 海藻なんだね」

海藻と言えば 青いイメージが強いから 樹からすると
紅い海藻は珍しいのだろう もう一つ紅藻を見つけて じゃあこれは?
と聞いてきた 平べったいそれは たぶんカザシグサかな

「こっちのは?」

「んー それはな……」

トナカイの 角みたいな形をした紅藻を見て
口元に手を当てて考える……何だったかな…

「思い出した ヒロハノトサカモドキだ」

「すごーい パパ 物知りだね!」

手を叩いて褒める樹に 柄もなく照れてしまう
実は小学生の頃 夏休みの自由研究で海藻を調べて
海藻図鑑を作成していたんだ
海中を漂う紅藻が綺麗で よくルーペで観察してたっけ
自分でもよくわからないけど 海藻にハマり過ぎて当時の
クラスメイトには 金髪地味わかめと揶揄われていたものだ
昔過ぎて顔と名前は忘れたけれど 年が一個下の子だけは
俺の海藻知識を 今の樹のように褒めてくれてたっけ
その子も遠くに行き 高学年にもなると海藻からは離れて
天体観測に切り替え そっちもかなり夢中になった
そうやって 色々な物に手を出してはやめるの繰り返しで
気づいたら どうでもいい事から役立つことまで
様々な知識を 手に入れていた

でもやっぱり…海藻は地味だよなー
これで珊瑚礁とかなら また違ってたんだろうけど
昔のことを思い出して 喉をくつくつ鳴らして笑う


「なぁ樹…パパな子供の頃
  金髪地味わかめ ってあだ名で呼ばれていたんだ」

「ふぅん…ゼロだけじゃなかったの?」

「そうなんだ もう一つあったんだよ」

変なのー と笑う樹の頭を撫でる 本当変だよなぁ

「きーんぱーつじーみわーかめー!」

「…よしなさい」

「あははっ」

海面を蹴って 水しぶきを上げながら
昔のあだ名を連呼するので こらっ とふざけて凄めば
可愛らしい悲鳴をあげて 逃走した息子を追いかける
けらけら笑いながら あだ名を叫んで逃げ続けるのを見て
教えるんじゃなかったと 今更ながら後悔する
まったく…どうして話したんだか……
海の 開放的な空間がそうさせるのだろうか
街にいる時とは違う気分に 胸が躍り より一層楽しくなる
ずっと…こうして過ごせたら どんなに幸せだろうか
今の現状で そんなことが叶わないのは 百も承知だけれど
いつだって そう望んでしまう俺がいるんだ


「捕まえたっ……あ!」

「わあっ!」

逃げていた子を捕まえたのはいいが 砂に足を取られてしまい
樹を巻き込んで 盛大に転んでしまった
咄嗟に樹を抱き抱えて 砂が入らないように目元を覆う
ゆっくり身体を起こし 目に砂が入らなかったか尋ねる
平気だと返されたが 口には入ってしまったみたいで
顰めっ面でうえ〜と舌を出し ジャリジャリすると言う
飲み物で口をゆすごうにも バッグは手元に無い 置いてきた場所へ
駆け足で向かい ついでに靴も持って樹の元へと戻った

「ほらっ これで口ゆすぎな」

キャップを開けて渡した飲み物を 口に含んだものの
吐き出さないで ゴクンと喉を鳴らした樹に げっ…と声を漏らす

「飲み込んじゃ ダメだろ〜」

「ふふふっ…だって 美味しいんだもん」

まったく……砂を出しなさい砂を 飲むのはその後だ
近くの側溝に吐き出させて 階段に並んで腰掛ける
足に付着した砂を払い落とし 靴をひっくり返した
さらさらと落ちる砂に 帰ったら洗わなくちゃなと考え靴を叩く
砂まみれの靴下は袋に入れ 素足のまま靴を履いた
なんとも言えない履き心地に 踵を数回鳴らし
目の前に広がる青い景色を 二人で静かに眺める
お互いに話さず無言が続くけれど 決して居心地は悪くなく
むしろ良くなる気分に 樹を抱き寄せてその心地良さを存分に味わう
髪を撫で感触を確かめるように何度も梳いては 唇でそっと触れた


肌寒くなってきたのを感じ そろそろ帰ろうかと声を掛け
階段を上がりきると 繋いだ手を引かれて下を向く

「夏になったら また連れてきてくれる?」

「あぁ その時は一緒に泳ごうな」

「うん!」

「よーし じゃあ車まで競争だ!」

手を叩いて言えば 風の如く駆けていく樹に目を丸くする
(おぉ〜 速い 速い)
長時間遊んでいたのにも関わらず 疲れを一切見せない子どもに
あの小さい体のどこに そんな体力が残っているんだかと
暫く感心していたが 競争していたのを思い出し その背を追いかけた



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