「シズちゃん、この子たち今日から俺たちの子供ね。」
そう告げた臨也は笑顔だった。
静雄と臨也は所謂犬猿の仲…高校時代から続く殺し合いをする仲であるにもかかわらず、そしてまた同性同士であるものの、恋人同士であった。
もちろん喧嘩をすることは当然のようにあるのだが、なんら普通の恋人同士がすごす日々と変わらないことを二人も例外なく過ごしていた。
臨也の家に誘われた静雄は、あと少しで終わるという臨也の仕事の邪魔にならないよう、大人しくリビングで甘いミルクティーを飲みながら待っていた。そんな静雄に対して別室から出てきた臨也は小さな子供を2人連れていて、静雄は思わず言葉を失う。
「……――は?」
やっとの思いで出した言葉はただの空気ともとれるような音で、臨也はそんな静雄を見て歌うように笑う。臨也が静雄の理解できる範囲外で物事を起すことはいつものことであるが、そんな、突然自分たちの子供だなんて。怒鳴ってやりたい気持ちはあるが、まだ幼く右も左もわからないであろう子供の手前、ぐっとこらえて深いため息をつく。
臨也のことだ、もしかしたら自分の他に情報を手にいれるために孕ませた女がいるのかもしれない。いや、でも臨也はそう言う部分では案外誠実で……恋人であるのに、臨也に絶対的な信頼を置いている訳でないのは臨也の普段の行いにあるのか、静雄が同性同士で、しかも殺し合いをする仲なのに恋人である、というところをどこかで気にしているからなのか。
もう一度大きなため息を吐き出した静雄は少し冷静になったのか、臨也の足元にひっついている2人の子供を見やる。
「名前は?」
「もう決まってるよ、この子がサイケ、この子は津軽」
俺たちの子供といったわりには名前もすでに決まっている、という恋人に多少の不快感を抱き、眉を寄せる。しかし、恋人の足を頼りなさそうにつかむ子供が自分を見る目はまっすぐで、輝いていて。ゆっくりとしゃがみ、同じ目線になると2人の頭を撫で、微笑む。
「よろしくな。」
静雄の表情と言葉に、臨也がどこか安心したように笑った。
それからは大変だった。もともと子育てなどとは無縁な生活を送っていた男の静雄が、突然母親代わりとなって幼児の世話をしなければならなくなったのだ。
今まで通り、ただ臨也と恋人であるというなら池袋の自宅から通えばよかったものの、子育てとなれば話は別になる。臨也からの提案で、しばらく彼の家に住まうことになったのだ。荷物はすくなかったものの、仕事は新宿から通わなければならなくなり、通勤時間が増えたことが何よりも静雄にとっては大変で、家に帰ればまた育児と家事が待っている……それだけで、憂鬱だった。
とはいえ、いざ家に帰ってみるとサイケと津軽が嬉しそうに玄関で出迎え、家で仕事をしていた臨也も同じように「おかえり」というだけで、どうでもよくなってしまうのだけれど。
サイケは、やんちゃだった。小さいながらもどこか臨也に似ていて、よく津軽に悪戯をしたり、静雄に「しうちゃん!」などと臨也の口調を真似て話しかけてきたりもしていた。黒い髪に時折見せる悪戯っぽい表情はまぎれもなく臨也の子供であるということがどうしても見てとれた。
一方津軽はサイケに比べて大人しいものの、静雄のことを遠慮がちに「おかあしゃん」などと呼び、甘えてきたり、小さいながらも静雄の手伝いなどをしてくれていた。津軽は臨也には全く似ていなく、はちみつ色の髪がどことなく自分と似ているような気がしていた。
子供の成長速度など全くわかっていない静雄だが、自分をまるで本当の母親のように慕い、ついてくる子供たちを育てているのは悪い気はせず、すっかり親らしくなっていた。
「臨也ー、メシつくっちまうからこいつら風呂入れといてくれ」
「やー!しうちゃんとはいる!」
「だめだ。俺はおまえらのご飯つくるんだぞ。臨也の作った飯がいいのか?」
「やっ!」
ここのところサイケはすっかり静雄になついてしまったようで、何かと言えば静雄と行動したがった。それは津軽も同じようなことで、戸惑ってはいるものの、臨也が「どっちとお風呂入りたい?」などと問いかけたところ、おずおずと静雄に抱きついてきたのをどこかくすぐったく思ったのは最近のことだ。
「じゃあさっさと臨也と風呂入ってこい。な?」
「えー、俺だってシズちゃんとはいろうと思ってたのになあ」
「うるせえ。お前まで我儘言うんじゃねえよ、さっさと入れてこい。」
静雄がキッチン越しににらんでみせると、すっかりママになっちゃって。などと苦笑しつつ、風呂へと向かう。1人になってしまえば、テレビはついているものの、無駄に広いこの空間を寂しく感じてしまう。ふと、自分の本当の子供でもないのになぜ俺は子育てをしているのだろうか、などと負の感情が静雄を支配する。1人の空間は、時折こういった負の感情をもたらしてしまってだめだ。
たとえ血がつながっていようといなくと、自分を慕い、好いてくれている静雄の子供であるということには違いないのに。
繰り返す自己嫌悪とともに、ぐるぐると鍋のシチューをかき混ぜる。はっと我に返ると鍋の中はぐつぐつと煮え立っていて、火を止め、皿へとよそっていく。
