流れて行くのは時間と風景
流れないのは想いと言葉

『三月の喧嘩』

一定のリズムで景色は過ぎて行く。
少し春めいて来た三月の終わりに少女は故郷に帰る事を決めた。卒業式を終え、荷物を全部送ってしまい、部屋を引き払い、携帯を解約して、今は空港に向かう電車の中。手の中の小さな鞄が少女の荷物。過ぎ去る景色はこれが最後だと言うかの様に見つめている。
そんな景色を見ている人間がもう一人。
「ほんとに帰んのな、お前」
車窓の景色は飛んでいく。
「うん。お前が皆に間違えた出発日を言わなきゃこんな事になんなかったのにヨ」
お互い視線は交わさないまま言葉を交わす。交わすと言うより、投げる。
「なァ…、孕ませてくんね?」
「死んでくれない?」
流暢な標準語にさえ空気は動かず、もうすぐ終点だと言うアナウンスが響く。
ちかりと何かが光った。確認する暇も無く、少年は席を立ち、つられて少女も席を立つ。
大きく揺れて、電車は駅に着いた。平日の昼に空港に降り立つ人間は出張のスーツ姿位しか居ない。特に会話も無く構内を抜け、広大な建物に上がって行く。
空港の空気は独特で、旅立つ期待と何かを置いて行く不安と帰りたくないと言う倦怠感が綯い交ぜになり立って居る人間まで余所余所しい気分にさせる。少しの距離を保ったままゲートまで歩く二人の間の空気と何処か似ている。
「土産とかは?」
口を開いたのは少年から。
「んー…この前荷物と一緒に送ったから。お前、何か要るアルか?」
少し悩んで出した言葉はいつもの空気。
「馬鹿か。俺が空港土産とか買って帰ったら単なる笑い種でさァ」
小さく笑う言葉に、ほんの一週間前まで日常だった教室を思い出す。
「そうネ」
荷物検査の列も今日は心なしか少なく、少年が立ち止まる。
「チケットは持ったか?」
自然と向かい合った形でお互いを認める。
少しの間が、これが最後だと急き立てる。
「うん、持ったヨ。…ありがとな」 
ちかりとまた何かが光る。 
「これ。皆からの手紙入ってるから。泣いて飛行機から降ろされんじゃねーぞ。」
少年の差し出した封筒に少し驚いた表情で受け取る。
「お前のきったねー字で笑ってやるヨ。」
女性のアナウンスが入る。少女の乗る飛行機を綺麗に朗読した。
「今何時?」
携帯を出すのが面倒なのか少女に尋ねる。
「12時40分。もう行くヨ。ギリアル。」
少し黙るも、少年は小さく笑う。
「お前が泣いて帰って来るのが目に見えらァ」
「美女になった私にお前が泣きつくのが目に浮かぶアル」
お互いに笑って、別れは告げない。背を向けたのはきっとどちらともなくで、少女は列の中に、少年は雑踏に紛れ込む。
荷物検査に誰かが手間取っているのか、中々進まない列に飽きると手にした封筒を開けてみる。寄せ書きで好き放題書かれた紙とは別に、カードと地元への電車の切符とちかりと光る指輪。
『誕生日に渡せねーだろうから
誕生日おめでとう、神楽
誰より待ってる』

少女が学校の廊下並みに全力で走って霞む視界に少年を捉えたのが5分後。

改札を抜ける時間が勿体無いと手荷物を少年の頭にクリーンヒットさせたのが7分後。

少年が蹲った後、改札越しに二人で喧嘩を始めるのが10分後。

面倒くさくなって少年が改札を戻り、涙を溜めた少女の頬を撫でるのが15分後。


日本航空 中国行き 1300 テイクオフ。



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