確証が無い物が全て

不誠実だとは思わない


『紙切れジューン』


国内が段々梅雨前線の支配下に置かれて憂鬱な空の色に一つ溜息が零れる。雨に感傷を覚える様な繊細な性格など持ち合わせては居ない。そんなもの、世間風に言えば「母親の腹の中に置いて来た」となる。むしろあの母親にさえそんな感傷は無い気もするが。仕事も終わらせ、アイツの家のドアを黙って開錠する。
「入るぞ」
部屋の中は勝手知っているから答えを待つまでもなく靴を脱いで中に入る。飾り気の無い廊下を抜けフローリングに薄いカーペット、ソファに小さなテーブル、黒い画面のテレビ、無駄に良いコンポ。昔からアイツの部屋を構成するものは変わらない。少しずつそれぞれは大きくなっているものの、基本的に必要な物しか置かない癖は治らない。それは、お互い様。
「センセ」
俺が居る事に驚くことも無く、笑ってベランダから入って来た。微かに香る紫煙も昔と変わらず。
「何や、もっと遅なると思ったのに」
笑んでテーブルに置いてあったミネラルウォーターを一口。俺が買ってきたビニールの中身に更に楽しそうに笑んだ。
「コーラやん。最近飲んでへんわー。飲んだらトレーナーからめっちゃ怒られんねん。コーラ位で太る訳あらへんのにな」
意気揚々とキャップを開け、炭酸の抜ける音に満足そうに頷きながら口に付ける。緩んだ表情にこちらも自然と綻び、ソファに身を沈める。不服そうな視線が上から落ちてきた。
「何笑ってんねん、センセ」
「いや?コーラごときでそんなに喜ばれるとは思わなかっただけだ」
ごとき言うなや、と更に不服そうに眉を顰めるもその気分は長続きせず、隣に腰を下ろして脇に置いていたバックから何やらファイルを取り出してこちらに見せてくる。
「見てみ?幸せを運んでくる紙切れやで?」
ファイルの中身を出すと婚姻届が入って居る。それも丁寧に印鑑まで押して。
「海外にでも出るつもりか?」
「んにゃ?気分だけジューンブライドとか」
そしてもう一枚別の書類。
「で?この離婚届は?」
「所謂、保険?」
薄く笑っているコイツの余裕はいつまで経っても変わらない。少し考えて仕事の鞄から本書類の為に常備している印鑑を取り出して二枚とも署名と押印をする。
「別姓で良いのか?」
「まぁ、不便はせんやろ」
瞬間的に目を開いて咲いた笑顔は見逃さない。その書類を一枚渡し、もう一枚を綺麗に二つに裂いた。無音の部屋に大きく破れる音が響く。立ち上がると、重ねたそれをシュレッダーに掛けた。

「保険の必要な愛情じゃないだろう?」

ゴミに成り下がった音がやむと、大きく笑った。

「せやな」




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -