佐藤さんと日野君と悩み


いいから任せなさい、の一言と一緒に台所に向かった佐藤さんの背中をジッと見つめること20分。この20分で得た知識は知ってるけど佐藤さんの筋肉質な背中はカッコイイということと、バラエティー番組はどれもこれも似たり寄ったりでよく分からないということ。そして何よりかけがえのない知識を手に入れた。それは佐藤さんの味噌汁の味。しょっぱいと苦いの間をぶらぶらとぶら下がってる、微妙の頂点を極めたテイスト。感動だか何なんだかで言葉を失っている俺の代わりに向かい側で自作の味噌汁を一口だけ飲んだ佐藤さんが苦笑いした。誤魔化すみたいにしてリモコンのボタンを押して忙しなくチャンネルを変えてく。代わる代わる左上のアナログというカタカナを映す暇も無く移り行く画面。あ、か、な、よ。一言喋るまもなくさよならしていくアナウンサーや芸人や芸能人に何の未練も感じなかった。最終的にぶつんと切られてしまおうが、真っ暗になってしまおうが、別に。暫くの沈黙の後に佐藤さんがやっぱり苦笑した。

「それ見ろお前が居なきゃおじさんは味噌汁もままならねぇのよ」
「そうみたいですね佐藤さん」
「俺にお前は必要なんだよな」
「そうみたいですね佐藤さん」
「お前に俺が必要みたいにしてだ」
「つまり相思相愛ってこと?」
「泣くなってこと」「ちぇっ」
「ジブリみたいな舌打ちすんな」

ふふ、佐藤さんは笑うつもりはなかったのについつい笑ってしまったというときそういう笑い方をする。俺はその笑い方が好きだ。つーか何回でも言わせて欲しい。佐藤さんが好きだ。だから佐藤さんがたった一口でギブアップした味噌汁も全部飲めるし、笑ってくれただけでもう泣かないことだって可能。素晴らしいものである。表彰ものである。そう思うのは俺だけっぽいなぁ。味噌汁放置でぷかぷか煙草の煙を浮かべる佐藤さんの顔を少しの恨めしさを込めてジッと見る。

「そんなに見てもこれ以上は男前にはならねぇぞー」
「こんなに見ても俺のこと好きになってくれないんスか」
「だって、お前ね」「う、わ」

どうせいつもみたいに流されると思いきや引き寄せられてカエルみたいな声が出てしまった。シーズンだ、カエルの鳴くシーズンだけどこれはない。何より無いのは佐藤さん。何故タバコを吸った直後にキスなんかするの。ファーストキスがニコチン味なんて酷いや。俺はファーストキスはレモン味だって都市伝説を信じてたクチなのに。ぐるぐる=フリーズした俺の鼻先で佐藤さんがまるで何でも無さそうに笑った。指先にはマイルドセブン。佐藤さんが愛してやまないバラエティー番組は今テレビ画面に映ってない。無音だ、無音もいいとこだ。くそう、カエルでもセミでも鳴けよ。耐え難い。

「何だよキスされたがってたくせに」
「タイミングが悪すぎるよ」
「何の」「味噌汁と煙草味って」
「レモン味が良けりゃ今から互いにCCレモン飲んでやり直そうか」
「いや、いい………っ、ん」

ははん、馬鹿にした笑い方。人をおちょくる笑い方をして油断させて、また引き寄せて。おまけに舌まで入れて来てしまうんだから佐藤さんは変態だ。ニコチンと味噌汁の味がぬるぬる浸食する。何のサービスなんだろう。意識がぼんやりして来た、と思ったら離れた。だからやめろそのにやけ面。かっこいいけどさ。

「大人と恋愛するってことはこういうことが頻繁に起こってしまうわけさ」
「佐藤さんが変態なだけじゃないんですかね。そこが心配なんですが」
「大人は9割方変態だよ」
「子供に何てこと教えんだアンタ」
「軽蔑しただろ」「いや、好き」
「そう?」「好き」「じゃあ俺も」

肝心の好きだよ、は床に押し倒されるときに頭をぶつけた音であまり聞こえなかった。あとから聞いた話、何で今まで散々拒否したのにOKしてくれたんですかという問いに佐藤さんは即答した。「勢いでベロチューしたら止まらなかった!てへっ!」何だかとんでもないむっつりを捕まえてしまったと心底思った。でも同時に幸せだなとも思った。俺も大概変態かな。まぁいいや、佐藤さんとお揃いだし。


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