世間はもうすっかりクリスマスムードで、道行く人々はどこか忙しなく、コンビニやファストフード店などでは店の外にまで出てチキンやケーキを販売している。クリスマスだからと言って点灯されているイルミネーションには幸せそうなカップルが集まり、仲良く手を取り合い眺めていた。
新宿の事務所で仕事を終え、趣味の人間観察に出かけた臨也は特にこれといって目を引かれるものもなかったため全て流れるままに視線を写していたのだが、ある店の前でふと視線を止めてしまった。そこは人気だと噂の洋菓子店。どうやらクリスマス限定ケーキなるものを販売しているようで、店の前に立っている店員が持つプラカードには「残りわずか」とかかれていた。
「…シズちゃん、甘いものすきだっけ」
別にこれといってクリスマスに会おう、などと約束はしていない。第一自分の仕事がひと段落つくかどうかという時期でもあったし、彼の職業柄年末ともなれば忙しいのだろうと思う。おそらく、あの上司とでもいっしょに忘年会だとかクリスマスパーティーだとか言って飲みにいくのではないのだろうか。
なら自分はこのケーキを買わなくても良い、―――そう思っているはずなのに、吸い込まれるように店内に入り、静雄の喜ぶ表情を無意識に脳裏に浮かべながら生クリームがたっぷりと塗られたケーキを購入する。どうしてこんな甘ったるいものを食べれるのだろう、本当にシズちゃんは分からない。
時計を確認すると時刻は21時過ぎをさしていて、そろそろ彼の仕事も終盤だろうと考えながら池袋へと向かう電車の中でメールを打つ。『ケーキが食べたいなら、会おう』送信し、携帯を閉じて池袋の駅へと降り立つとポケットへと手を入れフードをかぶる。
いけふくろうの前を通れば案の定カップルが沢山いて、ここで待ち合わせをしてやればここにいる人間は驚くのだろうかと考えれば楽しくなってきて内心笑ってしまう。
「臨也」
「あ、お疲れ様。」
人々の間を通り抜け、ぼんやりとイルミネーションを眺めているとふいに後ろから声をかけられ、振り返る。
「会社の人たちは平気だったの?」
「あー、…みんな酔っぱらっちまうだろうし、帰れってトムさんが」
「そう、シズちゃんお酒好きじゃないもんね」
くすくすと笑いながら行先は決まっているかのように二人揃って歩き出す。幸いこのクリスマスムードの中では誰も自分のことしか頭にないようで、臨也と静雄が二人そろって歩いていても気にする者はいない。それをいいことに臨也は静雄の手を取り、自分のポケットへと導く。
「なにすんだよ、触るな変態」
「良いじゃない。シズちゃん温かいんだもん」
一度は悪態をつくものの、ポケットへと導かれた手を戻そうとはしない静雄になんとも言えない愛しさがこみ上げる。
はあ、と白い息を吐き出せば寒いのかと問われ肯定をする。静雄は人通りの少ない路地の向こうに住んでおり、一本道を入れば外灯が頼りなく道を照らすだけで、ほとんどの人が街に出ているであろう今は本当に静かだった。
「…臨也、これ、やる。」
小さく呟くと同時に、静雄のポケットに入っていないほうの手が持ち上げられる。紙袋のようで、外見は無地で全く中身は分からない。
「なあに、それ。」
「クリスマス、プレゼント…」
「俺に、くれるの?」
「お前以外にだれがいるんだよ」
不貞腐れたように顔をそらすのは照れている証拠で、礼を言って受け取りポケットの中で繋いでいた手を離すと中を確認する。そこには温かそうな毛糸の塊があり、どうやらマフラーであるらしいことが手触りから分かる。
静雄がまさかクリスマスなんてものを意識しているとは思わなかったのでついつい頬を緩ませてしまい、再度礼を告げる。
どうやら先ほどの寒いのか、という問いはこれを渡すための勇気を振り絞った一言だったようで自分もちょうどいいタイミングで息を吐いたものだと思う。
もらったばかりのマフラーを巻いて、どうかな?と相手を見ればどこか嬉しそうに微笑んでいる恋人がいて、自分はケーキしか用意をしていないのにいいのだろうかと不安になる。
「シズちゃん、一緒に巻こうよ」
「は?気持ちわりい、良いよそんなの」
「いいじゃない、誰も見てないしさ」
渋るようなそぶりを見せながらも大人しく臨也に渡したマフラーを自分の首にも巻かれる静雄は、二人ようでもないのに無理がある、と思う。第一自分のほうが臨也よりも背が高いのだ。
「シズちゃんって、なんで俺より背が高いんだろうね」
「知るか。お前がチビなのが悪い」
「これでも一般的なんだけどなあ」
二人で巻くことは無理だと判断したのか静雄にマフラーを巻き、マフラーを引っ張って静雄の顔を引き寄せ、唇を重ねる。
「これで十分、温まったよ」
「馬鹿じゃねえの」
顔をマフラーへと埋めればまだ新品の香りがする。そのうち臨也の香りがするようになるのだろうか、と思うと不思議とまだ顔を埋めていたくなった。
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