佐藤さんと日野君と悩み

「だからって俺の所に来られてもな」「だって」
「だってじゃなくてさ」「だって会いたかったんだもん」
「だもん言うな。可愛くない」「ふはは」「ふははじゃねぇよ」

きっぱりすっぱり切り捨てる割りには休憩時間を割いて話を聞いてくれるし、コーヒー買ってくると言ったくせにしっかりコーヒーが飲めない俺用にペットボトルのカルピスウォーターを買って来てくれた佐藤さんは優しい。無地の白いTシャツにじっとり滲んだ汗の匂いと香水の匂いが好きです。佐藤さんが好きです。抱きつきたい衝動を抑えてカルピスの蓋を開ける。佐藤さんは缶コーヒー片手にぷかぷか煙草の煙を浮かべている。渋い。

「ねぇ佐藤さん」「何」
「年下ってめんどくさい?」
「うん」
「恋人にしたくない?」
「うん」

ぐさっと来た瞬間、いつもより割りかし優しい手で頭を撫でられた。まるで傷をケアしてるみたいだ。ドラクエでいうホイミ的な効果だ。好きって言ってくれないくせに優しいなんて迷惑だ。でも好きだ。カルピスを飲みながら葛藤している俺の横で佐藤さんが煙草の煙を吐き出す。カルピスは白くて煙草の煙も白い。こういう風に一緒になれたらいいのに。こういう風に気持ちも一緒になれたらいいのに。難しいもんだと、溜息を吐いてみたりする。

「まぁそんなに落ち込むなよ青少年」
「この溜息の理由は落ち込んだからじゃないです」
「じゃあ何」「自分の胸に聞いて下さい」「何も聞こえない」

短くなった煙草を灰皿では無く地面に捨てて靴の裏で踏み潰してさようなら。相変わらず地球に優しくなくエコの時代を逆走している人だと思う。そして一瞬だけ自分の胸に手を当てて肩を竦める佐藤さんは、大概不真面目だ。正しく言うと真面目に不真面目だ。憎めない。だがしかし憎くてもやもや。もやもやが晴れないで表情までも曇っている俺をベンチに置き去りにして一足早く佐藤さんがベンチから腰を上げる。後姿が逞しい。カッコイイ。ついついシャツの裾を思いっきり引っ張ってみたりしたら、案の定迷惑この上無いとばかりの顰めっ面をされた。自分に正直佐藤さん(40)

「何」「もう行っちゃうんですか」
「行っちゃいますよ休憩終わりだし」
「寂しい」「なよなよするなそれでも男か」
「寂しいに性別関係無い」「恋愛にも性別関係ねぇしな」
「じゃあ年齢も「それは関係あるよ少年」

むに、人差し指を唇に押し当てられてしまっては黙り込むしかない。
去り際に味噌汁作っとけよと合鍵を渡された。
誰がわざわざ隣の部屋まで味噌汁つくりに行ってなんて
そんなこと、そんな親切なことを、健気なことをして

やるもんか!と言いたいところだけど来てしまいました。えへ。自分で言ってて虚しくなりつつ台所の棚から鍋を一つ取り出す。大鍋で3日分位作って暫く顔を合わせたくない気分でもあるが、でもやっぱり毎日会いたいのでそこは自分に妥協して小ぶりの鍋を選ぶ。こんな自分が嫌だという自己嫌悪はまな板の上の葱と一緒に刻んでしまった。ざくざく、ざくざく、ざくっ。痛い。俺がじゃなくて、俺の指が。じわりと滲んだと思ったも束の間だらだら流れてくる血をぼんやり眺める。涙もこんな具合に滲んでだらだら流れてくれたら楽なんだろうけど、生憎俺も男というものでプライドというものがあるわけでして、つまり

「泣けないんだよね」

一人でぽつりと呟いて指を流れる血をべろりと舐め上げる。不味い。ちゅうちゅうと吸っていたら、学校にコーヒー牛乳を飲みかけのまま置き去りにして来てしまったことを思い出した。失敗したなぁ。トンカチの口癖ではないけれど大体、俺は何をやっているのか。学校を5時限めで抜け出して来たはいいけど何をしてんだろう。いや、味噌汁を作っている。いやいや、でも何で味噌汁作ってんだろう、指を切ってまで。好きって言ってもらえるわけでもないのに。少し泣きそうじわって来る前に、がちゃって鳴った。何このタイミング。泣きそう。

「ただい…痛!何その指痛い!」
「佐藤さーん」
「やめろ抱きつくな俺に血が付く」
「ひでぇよ佐藤さん」

感動の再会としてハグしようと腕を広げたっていうのにそれはない。一発本当に泣いてやろうとしたら、セブンイレブンのビニール袋を渡された。中には週刊少年ジャンプとコーヒー牛乳と唐揚げが入ってた。俺の好きな物を集合させるとこうなる。顔を上げたら佐藤さんは既に俺の目の前から部屋の奥に移動していて服を着替えていた。汗臭いTシャツを脱ぎ捨てながら、涼しい顔しちゃってこんなことを言う。

「お前元気なかったからさ、買ってきた。恩に着なさい」
「……」「…え、何。泣く程嬉しいの?それとも泣く程痛ぇの?」
「さ、佐藤さんが…カ…カッコ良くて…」
「それは知ってると言うのに」

先程まで主張していた男のプライドは神隠しに遭ってしまったようで、多分今頃豚になってしまった両親を見つけて衝撃を受けているだろう。かく言う俺は指から流れる血みたいにだらだらぼたぼた泣いていた。佐藤さんの骨張った大きくて硬い岩みたいな手でぶっきらぼうに頭を撫でる。それでも、何でだか泣き止めなかった。それは恐らく佐藤さんがいつもみたくめんどくさそうじゃなくて、困った顔をしてたから。んな顔すんなバカ。

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