燐雪燐 | ナノ
 





兄さんはいつだってずるいのだ、と雪男は思う。かつて自分たちがまだ幼く小学生だった頃、寒く暗い夜道で迷ってしまった自分を鼻や耳を真っ赤にした兄が必死で迎えに来たことがあった。自分だって寒いだろうに、自分が巻いていたマフラーを弟である雪男の首に巻き、「これで大丈夫だ」なんて笑っていたっけ。と昔を思い出して雪男はふと笑みをこぼす。
ベッドの淵に立っている雪男は、すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている燐を見やる。まだ夜も明けきっていないというのに、緊急の任務が入ってしまったのだ。


「ごめんね、行ってきます。兄さん」


そう小さな声で呟くと、そっと物音をたてないように部屋を出る。
今回の任務は随分とハードな任務らしく、悪魔の力に危険はそれほどないものの、数の多さがすさまじいためにこんな時間に学生兼塾講師の雪男までが呼ばれることになったのだ。雪男の腕は確かなものであるし、自分でも自信はあるためにそれほど不思議ではない。
だがしかし、おそらく兄である燐に任務の事を伝えれば「俺も行く」だとか「危ないから」だとか色々と文句をつけて雪男を送り出してはくれなかっただろう。朝になれば雪男がいないことにも気づくはずだが、夕方までに帰れば兄もそこまで心配したり不安にさせることはないだろう。

任務中も、襲い来る数々の悪魔に銃を向けながら、雪男は兄である燐のことを考える。いつからだったか兄を守る、と決めた自分はいつの間にか兄に守られ、そして自分も兄を守っている。……あの我儘な兄を。この悪魔たちは兄に比べれば扱いやすく簡単だ、とふと口角を上げる。
淡々と悪魔を倒していく雪男や他の祓魔師たちの頑張りの成果か夜が明ける前に家を出てからかなりの時間がたってはいるが、雪男の予測していた時間よりは随分とはやく任務が終わりそうで、これなら燐に余計な心配をかけなくて済む、と安心したと同時に後ろから突然攻撃を受ける。
なぜ一瞬でも気を緩めてしまったのか、と後悔の念を込め銃を放つ。背後から受けた傷は右腕に少しだけ痕を残した。これくらいなら自分でも手当できるだろう。先ほど雪男に襲いかかってきた悪魔が最後の一体だったようで、他の祓魔師たちもほっと力を抜く。雪男は心配する仲間に微笑み挨拶をすませると、鍵を使い自分たちの住まいである学園へと帰路につく。


学園の敷地内に戻ってみるともう夕方で、今は冬であるために日が落ちるのも早くもう辺りはすっかりと暗くなってしまっていた。


「兄さん、心配してるかな」


呟いて歩き始めると少し先に見える寮の入り口に燐が自分の名前を呼んでいるのが目に入る。ほぼ同時に雪男と燐はお互いに気付いたようで、燐は慌てて雪男に走りよる。


「雪男…!お前、どこ行ってたんだよ」

「ああ、ごめんね兄さん。結構ハードな仕事だったから」

「だったら余計伝えていけよな、朝起きたらいねえし、すげー心配したんだからな」

「うん、ごめんね」


少し困ったような、不安と安堵が入り混じったような表情で自分を叱ってくる兄に、任務前に思い出した幼少のころの思い出が重なり、思わず頬が緩む。
だから兄さんはずるいのだ、いつだって自分の心をとらえては離してくれない。任務中に気を抜いてしまったのは自分らしくないミスで、それも兄さんが自分の心を占領しているのが悪いのだ、と責任転嫁をしてみるもやはり馬鹿らしくなってふっと笑ってしまう。

すると目の前の燐はひどくつまらなさそうな表情で雪男をみていて、雪男はふと不思議におもい首をかしげる。


「兄さん?」


問いかけるように兄に一歩近づくと、兄が不貞腐れたように口を開く。


「お前また一人で色々考えてただろ」

「そんなこと、」


……ないよ、と続けようとした言葉は燐の口へと吸い込まれてしまう。言葉を発するために開いていた口にはちょうど良いとばかりに兄の舌が侵入し、あまりこう言った経験がなくぎこちないながらも燐に口内をぬるりと動き回られる。


「ん、ふ…」

「……ん、」

「ふぁ、にい、さん?」


唇が離れると同時にどうして急にこんなことをするのだ、という意味を込めて兄を見る。
拙い舌の動きでさえ、しかも外で自分は小さくとはいえ声を漏らしてしまっていたのだと思うと雪男は顔が火照るのを感じる。


「おまえは、俺のことかんがえてりゃいいんだよ」

「…はは、なにそれ」


顔をそらしながら言う燐はどうやら自分でも少し恥ずかしいようで、暗くてあまり見えないがきっと顔は赤くなっているのだろう。
雪男がたった今考えていたのは目の前にいる自分のことだというのに、嫉妬をしているように雪男に「良いから、早く帰るぞ」などと言い先を進んでいく。


「あ、待ってよ兄さん」




怪我をしていることを兄に言えば、おそらくまたひどく心配そうに眉を寄せるのだろう。
だがしかし手当と称して、兄に甘え、そして甘えられるというのも、良いものじゃないだろうか。
照れたような、でも嬉しそうな兄の表情を思い浮かべまた頬を緩ませると、雪男は燐の後を追い寮へと足を踏み入れた。





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