ハチアティ



(∵)雑踏

ヒウンシティのビジネスマンやら、OLやら、子供やら、着ぐるみやら、兎に角沢山の人でごった返すビルに囲まれたアスファルトの上を人に押されながらよろめきながら歩く僕の手を掴んで引き寄せる手はぶっきらぼうに、そして唐突に現れた。特に珍しくも無いのに、寧ろとっくに見慣れている周りのビルを見上げて歩いていた視線を落として目の前に固定するとハチクさんの背中を視界に捉えた。立ち並ぶビルや、奇抜な格好で歩く人、頭に響いて離れない沢山の足音、それ等をものともしないでどんどん前に進んでいくハチクさんは流石だと思った。だけど、そうしてしみじみ感心している間にアイスを買い損ねて泣いている小さい女の子の手を引いて歩くお母さんとすれ違ってしまえば恥ずかしいんです。手を繋いで歩くのは人混みに紛れていても恥ずかしいものなんです、ハチクさん。ゆらゆら、緩く繋がった手を揺らしてみる。ハチクさんは決して手を離さなかった。観念して、斜め後ろに体を近付けて聞いてみる。女の子の泣き声が耳に纏わりついて離れない。

「どうして手を繋いでいるんですか」
「なよなよしていて、こうでもしていないと消えてしまいそうで恐ろしい」

それだけ言って一瞬だけこっちを見た顔をさっさと前を向いてしまったハチクさんの顔は何故だかいとも容易く想像出来るので、だから何と言うわけでもないけど、握られた手に力を込める。アイス、アイス、と叫び過ぎてひっくり返った声で繰り返す女の子の声が遠ざかっていく。ハチクさんの手が冷たいのはやっぱり、いつもクマシュンの頭を撫でているからなのかな。

「ねぇハチクさん」「何だ」
「なよなよしていているように見えるけど、僕だってちゃんとむらむらするんですよ」
「馬鹿が」「手厳しいなぁ」

吐き捨てながらもしっかりと歩くペースを速めるハチクさんに腕と体が離れそうになる位の力で引かれながら、辛うじてくっついて歩く体は着実にアトリエまで向かっていた。アトリエはそういったことを、する場所じゃないんだけど。どういったことをとは、ちょっと言えないんだけど。ふと気になって振り向くとあれだけ泣いていた女の子は根負けしたお母さんに飴を買わせてご満悦な様子で笑っていた。見届けて、僕も笑う。まったく人間というものは、我が儘で分かりやすい生き物だな。千切れそうな腕の痛みが、何よりもの証拠だよ。




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