クダノボ



(∵)雨が止んだ

バケツをひっくり返したような、それでは済まないような、兎にも角にも大雨だった。屋根を叩く乱暴な雨音は最早人間の拳以上の力を持っているのでは無いかと思ったが、あくまで思っただけだったのはクダリが案外とリアリストだからかもしれなかった。そしてすぐさまに推測を打ち消すようなことをクダリは天井に出来たシミを指でなぞって楽しそうに話す。白い手袋をはめた指先が、くるくると天井に向けて動いている。

「あのシミ、フランケンシュタインの横顔に似てると思わない?」
「分かり辛い例えをしないで下さい」
「分かろうともしないくせに」

けたけたとあまり感情の無い笑い声を素通りするかのようにノボリが書類にはしらせるペンの音が響く。ミリ単位の薄さの紙の向こう側にあるテーブルに軽くインクが染みるほど、無表情で没頭する書類仕事の意味をクダリはよく分かっていなかった。自ら言ったように分かろうともしなかった。外が土砂降りならば、それならば、せめて脳みそは天気に。所謂脳天気なことを口走る。ペンをはしらせることの出来ないクダリの唯一の抵抗だった。

「雨が止んだらさぁ」
「当分止みませんよ」
「止んだらさぁ」「何ですか」
「チューさせて」「…は?」
「えっちぃことさせて、ぎゅーってさせて、好き好きって言わせて、」
「ちょ、クダ…「雨止んだらね」

ね?釘を刺すように付け足して、首を傾げて、またご機嫌に指をくるくる回転させながらシミをなぞり始めた。ノボリがつい落としたペンはペン先からじわりインクが逃げ出して紙の上を浸食している。ノボリの頬にも無表情には似合わない色が薄く滲んでいた。まるでペンみたいだと思った。床を足で蹴って、椅子のキャスターを転がして近付く。クダリの組んだ脚に手を置いてノボリは不器用ながら精一杯に言葉を伝えた。

「全部雨止まなくても、出来ることじゃあないですか。べ、別に書類も大体片付きましたし?構って差し上げても…」
「え、駄目だよ!雨止むまでお預けだよ。たまに焦らすのも楽しいからね、あはっ」
「じゃあ、これならどうですか」

邪気しか無い笑みを浮かべて答えるクダリの視界が途端に真っ白に切り替わるがクダリは騒ぎもしなければ驚きもしなかった。ノボリの手袋が白いことも、ノボリがとるであろう行動も知っていた。分かろうとしなくても分かっていた。ただただ、にんまりと笑む。触れた唇も予想通りにひんやりしていた。分かりやすいったらない。

「雨止んだでしょう」
「うん、真っ白になっちゃった」
「ふふ、わたくしはその気になれば雨だって止められるのですよ」
「じゃあその調子でその気になって雨音が聞こえない位喘いでね?」
「下ネタ反対です」
「仕方ないよそういう年頃なんだもの」

視界に張り付いた白を引き剥がして、脚の間に脚をねじ込む。お互いに手袋をはめた指を絡めて更に深くキスをした。バケツをひっくり返したような、それでは済まないような、兎にも角にも相変わらず酷い雨だがもう言い聞かせるより他はなかった。雨は止んだ、それもとっくの昔にだ。



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