「あれ、シズちゃんが指輪してる」
「うわ…見つかった」
「俺以外のやつからの指輪してるなんていい度胸じゃん、」
「何いってんだお前。」
「もー、俺嫉妬しちゃうよ?」
馬鹿じゃねえの、こいつ。
これは俺が高校時代の話で、個人的にはすこし恥ずかしい話だ。
「臨也ってさあ、いつも指輪付けてるよね。彼女からもらったとかそんな感じかい?」
「やだなあ、俺には取り巻きは居ても彼女はいないよ、もっと特別なものさ」
臨也は相変わらずうざったるい口調と手振りで新羅に話す。
その声が門田と話している俺にまで聞こえてくるのはとても不快きわまりねえ話だ。
「…静雄?」
「え、…ああ悪い、聞いてなかった。」
ノミ蟲なんざの話を聞いていて、俺にふつうに接してくれてる数少ない友人である門田の話を聞いてねえなんて俺は馬鹿じゃねえのか。
そう思って門田に意識を傾けるも、結局どうしてもあのノミ蟲の声が耳に貼りつきやがる。
「…あの指輪、すげえ大切なものらしいぞ」
「へえ、あいつ物とかに執着するようなやつなんだな。」
「そうだな…お前とあの指輪ぐらいじゃねえの、執着してんのは」
「俺はあんな野郎に執着されてもこれっぽっちも嬉しくねえよ。むしろ気持ちわりいっての」
「はは、違いねえな」
ノミ蟲の大切なもの、という指輪が誰からのものかとかそんなことはどうでもいい。
ただ、俺にとっての家族や友人みてえなもんがあのノミ蟲野郎にもあったんだなと思うと、案外あいつもいいやつかもしれねえと思った。
…実際、そんなことはねえんだろうけど。
放課後、午後の授業をすべて屋上ですごしていた俺は教室に荷物を取りに戻る……――教室には、数人の女子。思わずドアの前で立ち止まる。
「ね、ねえこれってさ、折原君がいつもつけてる指輪じゃない?」
「ほんとだ…!ど、どうする?折原君、忘れて帰っちゃったのかな?」
「でも鞄あるね。…もらっちゃう?」
「ばれないかなあ、どうしよっか」
おい、これってヤベーんじゃねえの?指輪って、あいつが唯一大切にしてるようなもんなんだろ。
つまり俺にとっての幽が誘拐されたりノミ蟲になんかされたりって感じのことだよな……それは、気に食わねえぞ。
頭の中でいろいろ考えた結果、やっぱ人のものに手をだしたらダメだろという結論に至った俺はドアに手をかけ、教室に入る。
さっきまで騒いでいた女子は、俺の登場によって黙りこんだ。
「へ、いわじまくん…」
「お前ら、ノミ蟲の机でなにしてんだ」
「なんでもないよ、えっと、じゃあね…っ」
指輪を握ったまま俺の横を通り過ぎようとした女子一人の腕をなるべく優しくつかんで止めると、恐怖に支配されたみてえな顔で俺を見てくる。
…無理もねえか、俺だし。
「それ、あいつのだろ。いくら臨也のでも人のもの取っちまうのはダメだろ」
今にも泣きそうな女子たちは、素直に俺に指輪を渡すとあわてて去っていった。
大嫌いなノミ蟲なんかのために、っつー気持ちが今更出てきたけど俺はべつに人のものを取ろうとしてたっつーのが許せなかっただけでだな。
「…誰に言い訳してんだよ、俺。」
「あれー、シズちゃんだ」
次にドアが開いて現れたのは、ノミ蟲野郎だった。
「俺の机で何してんのー?もしかして俺が戻ってくるの待ってたの、やめてよね俺今日体育で疲れちゃって早く帰りたいんだから」
「…臨也」
「何、喧嘩はしないよ?ってまあ君もおとなしいみたいだけど…」
女子から取り返した指輪をノミ蟲に握らせると、ノミ蟲は驚いたようにこっちをみる。
「え、なんでこれシズちゃんが持ってるのさ」
「…大切なものなんだろ、女子が持ってこうとしてたぞ」
「答えになってないけど…まあいいや、ありがとね」
じゃあ、とドアに向かう俺の後頭部に、固いものが投げあてられる。
「それ、シズちゃんが持っててよ。あげる」
(正真正銘、お前からのプレゼントだろうが馬鹿野郎)
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