夏に溶ける | ナノ
 






七月ももう中旬に差し掛かり、夏の日差しがどんどんきつくなっていく池袋。
熱中症で倒れる人々もいるなか、「池袋最強の男」平和島静雄はなぜか弱っていた。静雄は自分は熱射病でも平気だとかなんとか考え、対策も何もしていなかった。
別にクーラーがなくても扇風機があるし、自分が節電すればするほど電気代が安くなるし、という気分だったのだ。

しかし、静雄は熱中症な訳ではない。


「やべ…すんませんトムさん、俺ちょっと無理そうっす…」

「おお、回収中にぶっ倒れられても困るからな。お前いつも頑張ってるんだし…たまには家でゆっくり休め、な?」

「すんません…お先、失礼します。」



上司であるトムに小さく礼をし、ふらふらとした足取りで歩みを進める。
どうやら熱があるようで、握りこぶしを作ってみるが珍しく力もあまり入らない。…と言っても、普通の人間に比べれば強い力ではあるけれど。

熱が出て、力も普段のように使えないとなるとどうしても厄介だ。天敵であり恋人でもある臨也が現れても、きっとただ体力を消耗するだけである。

しかし、静雄がそんな時に限って現われるのが折原臨也と言う男だ。



「わー、本当に弱ってるんだね」

「い、ざや…手前何しに、」

「俺の可愛いシズちゃんが弱ってるっていうからさー、てっきり喧嘩が立て続けにでもあったのかと思ってね。…熱、あるんじゃないの?」


最初こそ何時ものようなからかう口調だったものの、苦しさからか胸元を押さえつつ辛そうな表情の静雄に真剣な目を向け、自分の額と静雄の額を合わせ、眉をしかめた。



「やっぱり……仕事は?」

「トムさんにいって、早退した…」

「その様子じゃそうだろうね。しょうがないなあ、おいで」


珍しく喧嘩をしていない二人に人々は不思議そうに見つめるも関わらぬが吉として過ぎていく。
そんな中臨也は静雄の手を引きタクシーを呼び、ふらふらとする静雄を押し込んだ。










いつの間にか寝てしまっていたらしく、目が覚めるとどうやら何度か見たことのある天井が視界に広がった。
額に感じる感覚からどうやら熱さまシートなるものが貼られているらしい。
まだ熱は引いていないらしく、気だるい体をゆっくりと反転させ寝返りを打つ。

本当に微かな物音だったはずだが、どうやら部屋の主には耳に届いたようで、足音が向かってきた。



「シズちゃん、起きたの?」

優しい声音で問いかけ、ベッドに腰掛けて自分のの髪を撫でる恋人に思わず胸が高鳴り、何故か目を閉じてしまう。


「…まだ、寝てる?しょうがないなあ…熱、引いてないみたいだしね。」


労るように撫でる手は優しく、普段の喧嘩などなくなってしまい、ただの恋人のように感じられる。


「なーんて…起きてるでしょ、シズちゃん。」


「…いま、おきた」

「嘘ばっかり。」


臨也はちゅ、と軽いキスを落とし全てを見透かすように目を細めて微笑み、恥ずかしさから咄嗟についた嘘は小さく笑って否定される。


「シズちゃん、ちゃんと熱下がるまで看病してあげるから、寝てて良いよ。どうせ君のことだ、寝てりゃ平気だろなんて言って栄養もろくにとらなさそうだからね。」

「そんなことは、ねえ、よ」

「ダーメ。帰さないよ?良いじゃない、仮にも恋人同士なんだしさ。ポカリも買ってきたし…お粥も作ってあげるからさ、大人しく寝てなさい」

「…うるせえな、分かったよ」


静雄の言葉を聞いた臨也は満足気に微笑むと静雄の頬に軽く唇を落とす。


「もし移ったら、次はシズちゃんが看病してね?俺、菌には弱いから」

「…弱い奴だなお前は。仕方ねえからしてやるよ、そん時はな」



どうやら、欲しかった言葉だったのだろう。
臨也はもう一度唇を落とすと髪を撫で、再び寝室から出ていった。




離れた場所でパソコンを操作する音が聞こえる。
そして不本意ながらもベッドからは臨也の香りがして、安心してしまう自分もいる。


たまにはこうして恋人らしく甘えてみるのも良いかもしれない。
熱が下がるまで少しの間、大人しく看病されてみようと、眠りに落ちていく意識の中で考えた。







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