紫原と氷室



こうも電車内の人口密度が高くては、この口を話すよりもお菓子を食べるために使った方がストレスを散らすには有効だろうとオレなりに考えたこの"窓から景色を眺めながらひたすらお菓子を食べる"という方法は暫くも経たないうちに唯一座席に座っていた室ちんに斜め下の辺りから強く引っ張られることで阻止された。指に挟んでいたポテトチップスが落ちる。あぁ、あぁぁ、勿体無い。まぁいいや沢山あるし。お菓子の袋を抱えたまま見下ろす。室ちんは見下ろされるのが嫌いだけど、仕方ない。オレは立ってて室ちんは座ってる。それだけのこと。ポテトチップスの薄塩が染みた親指を舐める。

「どーしたの、室ちん」
「オレが立つから敦が座ってくれ」
「いいよ別に、疲れてねぇしー?」
「いや、いいから座ってくれ」
「えー?」「はい、交代」

特に理由も聞かされないまま言われるがままぐいぐいと引っ張る引力に身を委ねて室ちんの居たスペースに腰掛ける。室ちんは座席と座席の中間にある電車のドアの前で、オレの座ってる端の席にくっついている柵に凭れるように立った。オレから見えるのは真正面に知らないおっさん、不機嫌そうなOL、真横の寝てるばあちゃん、そして逆側の真横には室ちんの背中。人差し指で背中をつつくと、室ちんの視線だけがオレを見た。軽く捻っただけの体はあまり俺を見ようとしない。

「室ちん」「どうした?敦」
「室ちんがいきなりどーしたの」
「何が?」「誤魔化せてないよ」
「いや、周りが」「周りが?」

「敦はさ、目立つから。背高いし、一心不乱にお菓子食べるだろ?それにその他諸々色々あって…で、目立つから。だから、つまり、みんな見るんだよ。それが嫌だっただけだよ」

言い辛そうに言うだけ言ってとうとう少しだけ捻っていた体さえも正面を向かれてしまえば言いたい言葉も引っ込んだ。ふーん、なんて適当に流しておくのはめんどくさいからじゃあないよ。電車から降りるまで待っててねって合図だよ。それを正面向いてしらんぷり決め込む室ちんに話さないのはやっぱり、めんどくささからかな。次の駅のアナウンスが入る。それまでに食べきらなきゃ、それから室ちんに掛けるべき第一声を考えなきゃ。ガタンゴトン、電車は揺れる。さっき落としたポテトチップスは踏まれたかね、粉々にさ。




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