トウチェ



(∵)面倒くさがり

「こういうのが好みなの?」
「断じて違いますよ」

駅の中行き交う人に飲み込まれる事態だけは避けたいと、壁際に体を寄せてぼんやりとグラビアアイドルの観光ポスターを見上げていた俺に話しかけてくる声は何処と無く冷たく感じた。へらへら笑いながら、ひらひら手を振って否定する俺に更に表情を曇らせるチェレンは難しい。信用されてないってのは、もう随分前から分かっているんだけどさ。それにしたってさ。くるりと体の向きを変えて向き合う姿勢を見せた俺を見てわざわざ視線を外すチェレンに俺は一体どういった言葉を掛けるべきなのだろうか。駅の中を歩く人々というのは忙しない。早足、駆け足、様々なスピードで通りすがっていく人々にチェレンが連れて行かれたりしないようにチェレンの腕を掴んで引っ張る。素直に引き寄せられたチェレンを隣に並べてご満悦。性懲りも無く背後にあるポスターを振り返るチェレンの横顔が少し寂しそうなのも気にならない位ご満悦、俺ご満悦。にんまりしていたら眼鏡のレンズの向こう側の目で思いきり睨まれた。眼鏡に手を伸ばそうとするとたじろぐチェレンの手を捕まえて今度はちゃんと向き合う。アナウンスの声に混ざるように自然を装って話した俺の言葉は果たして信じてもらえるのか、否か。

「こういう水着のお姉さんも可愛いなって思うけど、やっぱりチェレンがいいなって思ってたんだよ。本当だよ」
「……」「信じる?信じない?」

首を軽く傾けて尋ねる俺の台詞に言葉を詰まらせて、ポスターと俺の顔と時計と周りと改札の前に居る親子連れを落ち着きなく視界に入れた後、チェレンが出した答えは疑問に対しての答えでは無くて壁際から体を話して切符売り場まで歩き出すという行動だった。まぁ、そんなことだろうと思っていたけどさ。それにしたってさ。知っていたけど信用されていないことを再確認させられたような気分に浸っている俺をチェレンは振り返る。財布から小銭を出すついでみたいに、言い辛そうに、でもはっきりと俺に向けて言った。その声はアナウンスの声にも、ベンチに座っているミニスカートの女子高生達のやけに甲高い声にも、泣き始めた赤ん坊のサイレンみたいな泣き声にも何にも混じらず俺に届いた。

「信じるも信じないも何も、そんなこと聞いたって意味無いよ。いつもへらへらして図々しいことばかり言ってるくせに、僕にもう既に信じられているっていう選択肢を考えることは出来ないのかい?トウヤって意外に控えめなんだな」

ふん、と鼻で笑って伝えられた言葉を頭の中に詰め込んでいる間に切符2枚を素早く購入したチェレンが戻ってくる。オレンジ色の切符を押し付けて何事も無かったかのように腕組みして隣で壁に寄りかかりながら立つチェレンに顔を寄せて耳打ちした。改札口の前に居た親子連れが帰ってきた父親を見つけて幸せそうに笑っている、めでたしめでたし。隣に居るチェレンは思う壺で顔を赤くして俺を思いきりどついてそっぽを向いている、めでたしめでたし。オレンジ色の切符に印刷された電車到着時間までのあと5分弱を一体どうやって楽しんでやろうか。意外に控えめだそうだから、どうか、許してね。

「控えめに今ので発情しちゃったんだけど」
「メンドーだからやめろよ、そういうの」




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