佐藤さんと日野君


「それで、何でお前こんな時間に帰って来たの。遅ぇよ」
「佐藤さんが飲み会だって言うから、家に居ても暇だし」
「寂しかったんだろーそうなんだろー、ははははは」

酒を飲むだけ飲んだらこうなるという見本と化した佐藤さんが吸っていた煙草をボロアパートの錆びた鉄の階段の手すりに押し付けてる。そんなモラルの欠片も無い消火活動をした直後に俺を正面から抱き締めて、がしがし、犬でももっとマシな撫で方をするよって感じの豪快極まりない撫で方で俺の髪を撫でた(っていうか掻き回した)そんで酒と煙草臭いいかにも体に悪い匂いがする唇で俺にデコチューする学生みたいなノリ。でもこの人は40歳。でもでもそういうとこが好き。だからどさくさに紛れて唇にキスしようとしたのにあっさり避けられた。こんちくしょう。

「まぁいいや俺の部屋に来いよ」「俺これから晩御飯」
「いいから俺の部屋で味噌汁作れよ、話はそれからだ」
「キスさせてくれたら考えますが」「それはダメー」

あはは、と笑ってやんわり拒否しておきながら強引に部屋に引っ張り込まれる
俺の部屋に鍵突き刺さったままなんだけどな、まぁいいか、どうでも

連れ込まれた部屋は煙草と香水とその他色々な匂いでつまり柄が悪い匂い。佐藤さんが脱ぎ捨てたスニーカーを丁寧に整えてから俺も部屋の中に進む。ベッドとベッドサイドのテーブルとクッションとソファ、あとは台所と風呂まさに必要最低限の家具と設備だけのシンプルイズベストな佐藤さんルーム。しょうがなくマクドナルドの紙袋を台所のシンクに置いて、手ごろなサイズの鍋を探している俺の後ろで佐藤さんが着替えている。ちらっと盗み見しようとしたのと、手が伸びてきたタイミングは同じだった。

「それじゃなくてそっちの鍋で作れよ」
「え、それじゃ作り置きできねぇよ佐藤さん」
「毎日作りに来いよ」「めちゃくちゃだよ佐藤さん」

上半身裸の佐藤さんにも、無茶苦茶ないい分にもときめく
乙女を通り過ぎて俺は変態だと思う。本当にそう思う。

「味噌汁の具、何が良いスか。つか何が好きですか」
「ワカメ」「俺のこと好きですか」「あー腹減った」

聞き流されること前提で聞いたものでダメージはあまり無く「ちょっと待ってて」と涼しい顔でカットワカメの袋を開けて水に浸すことが出来る。これってある意味特技だと思うんだ。ざらざら、乾いたワカメらしい音をたててザルに落ちるワカメ。ちゃぽん、元の形に戻る為にボウルの中にザルごと浸るワカメ。そしてベッドに腰掛けてテレビのバラエティ番組を観てる佐藤さん。そして何故だか帰宅もしないで隣の部屋で味噌汁を作る俺。通い妻というよりかは、良いように利用されてるだけな気がする。そんな一抹の不安は味噌と一緒にお湯の中に溶かしてしまおう、それがいい。重い空気を吹き飛ばす為にぼろく、ついでに言えば汚い換気扇をフルに回す。

「味噌汁に換気扇はいらねぇだろ」「佐藤さんのせいだ」
「何で?」「鈍感ー佐藤さんの鈍感ー」「黙れクソガキ」

あぁ出た、佐藤さんの口癖
クソガキじゃないやい、佐藤さんのアホ

クソガキって言われたってなんだって味噌汁は着々と出来上がってしまった。味噌を溶かした中に味の素という名の化学が産んだ調味料を大量投下して、若干戻り過ぎた気もしないでもないワカメを味噌汁の中で溺死させる。ざばざば、おたまに纏わり付くワカメに負けずお椀の中に汁を注いだテーブルに置いた途端に佐藤さんの顔が分かりやすく緩んで、笑えた。

「そうやって笑ってたら可愛いのになぁお前は」「だって佐藤さんが」
「俺が何」「鈍感」「鈍感って何が」「そこが鈍感」「あぁそうかい」

箸でワカメを摘んでは食べ摘んでは食べる佐藤さんの正面で、すっかり冷めたチーズバーガーを齧る俺は明らかに拗ねている。美味しくないなぁと思ったら、代わりに佐藤さんが美味いと言った。そんなときめくこと言ったって機嫌直してやんねぇからなボケ。完全にへそを曲げた俺の足を佐藤さんの足が軽く蹴る。痛いよ普通に。

「おい、愛してるから機嫌直せ」「そういうのが鈍感」
「じゃあ抱いてやるから機嫌直せ」「……」「まんざらでもねぇんだな」

目を細めて笑う佐藤さんは、だってどうしてもカッコイイ。チーズだけ先に食べてしまって、ただのハンバーガーに成り下がったハンバーガーをテーブルに置いて縦に頷いた。

「佐藤さん、味噌汁冷めますよ」

今の今まで向き合ってアメリカと日本な食事をそれぞれ楽しんでいた筈が、いつの間にやら床の上で重なっていたことについて白々しいコメントをする。すると佐藤さんは俺の脚の間に入った状態で「知るか」とそれはもう部屋の中みたいにシンプルイズベストな解答を俺にくれた。すっきり。俺のズボンのベルトを外して、「腰上げろ」と囁く声が低くてぞくぞくする。本当に乙女を通り越して俺は変態だ。もうどうしようも無い。
どうしようも無いから素直に腰を上げてしまう。どうしようも無い。ずるり、あっさり下げられたズボンを恥ずかしいとも何とも思えなくなった

「お前のチーズバーガーは最初から冷めてたし時間掛かってもいいよな」
「時間掛かってもいいから、挿れて」「それはダメ」「ケチ」
「そういう問題じゃねぇ」「じゃあどうゆう、「あぁめんどくさい」

いいから集中しろよと始まった行為は今日も俺だけが気持ち良いだけだった。佐藤さんはやっぱり鈍感です。ドン引きじゃないです、ただ、何か寂しかった。


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