オデン



:)生温い優しさ

疲れた、とも言えない位に疲れていた。汗ばむ体がベンチに沈む。世の中連休とはいえ暇を持て余す人間が多いらしい。それを証拠にリーグへの挑戦者の数がいつもの倍にまで膨れ上がっていた。バトルは好きだが好きであっても体に疲れは溜まる。朝からリーグに入って今日だけで何人を相手にしただろうか。10を過ぎた頃から数えるのをやめてしまって分からない。溜め息しか出ない休憩時間は10分、休憩時間とは名ばかりで休憩するにはちっとも足りやしなかった。何となくベンチに腰を掛けて、特に何をするでもなく壁を見つめている。疲れた、と言うのにも疲れを感じる位疲れていて何も話す気にならない。こうしてぼんやりとしている間にも時計の針は進む。今日も休憩時間にろくに休めないで働かなきゃいけないんだな。割り切るのが難しくなって来た、疲れたんだ。本日何回めか分からない溜め息を吐き出した瞬間予想していなかった、出来る筈もなかった、それ位大きな打撃を背中に受けて前のめる。ダメージを与えた張本人でありながら痛みに悶絶している俺なぞスルーして、どっかりと隣に腰掛けるふてぶてしさ全開の人物は誰か。そんなの考えるまでもないね。視界にちらつく金髪は、相変わらずド派手だ。

「デンジ、何でリーグに」
「お前が死にかけだって聞いたから」
「死んでねぇよ」
「死にかけだっつってんだろ」

同じようなもんだが、デンジには大事な問題のようだった。割と強めに訂正されてついつい謝罪の言葉を口走る。デンジは何も言わないでベンチに座って足を組んでいた。デンジの香水の匂いがする、少し落ち着く、人体というものは結構簡単に出来ているらしかった。しみじみ考えている俺の手を不意に引っ張って開かせるデンジは相変わらずデンジらしかった。ふてぶてしくて、攻撃的。だけど、

「何だこれ」
「お前最近、頑張ってるらしいから」

ぼそぼそ、呟いて立ち上がってしまったデンジの背中を我ながら間抜け面で見上げた。さっきまで疲労の限界で見つめていた黄ばんだ壁とは違う、絶対的な何かを感じる背中にホッとしているとは情けない。数秒だけ振り返ったデンジの一言に、ほんの少しだけ泣けてしまうとは情けない。「花粉が多いな」なんて、下手くそな誤魔化し方をして鼻をすすった。ずず、鼻が詰まる。
「それで飲み物でも飲んで、元気出してまた働いて、働いたあと少しでも元気残ってたら…俺に会いに来たらいいんじゃねぇの?知らねーけど。上手く、上手くは言えねぇんだけど…その、何だ。お前が頑張ってるのはさ、俺がちゃんと分かってるぜ。だからさ、そんなさ、死にそーな顔で居るなよ。お前が倒れたりしたら、死んだりされたら、嫌なんだよ」

ぶつぶつと途中で何回も途切れながらでも最後まで言い切ったかと思えば振り返りもしないで行ってしまったデンジの背中を見送った。結局俺が見たのはデンジの背中だけだった。ああいう台詞は顔を見て言えっつーの。手にふてぶてしく攻撃的に、どさくさに紛れて握らされた生温い温度をもった120円を見つめながら頬が緩む。さて、これでコーラでも買ってまた働くとするか。俺の帰りを心配して待っている恋人が居ると思うと、頑張らずにはいられないじゃないか。恐らく、俺に渡そうか渡さないかで悩んでずっと握っていたのであろうデンジの温度が移った120円をコイン投入口に入れた。硬貨3枚分の温度は、ふてぶてしくて攻撃的なデンジの優しさ。コーラを取り出す顔がにやけた。俺は幸せ者だ。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -