気づいてる





そよそよと心地よい風が頬を撫でる
ベランダから眺める空には雲ひとつない
一昨日から雨続きで 洗濯物が溜まっていたから
久しぶりに干せることに嬉しく思う
浴室乾燥機があるから 態々外に干さなくてもいいのだが
電気代が結構かかるので 冬以外ではあまり使わないようにしている
それに部屋干しは 部屋が窮屈に感じるからしない主義だ
俺は 広々とした空間が好きなんでね

パンパンと音が鳴り 皺を伸ばされた服が手渡される
樹が衣服の皺を伸ばして 俺はそれを干す係
タオル類や靴下は パラソルハンガーに2人一緒に干していく
竿に吊るすタイプだと樹が使いづらいため
ピンチハンガー付きの三段式スタンドを使用している
俺がタオルをかけようとしたら 棒を回すから中々かけられない
仕返しに 樹が干すときに回せば文句を飛ばされる
先にやったのはそっちだろ……その言葉を合図に棒を弾いた

お互いに笑みを浮かべると 手にしたタオルを構える
回転させた棒に どちらが多く干せるのかを競うのだ
少しでも回っている最中に干せればOK ただし止めたら負け
ハンガーが止まらないように その都度回し
相手がかけようとするタイミングで逆回転させて妨害するのがコツ
樹が干すタイミングを狙ってクルクルと回転させた

「ほらほら 全然干せれてないぞ〜」

「パパずるいー!」

「はははっ」


苦戦している樹をよそに 俺は次々と棒をタオルで埋めていく
物干し勝負が終了して 干した枚数を数えると俺が11枚で樹は2枚
その結果に笑えば軽く叩いてくるのを 手のひらで受け止める


「次はぜーったいに勝つもん!」

「次もぜーったいに負ける」

言い方を真似たら 口をいーっとさせて悔しそうにする子に
声には出さないが 可愛い可愛いと両頬を摘んでふにふにしたら
樹も俺の頬を摘んで引っ張りだし むに〜んと伸びた
お互いの変な顔にクスクス笑って 洗濯の続きを再開する
全部干し終えると 見て見てーと声がして部屋を覗けば
空になった洗濯かごを頭に被った樹が体を丸めて
まだかごに入れるんだよー と自慢していた
お尻と足がはみ出しているが どうやらそこは関係ないらしい
その状態のまま 戻してくるね と言って
ずりずりと脱衣所まで行く樹の後ろ姿を見て
ぶつからないか心配してたら
案の定 脱衣所から聞こえた鈍い音に吹き出した


おでこをさすりながら トボトボ歩いてきて痛いと呟く樹に
見せてごらんと前髪を上げると 微かに赤くなっていた
おまじないを要求された俺は 喜んでおでこにキスをしてやる
そうすれば 治ったと元気に笑う息子を抱き上げてソファに腰掛けた

「樹が洗濯物を干すの手伝ってくれて助かったよ」

「ほんと?」

「あぁ 本当さ ありがとう」

「えへへー」

頭を撫でてもう1度お礼を言うと
照れくさいのか目を伏せてモジモジしだす
その仕草が可愛くて髪をわしゃわしゃすれば 胸に体当たりして
ぐりぐりと頭を押し付けてくる樹に 今から出かけようかと話す
ここ最近 仕事が忙しくて 一緒に過ごせる時間を作れず
帰った頃には樹は夢の中 会話をするのも朝しかなかった
それが何日も続いてしまい 樹には寂しい思いをさせていた
それもあって 今日は気合を入れて遊びまくる予定だ
樹を抱いたまま ソファから腰を下ろしてカーペットに座る
ローテーブルの棚から雑誌を数冊取り出し
予めチェックを入れていた レジャー施設のページを開き
遊園地 水族館 動物園 温泉やテーマパークなど次々と挙げていく
グルメな樹のために 美味しい店も既にチェック済みだ

「どこ行きたい?」

「んー」

こてりと首を傾げて口元に手を当てて考える樹
可愛い仕草とは裏腹に返ってきたのは そっけない返事だった

「ぼく 行かなーい」

「ええぇ……」

ずるずると体を下にずらして 俺の太腿に頭を乗せる樹
樹のことだから ひとつに絞れず全部行きたいとか言い出すと思って
事前に何通りものスケジュールを組み立てていたのに
予想していたのとは違う返答に肩を落とす

「…本当に行かないのか?」

「うん」

仕事が休みの日は必ず出掛けているからか
外出しないのは なんだか変な感じだ
かと言って 乗り気じゃない子を遊びに連れてくのもあれだし…
息子のサラサラな髪を弄りながら 崩れた予定をどうするか考える
まぁ……たまには家でゆっくりするのも有りか
広げたままの雑誌をテーブルの棚に片付け
なんとなしに テレビの電源を入れる

放送されていたのは短い料理番組で ぶり大根を作っているようだ
年配の女性が丁寧に作り方を説明しながら調理しているのを
美味そうと言えば 樹が反応して体を起こそうとする
ローテーブルの下に寝転ぶ形でいたから出れずにいるのを
引っ張り出して胡座の上に座らせて一緒に観る
上からひょいと覗き込めば 思っていた通り口を動かしていた
食事のシーンでは一緒になって口を開ける樹に小さく笑い
今日はぶり大根にしてやるか と夕飯の献立を決めた
また来週〜♪ と手を振る女性へ律儀に振り返した樹はもう観る気が
ないのか 和室に移動するのを見てテレビを消してついて行く
玩具箱から一個ずつおもちゃを取り出していた樹たが
面倒になったのだろう 箱をひっくり返して畳にぶちまけた
(うわー 全部出した)
近くに座り 一人で遊んでいる子の横腹を おもちゃの剣でつつく
くすぐったいからやめてと言うのを無視して突いていたら
怒った樹がカラーボールを投げてきた
ひょいと躱すと またボールを投げてくるのでキャッチする
次に硬そうなおもちゃを投げようとするから すかさず謝った
…それは痛いって

おもちゃもそのままに 押入れを開けて下に潜り込む樹
次は何を出すんだか…散らかったおもちゃを少し片付ける

「ねぇパパ これしよう!」

「んー?」

奥から引っ張り出してきたギターケースに目を瞬かせる
(懐かしいのを出してきたな)
よく弾きながら歌ったりしたものだが 最近は全く弾いてない
ギターコードをアンプに繋いで音の調整をしていると
ミニギターを持ってきた樹が目の前に立つ
一緒に弾きたいと強請られて 5歳の誕生日に買った物だ
内臓アンプだから音もすぐ出せるようになっており
普通のギターに比べると 他の楽器に音が負けてしまうのが
デメリットだと言われているが
そこはこっちの音量を小さくして カバーできるので問題ない
スタンバイしてる樹に音を鳴らして準備が出来たのを知らせる
練習した曲の中から 一番お気に入りのを選び
かなりアップテンポにアレンジしたイントロを弾くと
ぱあっと笑顔になった樹が 俺に合わせて音を鳴らす


「百年ぶりのー 世紀末ー♪」

「泣けと言われて〜 ぼくは笑った〜♪」

リズムに乗って元気よく歌う樹
久しぶりだというのに難なく弾いてることに軽く驚いた
サビの部分になると上半身を左右に揺らしてノリノリで弾くから
俺も釣られて体が動いてしまう
曲の終盤になるとテンションもMAXに上がり
ぴょんぴょん飛び跳ねる姿がたまらなく可愛い


「「胸のド〜キドキ〜だけ〜♪」」


曲が終わっても はしゃいでる樹によく覚えてたなと褒めてやれば
時々弾いていたんだと得意げに笑った
この歳でここまで弾けるとか才能あるんじゃないか?
その後も 童謡や知っている曲を演奏し 気づけばお昼の時間に…
ギターを仕舞い おもちゃを片付けさせている間 ご飯を作ろうか

冷蔵庫を開けたが 外で食べるつもりだったため何もない
お米も朝の分しか炊いていなかったし あるのは野菜くらいだ
これでは炒飯も作れやしないぞ……さて どうするか
今からスーパーに行くのも時間が掛かって面倒だ…
何かないか棚や引き出しを漁っていると樹が足に抱き着いてきた
足をぶらぶらさせればきゃっきゃとはしゃぐ子に
インスタントラーメンの袋を見せて お昼は手抜き宣言をすれば
全く気にしないで ラーメンが好きだと言う

「パパが作るの全部好きー」

「それは よかった」

へらへらと締まりのない口元で笑い 手鍋をコンロに置く
よーし いつもの倍の愛情込めて作るからな〜
(インスタントだけど)
コンロのチャイルドロックを外し 随分早い片付けに尋ねると
一人で出来ないんだと拗ねた口調で言う樹…成る程

「じゃあ 後で一緒に片付けような」

「うん!」

普段出来ていることを 出来ないと言うのは甘えられている証拠
それに気づいたら 俺はとことん甘やかしてしまう
火を使うから近寄らないよう言いつけられた樹は
リビングの椅子に立ち カウンター越しから作る様子を眺めている
鍋でお湯を沸かしてる間に カットした野菜を炒めた
強火でサッと炒めることによってシャキシャキ感と
野菜の旨味を残すことが出来る
炒めた野菜をお皿に移して 鍋に麺を投入した

「こらっ 噛むんじゃない」

「う〜」

ラーメンを待ちきれず カウンターの淵を噛んでいた樹に注意する
昔から何度注意しても 一向にやめないせいで
歯型がいくつもついたカウンターは所々剥げてしまっている
駄目だとわかっていても その行動が可愛くてきつく叱れない
(やっぱり甘いかな…)
もうすぐ完成することを伝えて椅子に座らせる
どんぶりに茹でた麺を移し 粉末スープをかけて混ぜる
味が濃いから粉末はいつも半分しか入れない
麺の上に野菜を盛り付け 仕上げに黄色い粒をたっぷり入れて完成だ
大人しく座って待つ樹の元へ お盆に乗せた丼を運び
テーブルに置けば 小さい歓声が上がる

「コーンだぁ!」

「熱いから よく冷ますんだぞ」

ラーメンに盛り付けられたコーンに 足をぱたぱたさせて喜ぶ樹
さっそくコーンから食べ始めた子に微かな笑いを浮かべ俺も頂く
お箸で器用に掴みながら ぱくぱくとコーンを口に運ぶ
おちょぼ口で ふーっと息を吹きかけて冷まし
ちゅるちゅると麺を啜る小さな口が 大変可愛らしい
空になった丼を端に寄せ 頬杖をついて食べる様子を観察する
インスタントだってのに 美味しそうに食べちゃって
俺の手料理を食べてる時と同じくらい笑顔だから妬きそうだ
(…ラーメンに?)
自分の考えにクスッと笑い 食べ終えた樹と一緒に手を合わす

食後の緑茶を飲んで 一息ついてから歯磨きをしに席を立つ
踏み台に立った樹の隣に並び鏡に向かう
いつもの歯磨き粉をつけようとしたら パッと奪われ
子供用の粉をたっぷりとつけられた歯ブラシに 顔が引き攣る
お揃いだねと無邪気な笑顔で話す子に 文句を言える筈もなく
口に広がる 甘いぶどう味に悲しくなるのだった

十分磨いた樹に歯ブラシを渡されて 仕上げ磨きをしてやる

「あーんして」

「あー」

顎を左手で固定して奥歯から順に優しく擦り
ちょろちょろ動く舌に ブラシの先を当てないよう細心の注意を払う
虫歯一つ無い 真っ白で透明感のある歯は見てて気持ちが良い
歯科医の先生にも褒められている綺麗な歯だ
口をゆすいだ樹がきれいになった?と大きな口を開けるのに対し
ピッカピカだと言ってやれば 満足そうに微笑み
台からぴょんと飛び降りて駆けて行ったのを確認してから口をゆすぎ
悪いと思いながらも いつもの歯磨き粉でもう一度歯を磨いた
…子供用のは 甘過ぎる

口内もスッキリして 和室を覗けば樹が横になっていた
クッションに頭を乗せ だらだらしている姿に牛になるぞと話せば
ならないもんと返し 周りの物を掻き分けて隣に来るよう促される
この様子だと 片付けは後回しになりそうだと苦笑し
自分の腕を枕に俺が横になるとクッションごと擦り寄ってくる
じっと見つめてくる大きな瞳は澄んでいて とても綺麗だ
目の前のさらさらな髪を撫で横髪を耳に掛け 柔らかい耳に触れると
擽ったそうに身を捩る樹は むくりと起き上がりクッションを寄越す

「ん…くれるの?」

「ぼくこっち使うから」

手渡されたクッションを頭の下に引く
ポンポンと俺の腹を叩いて こてりと頭を乗せる樹に頬が緩んだ
俺の腹を枕代わりにするとは可愛い奴め…しばらくそうして
また起き上がると今度は服を捲り腹筋をペタペタ触りだす

「パパのお腹って固いんだね」

「鍛えてるからなー」

かっこいいだろ? シックスパックに割れた腹筋を樹に自慢すれば
自分の柔らかいお腹と見比べてぷにぷに触りだした
あ…こら おへそはやめなさい おへそは

「ぼくもパパみたいな お腹にしたいなぁ」

「ダメ 絶対にしないで」

「どうして?」

「んー ……俺が…柔らかいお腹が好きだから」

「…パパのお腹固いよ?」

「俺じゃなくて 樹のお腹は柔らかいのがいいんだよ」

「ふぅん?…変なのー」

じゃあ柔らかいままでいるね って微笑む息子にほっとする
こんな可愛い顔でシックスパックとか怖すぎるからな
将来ガチガチに鍛えでもしろ パパ絶対許さないぞ
まぁ たった今約束してくれたし その心配はいらないか

