オデン



(∵)曲がりなりにも優しい

「ラーメン食いに行こうぜ」

デンジから何処かへ行こうと誘われるのは珍しかった。それ故俺は目を丸くする。革張りのソファに寝そべっている俺の背中に跨がって、その誘いは唐突に俺の頭に降ってきたのだった。首を傾けて無理な体勢で見上げると無表情に俺を見下ろす冷めた目と目が合う。それが人を何かに誘う態度か。でもよく考えればデンジとはこういう人間だった。デンジの冷めた目は、毎日俺をマリオカートに誘う目とまったく同じだった。マリオカートと同じノリで誘われたことにたちまち何とも言えない気持ちであふれたけれど、まぁいいや。妥協して気まぐれな誘いに気まぐれに応じた。当たり前のように手ぶらで家を出るデンジが、俺に支払わせる気満々なデンジが俺は嫌いではない。

選んだラーメン屋は家から近い以外何の取り柄も無い小汚い店だったがお互いに別に何の文句も無かった。カウンター席で隣り合うデンジとメニューを覗き込む。小汚い店の、小汚いおやじの、小汚い手書き文字で書かれたメニューは温かみがあるから好きだ。6だか5だかもちょっと曖昧なところも好き。しみじみ、ほのぼのとする俺の臑に蹴りを入れるデンジに強引に現実へ意識を連れ戻される。君はもっと人に優しくなりたまえよ、デンジ君。

「俺味噌チャーシュー麺」
「じゃあ俺、味噌ラーメン」
「チャーシューは?」
「チャーシュー麺2つ頼む金が無い」
「おいおい勘弁してくれよ」
「じゃあ金出せよスター」
「おいおい勘弁してくれよ」
「はいはい」

適当に会話を切り上げて注文する。不透明なガラスのグラスに生温い水を注いで、このデジタルな時代に不釣り合いなレトロなテレビを見上げてみたりして。隣で煙草をふかすデンジが吐き出す煙と、おっさんが麺を茹でる湯気が混ざり合う。焦げた灰皿に焼けた煙草が押し付けられた。熱した油でもやしを炒める音も、煙草を灰皿に押し付ける音も大差無いな。そんなことを考えていたら注文したラーメンはあっという間に出来上がった。無愛想に差し出されたチャーシューが乗ってるか乗っていないかだけの違いのラーメンは、おっさんの指が汁に入っていなかっただけ良しとする。割り箸を割って、ネギとメンマしか乗っていないラーメンに手を付けようとした途端横から伸びてきた手に手が止まる。

「何」「チャーシューやる」
「いいよ別に」「やるよ」
「どうしたんだよデンジ」
「日頃の感謝にお応えして」
「金払うのは俺なんだけど」
「それはそれ」「何だそら」

笑ってる間にスープに浮かべられた割り箸で雑に摘まれたチャーシューは変形していたが、お陰様でただのラーメンから立派なチャーシュー麺になった。カウンターテーブルに並ぶ2つのチャーシュー麺を隣り合って一緒に啜る。美味い。

「美味いな」「そうだな」
「チャーシューのお陰だな」
「そうとは思えないけど」
「じゃあ俺のお陰だな」
「何でそうなるんだよ」

「よく見ろよそのチャーシュー、ハート型なんだぜ」

俺の愛があってこそだろ。ラーメンを啜りながら冷めた目で言い放つデンジに折角掴んだメンマを落としてしまった。湯気の向こう側のおっさんも持ってたおたまを落としてしまった。そういうデレは、マリオカートしてる時にしてくれないか。マリオならいくらでも崖から落ちても構わないからさぁ。

「デンジったら可愛い」
「何キャラだよ、きめぇ」




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