佐藤さんと日野君とすれ違い


見てしまった、と思ったっていうことは直接後悔に繋がると思っていた。でも今俺の胸の中にあるのはぐちゃぐちゃと水分を含まない筆でかき混ぜた二種類以上の絵の具を混ぜた、そんな感じの、つまり見た目綺麗じゃない、そんな具合の気持ちだった。後悔ではない、後悔じゃないなら、えっと。混乱する頭が煙を出して壊れてしまう前に一旦現状から離脱した。混乱の原因に背中を向けて大きく息を吸い込む。3回深呼吸をすると大抵のことはどうにかなると理科の先生か体育の先生が言っていたような、TVだったような、情報源は曖昧だけど取り敢えず実践。スーハー、スーハー、スーハー。よしこれでだいじょ、ばない。振り向いた先にあるものは相変わらず混乱の原因であり、元凶であり、マイナス要素で何もプラスしなかった。現実はそんなに甘くない。

「何これ、何で、こんなん」

積み上げられたCDの下、一番下、佐藤さんが風呂入ってる間暇だから音楽でも聴こうとしていただけなのに。あややのCDあったら面白いなってふざけただけなのに。いっそ自分を褒めたい。よくこれだけ予想外な物見つけましたね偉い偉い。しなかったのは、分かっていたからだ。それが通用するのは警察犬だけだって。

「あー、さっぱりしたー」

風呂場から聞こえて来た声に気持ち悪い位反応して元凶を元あった場所に、積み上げられたCDの下にねじ込もうとしたらCDが雪崩を起こして床にばらまかれた。足の小指に角っこがぶつかった。泣きたい。泣かなかった理由も、分かっていたんだ。痛くて泣くのは7歳児までだし、本当は痛くて泣きたかったわけじゃないことも。警察犬の方が俺より恐らく何百倍も賢く利口に生きている。

「すげぇ音したんだけど何、あっ、お前何してんだよ!俺が絶妙なバランスで積み上げたCDを!」
「え、あ、うん、ごめん」
「別にいいけど…つーか、何固まってんの?日野ー、ひーくーん、おーい」

風呂あがりで下にスウェットだけ履いた佐藤さんの髪からぽたぽた水が滴る。水も滴る良いオッサン、水滴らなくても良いオッサン。だからか、納得した。目尻に滲んだ涙がぽたぽた落ちた。涙が滴っても水が滴っても俺はただのガキだ。だからだ、分かった、全部。俺生まれ変わったら警察犬になろう。それかそれ位賢く利口な人間になる。決心したのとほぼ同時刻に佐藤さんに顔をのぞき込まれた。水でしんなりした髪の毛が軽くかかっている目が丸くなっている。ビックリしたのかなあ。一番さ、ビックリしたのはさ、俺だってば。

「え、何泣いてんの?痛ぇの?」
「………………佐藤さん嫌いだ」
「え、何でそうなんの?」

ビックリした顔から少しムッとした顔へ。佐藤さん案外分かりやすいな。こっち向けコラ、言いながら伸びてきた手を叩いて避けて逃げるみたいに佐藤さんのアパートの部屋を出た。佐藤さんは追いかけて来なかった。そりゃあこんな寒い日に下にスウェットだけじゃ寒いもんな。なんて言ってる場合じゃない。Tシャツ一枚にジャージだけの俺に人のこと言えない。かと言って佐藤さんの隣の部屋には帰れない(ヤンキーあがりの佐藤さんにあの薄っぺらなドア蹴破られておしまいな未来はお見通しだからだ!)途方に暮れつつ、ぐすぐすしながら藤枝君に電話発信。すごい音をたてて扉を開けて出て来た佐藤さんに見つからないように、俺は真冬の夜の道をTシャツとジャージだけで走った。何回でも言おうじゃないか。俺は生まれ変わったら警察犬になる。賢く利口に、生きたいや。


お母さん、事件です。俺は今日、大好きなオッサンの部屋でお見合い写真(しかも眼鏡で童顔で料理上手そうで巨乳ないかにも佐藤さん好みな女の人の)を見つけてしまいました。

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