不恰好で
甘くてしょっぱい


『赤い缶と塩コショウ』


「佐藤、キッチン貸してくれ」
「は?」
玄関で発せられた頼み言葉とは裏腹に、答えを待たず靴を脱いで木造の廊下を早足で歩いて行く。古い木のしなる音を立てて自分もその背中を追う。服装はいつも通りの白いシャツに制服のズボン。手には何やら買い込んだらしいビニールの袋。何が入っているのかよくわからない。
「ちょ、待てや。兄さん達に聞いてみるから。何するかしらんけど」
足早に先回りをして台所に居る寺の坊主に話をつけると入り口で律儀に待っていた相手に振り返り、全く状況が飲み込めないまま了承の意を伝える。軽く頷いて入って来ると台に荷物を乗せた。
どうするのかと眺めて居れば、こちらを向く無表情。
「そこに居ても良いが、物凄く暑いぞ?」
「あー…わかったわ。部屋で待っとる」
他意の無い言葉に無言の重圧を感じて頭を掻きながら台所を出ると、頭の中で実験と言う二文字が思い浮かんで振り切る様に頭を振って部屋へと歩き出す。アイツが料理?まさか、いやでも、いやいや、と頭の中を巡る思考が鬱陶しくなり、自覚する位げんなりした顔で部屋の襖を開けてため息を吐いた。ベッドに寄りかかり見覚えのある数字が見えた。
「あ、そっか」
理由を思い当たると小さく笑って全身から力が抜ける。制服のままスーパーで買い物してたのかと思うと声を上げて笑いそうになる衝動を必死で抑えながら、のんびりとした思考に替える。
「何作っとんのやろ。ケーキ…?手料理…?」
どちらの想像も自分の頭ながら酷いもので、寄り掛かって居た体勢から倒れ腹を抱えて肩を震わせて居れば、盆を手に怪訝そうなアイツと目が合う。
「何をしている?」
「気配消して来んの禁止やで」
噛み合わない会話を交わして互いに笑うと盆がテーブルに置かれる。見覚えのある赤い缶と、皿に乗ったポテトチップスと言うにはちょっと分厚いもの。
「コーラと…ポテチ?何で?」
「誕生日だからだ。おめでとう」
再び噛み合わない会話。今回は流石に流さない。
「いや、おめでとうやなくて。何でポテチ?」
「コーラにケーキじゃ甘過ぎるだろう?ポテトチップスの方が間違いなく合うと思っただけだが何か問題あったか?」
どこまでもどこまでもコイツは。
「センセが作ったん?」
「ああ。じゃがいもスライスして揚げて塩コショウした」
ずれる論点はこの際無視してしまおう。一枚手に取るとまだ少し温かい。口に運んで齧ると既製品の安定した味とは違う、少し不恰好な味が広がる。
「…まぁ、美味いわ、初めてにしては」
「なら、良い。」
口元だけの笑いは何となく柔らかい空気を醸し出す。それはお互い様で。

「誕生日おめでとう、佐藤」
「ありがとさん」

ポテチとコーラの乾杯は夏の始まり、七月の事。



HAPPY BIRTHDAY!シゲ!
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テーマ「人外ファンタジー」
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