ツルバキア | ナノ
 





最初はただ嫌いだから、自分の周りに彼の香りがすると反射的に彼をさがしていたのだっけ。
ふと煙草の煙を吐き出しながら静雄は振り返る。自分はいつのまにこんなにも彼の香りを好むようになってしまったのだろうか、と。彼の香りは彼とよく似ている……いや、というよりも彼そのものなのだと、静雄は思う。いつのまにか中毒のように彼を求めてしまう。そして彼自身が本心を誰にも見せることがないように彼の香りもまた同じように甘ったるい香りをまといつつ、本当の彼の香りを誰にも見せないのだ。


静雄はすん、とまるで犬のように慣らすと、数百メートル先にいる彼を見やる。彼――臨也も臨也で静雄を見つけたようで、そっと口角を上げる。
静雄は馬鹿らしいといわんばかりに目をそらした。彼らが視線を合わせていたなどということに気づくものは誰もいない。
今日の臨也はあの甘ったるい香りを纏い隣に女を連れていた。静雄は臨也のその行動がどうせくだらない事だろうと気づいていたし、臨也がわざわざ池袋で女を連れているところを自分に見せつけたかったということも理解していた。心底、馬鹿らしい。

まだ吸えるであろう煙草を靴で踏み火を消すと、まだ残る煙で臨也の香りを消すように、煙をくぐる。そして、静かに歩きだした。






臨也が自宅兼事務所である新宿の家に帰ると、予想していたように静雄のくつが玄関に乱雑に置かれていた。
ひとつため息をつき、靴を整えるとコートを脱ぎながら静雄お気に入りのソファーのあるリビングへと足を運ぶ。


「シズちゃん?」


名を呼びながらやけに静かなリビングを覗くと、簡単にみる限りでは静雄の姿はみえない。よくよく見ると、ソファーの肘掛のところから金色の髪が見えていて、小さく微笑む。
近づいてみると静雄はまるで眠り姫のように静かに寝息を立てている。
臨也はそっと髪をなで、自分の服から香る、今日の暇つぶし相手の香水がやけにきつかったことを思い出し、波江にクリーニングに出すようにとメールを打ちつつ、シャワーへと向かう。
きっと、この女ものの香水をまとわせている自分に静雄はまた不快そうに眉を寄せるのだ。自分は彼だけのものだというのに。
しかし、臨也にとっては静雄のそんな表情すらひどく愛おしく、彼の悲しそうで苦しそうな表情も見たいと思うのだ。
シャワーを浴びて女の匂いと自らの香水のにおいを落とすと、再びリビングのソファーへと戻る。

ソファーの背もたれのところから静雄の髪を再度撫で、額にキスを落とす。


「シーズちゃん、ただいま。」


その声に目を覚ましたようで、急に起されたのが不快だったのかひどく期限が悪そうに目をうっすらと開けると、臨也の首に腕をまわし、少し起きあげり首筋に顔を寄せる。


「シズちゃん?」


不思議そうに問いかけながら、珍しく甘えてくる静雄の背をそっと撫でる。おそらく寝呆けているのだろう。少しの沈黙の後、小さな声で静雄がつぶやく。


「……お前のにおい、落ち着く」


聞き取れるか聞き取れないかの小さな声でそう言うと再び眠りへと落ちてしまったのかまた静かになる恋人に、臨也は苦笑する。


「どうしちゃったのさ、本当に」


調子が狂うじゃないか、そう呟いた臨也の顔は少し赤く。自分は本当に静雄には簡単に色々な物を崩されてしまうのだと思い知り少しくやしくもあり、そんな静雄だからこそ愛おしいのだとも思う。……これだからシズちゃんは、


そっと首にかかる腕をとくと、唇を重ねる。誘ったのはそちらだとでも言うように頬や瞼、首元にも唇を落とすとシャツのボタンをゆっくりとした手つきで外し、鎖骨に赤い花を咲かせる。

今は幸せそうに眠る彼の、恥ずかしそうで少しこまったような、泣きそうな顔が見れるのは。かわいらしく、そしてはしたない声が聞けるのは、もうすぐだ。


かれが落ち着く、という香りを思う存分かがせてやろう。



自分の香りにすら嫉妬するなんて馬鹿だな、と彼は笑うのだろうか。





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