藤枝君と日野君の友情


「それで?」「え?」
「加藤さんだかと最後までシたの?」
「佐藤さんだよ、藤枝君」
「あぁ、ごめん。で?」
「最後までシてないよ」
「そう、それは良かった」
「え?」「何でもないよ」

どーでもよさ気に(俺の勘違いだろうけどどこか不機嫌そうにさえ見えた)机に頬杖をついてかなり適当に話に耳を傾けていた藤枝君の表情が少し柔らかくなった気がしたんだけど、そうか気のせいか。それにしても、それにしたって、昨日の余韻が残る俺の脳みそはとてつもない乙女仕様らしく未だにふわふわとしてイメージとしては千鳥足の酔っ払いだ。勝手に口元がにやついて、うえへへなんて気持ち悪い声が勝手に出てしまうんだからもう異常だ。それを証拠に藤枝君の顔ときたらそれはそれは…これは…うーん上手く表せない。考えている間に藤枝君に缶ペンケースで頭を叩かれた。それなりに缶が凹む音と、角が当たって涙目になる俺を尻目に藤枝君は眼鏡の奥の目を細める。案外サディスティック藤枝君。

「何すんのさ」
「幸せな日野に天誅ー」
「酷ぇや」
「今に始まったわけじゃないだろ」

それより、そろそろ帰ろう。まるで何事も無かったかのように市松柄の派手なリュックに凶器の缶ペンケースを押し込んで藤枝君が言うので、俺はその流れに圧倒されながらも渋々藤枝君同様荷物を纏めて立ち上がるしかなかった。ガラリと開けた教室の白い扉の先には渡り廊下をなぞるように窓が並んでいて、そこから見える夕暮れのオレンジがいつ見ても眩しくて俺はいつも通り立ち止まり、藤枝君はいつも通り何てことは無さそうにスタスタ歩いて行ってしまう。それに驚きながら少し遅れて藤枝君の背中を追い掛ける。これが藤枝君と俺の"いつも通り"。俺は藤枝君を親友だと思ってる。一度藤枝君にそう言って、藤枝君はどうなのと聞いたらさっきの缶ペンケースで殴打事件と似たような行動に出られたことがあったから今は思うだけにしているけど。藤枝君は案外サディスティックで、それでいて意外に照れ屋だ。そしてモテる。俺はずっと前からそれを確信していて、たった今、まさになう、再認識させられてしまった。藤枝君め。

「ふ、ふふ、藤枝先輩!」

廊下の角を曲がった瞬間、夕焼けのオレンジから一転暗がりに切り替わる生徒玄関付近に黒髪ショートが可愛らしい小柄な女の子が立っていた(可愛いんだけど登場が突然過ぎて多少心臓に悪い)前髪を花柄のピンで留めて、あわあわと何か慌てているように見えるその様子からして俺はこれから起きるであろうことが容易く想像出来てしまったので早々に立ち去りたかった、のに。藤枝君に腕を掴まれてしまっては退散出来ない。ついでに言えば藤枝君は慌てる女の子を目の当たりにしても至って冷静に構えていて、そこはかとなくだるそうだった。ありとあらゆる面でサディスティック藤枝君。

「あ、あの、その…その」
「ごめん俺腹減ってるから、また明日にしてくれないかな」

本当にごめんねと付け足して、去り際にそのピン可愛いねとまで言って藤枝君は俺の腕を掴んで歩き出した。藤枝君が振り返らない代わりに俺が恐る恐る振り返ると、黒髪ショートの女の子の周りにはどこに隠れていたのかその友達と思われる女の子数名が集まっていてこっちを見ていた。てっきり藤枝君の悪口を言うのかと思ったら(だって明らかにこれから告白するであろう女の子に対してあの態度は明らかにNGだろ!)予想外に予想外な方向に女の子達は盛り上がっていた