ゆっくり瞬きをして うとうとし始めた樹
お腹も一杯になったし 遊び疲れて眠くなったのだろう

「ベッドに移動する?」

返事を返すこともなく 瞼を閉じた樹はそのまま眠ってしまった
これでは しばらく動けそうにないな
すやすやと寝息を立てる子の頭を撫で その手を背中へ移動させる
(あぁ……何だか俺も眠くなってきた)
ポケットからスマホを取り出し2時間後にアラームをセットし
ついでに樹の寝顔も撮ってから 頭上にスマホを置く
深く息を吐いて瞼を閉じる…連日の疲れが溜まっていたからか
ものの数秒で 俺の意識は沈んでいった


ーーーーーーーーーー


腹部に感じる冷たさに 意識が少しずつ覚醒していく
冷たい原因を探れば 樹の涎だということが判明する
昼寝のお陰で だいぶ疲れも取れて頭もスッキリした
大きな欠伸をしながら辺りを見渡す
寝る前よりも暗い室内に窓へと目を向ければ日が沈みかけている
あぁ 成る程…だからこんなに暗いのか……

「…ちょっと待て 今何時だ」

腕を頭上に伸ばし スマホを取ろうとするが 見つからない
少し体を捩り横を向くと 伸ばしていない方の肘に何かが当たった
そっちに腕を伸ばして取ると 思った通りスマホで
眩しい液晶画面に表示された時間を見て呻く
(ちっ …18時過ぎてる)
最寄りのスーパーでは いつも17時にタイムセールをするから
その時間に夕飯を買いに行こうと思っていたのに
アラーム設定がOFFになっていることから 自身で消したのだろう
普段なら起きれているのに 昼寝だと変わるものなのか…
文句を言っても仕方がないので 取り敢えず樹を起こす

「樹…樹 起きて」

「……んー」

目を擦って起きた樹に 買い物に行くことを伝える

「…値引きの買うの?」

「うん ぶりが値引きされてるかもしれないから 急いで行こう」

そう言って立ち上がると大きな声を上げた樹に驚き
どうしたんだと聞けば 洗濯物!と叫んだから顔を顰める
(…忘れてた!)
慌ててベランダに出ようとしたら 硬いものを踏んづけてしまい
結構な痛さに足を抱えて蹲る

「ひどいっ ぼくのおもちゃ踏んだー!」

「…俺の心配はしてくれないのかっ」

樹の酷い言い草にショックを受けながらも
散らかったおもちゃを 手でぶわーっと掻き集めて一箇所に纏める
冷たくなった洗濯物を急いで取り込み ハンガー類は掛けて
タオルは皺にならないよう広げたまま畳に積み重ねる
片付けも洗濯物を畳むのも 夕飯の後にする事にして部屋を出た


ーーーーー


スーパーに着いた途端 走って行った樹を止めることが出来ず
カートを押して早足で歩いて追いかける……嫌な予感がするぞ
鮮魚コーナーで物色していた樹が手に取った物を掲げた

「パパー! このぶり 値引きのシールついてるよー!!」

「しーっ! 大きな声で言うんじゃないっ」

人差し指を口に当てながら急いで駆け寄り
静かにするよう注意するも 時既に遅し
大声で値引きを知らせた樹に 近くに居た客達がクスクス笑う
大声を上げたことに すみませんと軽く頭を下げると
周りの人が会釈して買い物を続ける
そのまま通り過ぎてくれればいいのに 1人の婦人が声を掛けてきた

「今日の夕飯は ぶりを使うのかしら?」

「えぇ まぁ そうなんです…ぶり大根を作ろうかと思いまして」

「まぁ〜美味しそうねぇ 貴方が作るの?」

「パパの作るご飯 とっても美味しいんだよ!」

「あらそうなの 料理上手なお父さんなのね」

自分が食べたかった物なんだと婦人に教え
良かったわねと頭を撫でられたのに気を良くしたのか
ぶり大根♪ と口ずさんで小踊りする樹に婦人が微笑む

「可愛いお子さんね 連れて帰ろうかしら」

「はははっ それは困ります」

冗談でも冷やっとするので やめてください…
安く買えて良かったわね〜 と言い残して去っていく婦人
その姿が見えなくなってから もう一度樹に言い聞かせる

「いいか樹 スーパーでは静かに…わかった?」

「はーい」

元気よく返事をして いまだに小踊りしている樹と手を繋ぐ
また走られると困るからな…必要な食材をカゴに入れていると
先程樹が入れてくれた ぶりの値段に目を丸くする

「5切れで100円!? しかも天然じゃないか!」

味は多少落ちるけど 余ったものは冷凍すれば何日か持つ
いい買い物したぞ……ガッツポーズして喜んでいると
繋いでいた手を引っ張られ ハッとして口を抑える

「パパ しーっだよ」

「……ごめん」

さっき子供に注意した大人がこれじゃあな……
決まり悪げに苦笑した俺は 舌を出して誤魔化すのだった






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