オデン



(∵)合鍵無くした

ポケットに手を突っ込んで呆然、手に当たる筈の銀色の金属が布の中に無くて愕然。錆びた階段の上、帰る場所に繋がるボロアパートのボロい木製のドアは目の前にあるっていうのに。どうしようかな、酔っ払ってふらつく体を柵に凭れさせて携帯電話のディスプレイを開く。午前3時、どうりで暗くて静かな筈だよな。今更肌寒さに身震いしたって無駄だ、鍵は無い。何処で落としたのか考えたらキリが無いし、どうしようなんて考えてもそれもそれでキリが無い。キリも無いし鍵も無いし何にも無いし、あーあ。木製のドアの向こう側ではオーバが寝てる、ドアを思い切り叩けばきっと開けてくれる、分かってる。けど、なぁ。どうも踏み切れずに携帯電話をポケットにねじ込む。午前3時に凭れる柵は冷たい。

「無視しちまったしなぁ」

オーバから日付が変わる前にメールを受信していた。晩飯にハンバーグ作ってやったから帰ってこいって、確かそんな感じの。それを思い出して思い出した。そういや喧嘩してたな。それを思い出して気づいた。仲直りしたかったんだろーな。今更遅いけどと、今更苦笑い。喧嘩して飛び出して飲み屋に行って酔っ払ってメール無視して鍵を落として、今に至る。だらしねーな。鍵は落としてもライターと煙草はちゃんと落とさず持っている俺はちゃっかりしてるというか、なんというか。煙草をくわえて火を付ける。丑三つ時の冷えた空気に吐き出したのが果たして煙草の煙なのか、寒さに忠実な俺から出た白い息なのか、俺は知らない。ぼんやり空を見上げている、凍えるか凍えないかの間際をさ迷う俺に話し掛ける声が木目の荒いドアの向こう側から聞こえてきて目を見開く。煙草から灰が落ちた。

「何で入って来ねぇの、寒ぃだろ」
「何で起きてんの、早すぎだろ」
「トイレに起きたんだよ」
「年寄りかよ」「うるせぇ」
「鍵落とした」「アホ」「うるせぇ」

お互い寒さで参っているのか、最短で気持ちを伝え合ったら扉が開いた。扉の向こう側に居たオーバは腕を組んだまま俺に言う。

「合鍵無くすとか意味わかんねぇ」
「俺も俺の意味がわかんねぇ」
「…鍵無くしたんなら、電話したら良かったじゃねぇか」
「だってお前が」「俺がなんだよ」

「朝早いって言ってたから、今電話で起こしたらもっと怒らせちまうと思ったんだ」

「…ぶはっ」「おい」「悪ぃ」


すっかり冷えて鼻水をすすりながら正直に打ち明ける俺を遠慮無く笑うオーバが憎いし、睨んでも鼻水が出ている俺はカッコ悪い。俺の前にしゃがんで吸いかけの煙草を自然に横取りするオーバはカッコイイし、ずるい。雑に俺の髪を撫でる手にホッとする。煙草の火が錆びた柵に押し付けられて消えた。

「俺は合鍵無くされても、朝の3時に起こされても怒らねぇけど、朝の3時にこんな寒ぃとこに居てお前が風邪を引いたら怒るよ。だから風邪引いて俺を怒らせねぇうちにさっさと中に入れよ」

「オーバ、好き」
「はは、酒臭ぇよ馬鹿」

酔った勢いで抱き付いたら、吐き捨てられた。だけど抱き返して、キスしてくれた。この唇のくすぐったさに比べたら、後日渡されたスペアの合鍵にぶら下げられた大きなコリンクのマスコットは大したことないかな。コリンク可愛いし。

「舌入れんな、馬鹿」
「3時のおやつだよデンジ君」




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