「明日はお腹いっぱいなときにチャレンジした方がいいねっ」とか「明日も花柄のピン付けていきなよ!」とか。それに対して「うん頑張る!」と素直に応える花柄ピンの黒髪ショートカットの女の子とかとか。総じて言えるのは女の子ってのはしたたかだなぁ、これ位。まるで少女漫画みたいだなと思った。モテモテ男子は何をしても許されるなんて、二次元のみの法則だと思っていた。あっさりそれを破った藤枝君、恐るべし。

「藤枝君はモテモテだね」
「そうでもないよ」

別に嬉しくもないしと呟くその言葉と一緒に、リュックと同じく藤枝君の派手な柄のスニーカーが玄関のタイルに落ちた。やっぱり藤枝君に少し遅れて、俺もスニーカーをタイルに落とす。お互いに靴を履きながら、その間を潰すみたいにして俺が藤枝君に問い掛ける。

「藤枝君のタイプって何」
「は?」「好みのタイプ」

トントン、爪先をタイルにぶつけてスニーカーの履き心地を整える俺を振り返る藤枝君は一瞬目を丸くしたあと、あーとかうーんとか、声を出す。そして得意の何も無かったかのようなフリを決め込んで前を向き直して玄関の扉を押し開く。そこに立ち止まったまま、扉を押さえたまま、玄関から外へ踏み出さないまま藤枝君は言葉を続けた。俺に背中を向けた状態で、俺の質問に答えた。

「一途過ぎてムカつく奴」
「わお、意外に束縛好き?」
「そうだな、束縛好きだよ。いつも一緒じゃなきゃ嫌だし、他の誰かのところに帰って欲しくないし、つい手上げちゃうんだけどそれでもへらへらしてんの」
「成る程成る程」
「黒髪ショートよか、茶髪がいいし、寝癖だかパーマだかわからない髪型の方がいいな」
「俺みたいな?」「日野みたいな」

普通に肯定して、普通にそんなことより腹減ったからマック寄って帰ろうと欠伸混じりに付け足す藤枝君に「うん」しか言えなかった。俺は藤枝君を親友だと思っている。藤枝君はどうなのと聞いたとき叩かれたのは藤枝君が親友という言葉を恥ずかしがったからで、照れ屋なんだと思っていたけど、本当はそう思いたかっただけなのを知っている。現に好きなタイプを物怖じせず照れず恥ずかしがらず明け透けに話す藤枝君は、少なくとも、というか絶対に照れ屋じゃない。じゃあ藤枝君は何か。モテてサディスティックで眼鏡でお洒落な藤枝君は、何か。

「藤枝君」「何だい日野君」
「俺今日はチーズバーガーが良いな」
「日野はいつもそれじゃんか」



「っていうわけで今日は藤枝君とチーズバーガーを食べて来ました」
「……つまり藤枝君はお前の何なのよ」

アホかオチはどこだとテレビに出ているお笑い芸人さながらのツッコミを煙草をふかしながら繰り出す佐藤さんがうんざりしたような、実際うんざりしている口調で言った。俺はお椀の底に沈んだ味噌を箸でかき混ぜて浮上させる作業と同時進行で、言葉を返す。

「親友」「ふーん」
「反応薄っ!安心した?」
「何が」「藤枝君が親友で」
「安心も何もお前はマジでムカつく位一途だからなぁ」
「じゃあ妬いた?」
「妬くわけねーだろ」
「でも佐藤さん、煙草灰皿じゃなくてテーブルに押し付けてる」
「……!くそったれ」

はいはい妬きましたよ妬きました年甲斐にも無く妬きました。早口に言った佐藤さんの言葉が堪らなくて、佐藤さんの背中に抱き付いた。藤枝君にもムカつく位一途な人が現れて、こんなことしたくなる相手が現れるまで、現れても、俺は藤枝君とずっと親友でいたい。こう思うのはずるいかな。でも本心だ。歪んでも見える本心を閉じ込めて抱き付いたまま目を閉じて、佐藤さんの背中にくっついたままでいた。

「佐藤さん、好き」


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