花菱草 | ナノ
 







「拒まないで、…俺のそばに、いてよ。」



六臂が月島を強く抱きしめ、珍しく不安そうな表情で告白したことはまだ2、3日前のことだ。告白を受ける随分と前から月島は六臂に心惹かれ、思いを寄せていたのと同様に六臂も出会ったころから月島に好意を持っていたらしい。
鈍感な月島に、六臂は何度も悩まされていたもののいつも迷子になって家に帰ってこれない彼を迎えに行き、連れ帰るのが自分の仕事の一部だと思っていた。

しかし、この六臂というアンドロイドは容姿だけでなく性格もマスターである臨也に似ているため、非常に嫉妬深かった。月島が迷子の途中で他の人間に声を掛けられているのを見て、堪らなくなったのだ。



「月島、」


「は、はいっ!」



告白の答えは「宜しくお願いします」というものだったのだが、手を繋いで帰宅した時から月島は六臂に対してよそよそしくなっていた。
月島のことだ、サイケやデリックにからかわれ、色々なことを吹きこまれてしまったのだろう。
やはり六臂も仕方のない男で、自分が声をかける度にびくりと身体を震わせ、声すらも裏返り真っ赤な顔をする月島が愛しくて堪らない。



「明日どこか出かけようか」


「えと…お仕事?」


「違うよ、そうだな。デートとでも言っておこうか。」



純粋という言葉を具現化したような彼は自分の言葉に最初首を傾げていたものの、「デート」という単語が聞こえた瞬間、まるで借りてきた猫のように背筋をぴんと張り明らかな緊張を現していた。



「俺とデートは嫌?」


「全然…その、嬉しい。」



マフラーを口元へとあげながら次第に小さくなる声を聞き、思わず頬を緩める。ぎこちなく自分を見つめる彼の髪をそっと撫でると、シャンプーの香りが鼻を擽った。
本当に、可愛らしい。最初は他のアンドロイドたちが恋愛ごっこをしているのを見てくだらないと思っていたのだが、今なら彼らの気持ちもわかる気がする。
なんだかんだいって、やはり元は静雄と臨也なのだ。お互いがお互いに惹かれあうのも自然なことだと言えるかもしれない。

しかし、六臂はマスターである臨也のプログラムで自分たちがお互いを好きになったという考えでは全くなく、あくまで自分の意思で彼を好きになったのだと考えている。
もちろんその考えは正解であるし、臨也本人もまさかアンドロイドが揃いも揃って恋人関係になるなどとは思ってもいなかった。



「六臂…?」


「あ、ごめん」



どこかぼんやりしていたようで、目の前の月島が六臂を覗き込む。先ほどよりもはるかに近い位置にある恋人の顔に胸が高鳴り、思わず喉を鳴らす。
そっと頬へと手を添え、ゆっくりと顔を近づければ慌てたようなえっと、だとかあの、といった月島の声が邪魔をする。


「黙って」



言うと同時に唇をふさげば、一瞬驚いたように見開かれた月島の瞳もゆっくりと閉じられて行き、頬に赤みが増す。慣れていない初々しさが月島のいいところで、六臂には本当に、愛しくて愛しくて堪らない。
重ねるだけの、ほんの数秒のキスですらいっぱいいっぱいだといわんばかりの表情の月島をそっと抱き寄せると肩口へと頭を寄せ、気持ちを落ち着かせるように息を吸う。自分だって、いっぱいいっぱいなのだ。こんなバグとも言えるような感情を持つのは。



「あ、そうだ。六臂、あの…」


「なに」



自分もきっと今顔が赤くなってしまっているだろうと自覚しているため、月島の肩口に顔をうずめたまま問い返すと、月島はそっと六臂の髪を触った。ぎこちない手つき。緊張していることが震えている指先から伝わってくる。



「マスターから聞いて、いつにしよう、って…あの、これ。」


「花?…カタクリ、だね」


「…お誕生日、おめでとう」


「俺の誕生花、花菱草じゃなかったっけ?」


「誕生花はいくつかあって。…六臂は、俺の初恋だから」



月島の言葉にふと周りを見ると、電子空間に花が控えめに咲いていてまるで月島のようだと小さく笑う。自分の誕生日のことなど忘れていたし、たいして興味もなかったのだが恋人が祝ってくれているなら別だ。
自分の誕生花は花菱草だと思っていたが、カタクリという花もそうであるらしい。
初恋だから、という理由が花言葉に関連しているということはすぐに気づき、後からその言葉がどんなにうれしいものか実感する。





「そう、ありがとう。」




俺の初恋も君だよ。君の誕生日にはアンズノの花を贈ろう。君にぴったりだね。
そういって笑うと月島は少し怒ったような、でも照れが隠しきれないといったように微笑んだ。






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