花田(おお振り)



机に雑に突っ込まれた、雑に破られたノートの切れ端に、これまた雑というか本来から汚いといえばいいのか取りあえず読み辛い類の文字で『教か書はあずかった!かえしてほしければ屋上まで来られたし!! 田島』と書かれてあった。教科書位漢字で書けよな、本気で頭が痛くなった気がして眉間を押さえながら教室の扉を開ける。オレの背中を見送る阿部がにやけ面で言い放った「絶好調に振り回されてんな」は聞かないフリをした。アイツ絶対、友達少ない。

屋上まで続く階段を上がって錆び付いて重たくなった扉を若干力任せに開ければ、そこには青空が広がっていた。そして同時に乗り越えようと思えば乗り越えられる高さの柵から身を乗り出してグラウンドの友達に愛想を振りまく田島も視界に入って、思わず首根っこを掴んで後ろに思い切り引っ張ってしまう。錆びたドアにすら力加減したのに、田島には出来ない不思議。軽くむせ込みながらオレより10cm以上低い世界から不平を漏らす田島なんか無視だ、無視。耳を塞いで顔を逸らす。

「死ぬかと思ったぞ花井のアホ!」
「落ちて死ぬよりマシだろーが」
「そんなに間抜けじゃねぇやい」
「間抜けじゃねぇけど馬鹿だろ」
「はぁー!?」
「平仮名多すぎ、小学生かよ」
「あっ、読んでくれたんだ!」
「解読するのに超時間掛かった」
「超待った!」「あっそ」

話せば話すほど疲れる気がして柵に凭れて溜め息がてらに返事する。それを見てやれやる気を出せだとか、元気ねぇな昨日オナニーし忘れたのー?だとか言い出し兼ねない田島に若干構えて対策を練っていたのに、あっさり引き下がるどころか機嫌良さ気に鼻歌混じりに強奪されていた教科書をオレに返却するものだから肩すかしもいいところだ。何だ、何を企んでやがる。コイツがこんなに良い子なわけがない!

「何か気持ち悪ぃなぁ…」
「折角素直に返してやったのにその言い種はオレに対して大変失礼でしょうがっ!ゲンミツにっ!」
「その素直さがキモイ」
「だってオレ嬉しかったんだよ」
「あ?嬉しい?」

「花井がオレの超汚い文字読んでー、朝練で疲れてるのにメールや電話で文句言うこともしないで屋上まで来てくれてー、そいでオレの姿見て怒鳴ってもいい位なのに怒鳴る前にオレの心配してくれたじゃん?花井自覚ねぇだろうけど、お前オレのこと大好き過ぎ!超嬉しい!!」

言われてみるみるうちに顔に熱が集中するのが分かって多分、今すげぇ顔してる。常日頃から思うことだが、何で田島はこんなにポジティブなのか。こんなにこっぱずかしくなることを爽やかに満面の笑みで言ってのけられるのか。そして、何故、いちいち的確なのか。くそったれ!

「もういいから黙れ」
「やだ、まだ喋るぞオレは!」
「お願いしますから黙れっ」
「やだ!」「どーすりゃいいの」
「んじゃ、チューして」
「女子かよオメーは!」
「うるせぇな甘やかせよ!」
「ああー、もう!!」

ちゅってするだけな、軽くな。前置きして引き寄せたオレより遥かに小さい田島の体がいとも容易くオレの胸の中にダイブする。鼻先に唇が触れた途端、ぎゅうと強く瞑られた大きな目が数秒後にぱちくり動いたかと思えばだらしなく緩ませた顔でまた「花井だいすき、超すき、誰にもやらねー」だなんて言うもんだからもうどうしようもない。教科書強奪犯をもう少し捕まえておこう。ただし、もうちょっとだけ。ほんのちょっとだけだ、うん。





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