紫原と氷室



「晩御飯入らなくなるだろ」
「やめられない止まらないって言うじゃーん」

だらりとソファから長い手が片方だらしなく落ちて、仰向けの体に乗せたスナック菓子の袋から絶えずお菓子を取り出してはばりばりとかじる敦はまるで貝殻を腹に乗せたラッコのようだった。といえば、ラッコに失礼だろうか。だってこんなに気だるいラッコなんて見たこと無い。腰に手をついてどうしたものかと溜め息を吐き出すオレなんかはさておいてTVのアニメに夢中な敦は本当に中身と見た目が一致しない子供だった。以前、アニメについて子供が見るものだと言っただけで本気で怒られたときはびっくりしたな…とか、浸ってる場合じゃない。約束したのに。腰から手を離して敦が寝そべっているソファの側に腰掛ける。

「敦、今日外で食べる約束だったろ」
「うん」「お菓子ばっか食べるな」
「だってどうせハンバーガーでしょ」
「まぁ」「オレ、シェイクだけでいいし」
「主食も食べなきゃ駄目だよ」
「いーんだってぇ、もう流石にこれ以上成長しねぇもん」

ああ言えばこう言うとはよくいったものでまさに、この状態を言うんだろう。一歩も引かない敦に言うことを聞かせる術はもうないんだろうか。暫く考えて、ふと閃く。ソファから垂れた敦の手に手を添える。反応してゆっくりと流れてきた敦の視線は触れ合った手からそのまま徐々に上がってやがてオレの顔まで辿り着いた。既にお菓子でお腹いっぱいになりつつあるらしい敦は眠た気な目をしている。

「あーあ、残念だな」
「はぁ?何が?」

「外に行くのが面倒になったからオレが何か作ってやろうと思ったのになー」

流石に、流石にわざとらし過ぎただろうか。表情は変えなくても、心情は穏やかじゃない。微妙に生まれた沈黙も相俟って無性に込み上げる恥ずかしさに耐えるオレを現実に引き戻したのは、触れ合っている手を掴んで引いた敦だった。目と目がかち合う。

「オムライスなら食べてやってもいいよ」
眠気を引きずったままの目でオレが感じていた恥ずかしさなんてあっさり無視して、素直に食いついてくる敦につい笑ってしまった。ぎり、繋がった手に強めに力が入る。痛いって。

「早く作れっつーの」
「分かった分かった」
「室ちん」「ん?」
「輪ゴムちょーだい」
「輪ゴム?」
「お菓子しけっちゃうから」「敦、やっと言うこと聞いたな」
「は?意味わかんねぇし」
「美味しいオムライス作ってやるからな」「期待しないで待っててあげるよ」

じゃがいもがモチーフのキャラクターが付いた袋をゴムで留めてテーブルに置く。ひらひらと手を振る敦に見送られて向かうキッチンは、なんとなく、いつもより楽しい気持ちだった。さて、作ろうか。オムライスを。




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