夕食の準備を進めても気分は晴れず、とうとう夕食が終わり、子供たちが寝付くまで静雄はぐるぐると負の感情に引っ張られてしまっていた。
「シズちゃん?」
2人を寝かしつけ終え、リビングのソファーに座りゆったりとしていた静雄に、臨也が声をかける。
「お疲れ様、」
そう言いながら臨也は静雄の隣に腰をおろし、そっと髪を撫でる。静雄の鼻に、臨也のシャンプーの匂いが届き、ゆらゆらと不安定だった心が、少し落ち着いたような気がした。
「ん……」
こうして臨也に髪を触れられるのも久しぶりだ、と思うものの、やはりどこか沈んだ気分のせいか、素直に喜ぶことができない。
「何を考えているのかな、シズちゃんは。」
静雄の頭を自分の肩へと引きよせた臨也は、あやすように問いかける。「子供たち、嫌になっちゃった?」自分をあやすような、でもすこし不安もまじっているような声色に小さく首をふれば、じゃあなあに。と優しく問われ、臨也にはかなわないのだと、小さく口を開く。
「俺の、子供だけど…俺の子供じゃねえんだよな、って考えちまって。」
そんなこと、思いたくないのに、と消えるように呟けばしぜんと顔は下を向いてしまう。膝の上で作っていた拳を見つめていると、臨也の温かい手が添えられた。
「シズちゃん、こっち向いて?」
片方の手が頬に添えられ、触れられた部分はどこか熱を持っているようで。臨也の端正な顔が横から近づいてきたと思えば、ゆっくりと唇が重なる。初めは安心させるように軽く、啄ばむように、何度も何度も。次第に頬に添えられていた手が首筋へと渡り、膝の上でいつの間にかからめられていた指も行為を思わせるようにいやらしくなるにつれて、キスも深くなる。唇を舐め、酸素を求めて開かれた隙間から入り込む舌に、翻弄される。
「ん…、ふ、ぁ」
「は…っ、」
歯列をなぞり、縮こまっている舌をぬるりと絡め取られ、薄く眼を開けると少し余裕のない臨也の顔に、欲情する。後頭部へと首筋から手が移動すれば、キスはより激しさを増す。舌を軽く座れ、舌に歯を立てられる感覚は何度味わっても慣れないもので、思考がどうしても停止してしまう。
どこからが彼で、どこからが自分であるのか。ぬるりとした舌の感覚が心地よく、目を閉じているせいで舌の動きをより意識してしまい、お互いの濡れた唇を想像し、また熱くなる。
いつの間にか腕を背に回していたようで、長いキスが終わるころには静雄はぐったりと臨也に寄りかかっていた。
「あは、やあらしいな。」
濡れている静雄の唇を親指で拭い、楽しそうに笑う臨也に、自分が何にもやもやと考えを巡らせていたのかわからなくなる。
「あの子たちは、俺とシズちゃんの子供だよ。」
先ほどとは違い、どこか真剣な目付きでいう臨也に、静雄は意図せず出た低い声で返す。
「男同士で子供が生まれるはずもねえし、俺はガキを産んだだ覚えはねえ」
「うん、そうだね。でも、あの子たちは、君と、俺の子供なんだよ。」
「意味わかんねえ…」
とうとう涙交じりになる静雄の瞼に一つキスを落とすと、臨也はゆっくりと静雄の手を取り、自分のパソコンの前へと誘い、優しい声音で続ける。
「ほら、サイケ…俺に似てるでしょう?それは、俺の子だから。」
画面に映し出された小さな子供を指差しながら言う臨也に、小さく頷く。
「…津軽は、シズちゃんに似てる。ねえ、そう思ったことはない?」
スクロールして出てきたのははちみつ色の髪をした、子供。たしかに、自分に似ているような気がしなくもない。でも、自分は産んでいない。臨也の意図していることがますますわからず、黙ってしまう。
「みてて、」
静雄の髪をまた優しく撫でた臨也はキーボードを操作し、また新たな画面を開く。
「此処の、母親のところに君の名前を入れる。そして、父親のところはもちろん俺。…そして、君の特徴、好きなもの、性格を入力していく。同じように、俺の分も。そして、写真を送る。」
もうすでに入力は完了されているようで、スクロールバーを動かしていき、エンターキーを弾く。
すると、そこに表示されたのは寝室で眠っている二人の子供とまったく同じ寝顔。
「これはね、子供ができない夫婦や、俺たちみたいにな恋人のためにできたシステムでね。二人の名前、性格…生まれてくる子供の希望する性別を入れて、本当の人間そっくりの…ううん、99%本当の人間と同じ子供を、お届けしてくれるシステムなんだ。…だから、あの子たちは誕生日だって来る、成長だってする、立派な、俺とシズちゃんの子供だよ。」
「難しくて、よくわかんねえよ…」
嘘だ、いくら静雄といえど、なんとなくは理解できる。臨也は、……―――
「シズちゃん、結婚して。俺と、一緒に…あの子たち、育ててくれる?」
「強引なのか、引いてんのかどっちなんだよ手前は。」
そう言った静雄の表情は明るく、小さな声で顔を赤くしながら「よろしくおねがいします、」と呟いた。
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