シャルロット番外編 | ナノ


▼ 真夏のとある一日

※本編が関係無い時空のお話です


「今年の夏はあっちいなあ……」

窓のサンに手をかけて空を見上げながら、エリックは半ば独り言のように言った。

窓の外からは強い日差しが降り注いでいる。
室内だからまだ我慢出来るが、一歩外に出れば生暖かい風が身体を包んで、身動きしたくない状態になるだろう。
こんなに暑い日も珍しい事だった。
湿度の高くなりやすい町で、暑さは正に天敵だ。

そんな中でも勉強はしなくてはいけない。ドルチェはノートと教科書が置かれたテーブルに向き合っていた。

「夏は亡くなった人が帰ってくる、と、ある国で言われている……と聞いたよ」

休憩に入ったのか、ペンを持つ手を休めてドルチェは言った。
窓から離れたエリックはテーブルに手をついて、書き途中のドルチェのノートを見る。

「ドルチェは国の勉強してんのか?」

エリックの問いかけに、ドルチェはこくりと頷いた。

「私達の所も、そういう……行事はあるんだよね?」

「あーあるね。冬に行われるやつ。窓際に蝋燭を立てて、自分の大切だった死んでしまった人に向けて、ここにいるって目印にすんだよ。んで、次の日にそこの窓に花冠をかける。会いに来た魂に、貴方が幸せだと願っています。って伝えるものだっけかな……ま、やってる奴はやってんな」

ドルチェは想像する。
窓に灯るオレンジ色の優しい光。
それを目指してくる魂。
花を飾る時には、彼らは既に会えているのだろうか――

「これは……ろまんちっく、って言うのかな?」

「ロマンチックか、そういえばそうなのかもな」

エリックはドルチェから発せられた意外な単語に吹き出しそうになるのを堪えながら、後ろを振り向いた。

「幽霊自体信じる奴もいるけど、俺も半信半疑だし……おっさんはどう思う?」

椅子から背を離さず、ディルトは顔をあげた。
本を読みながらも話は聞こえていたらしく、本を静かに閉じた。

「……私?私は幽霊というものは昔から信じてないよ」

まさに一蹴された。
エリックは意外そうな顔をしてしまう。
ディルトならば「もちろん、信じるとも。特に来るなら美人な霊が良い。大歓迎だよ」というような言葉が返ってくると思ったのだ。

「マスターはろまんちっくじゃなかったんですね」

ドルチェも予想が外れて少し残念そうにしている。

「いや、もしもいるなら美人な霊が良いね。夜に是非来て頂いて、一緒にダンスをしてその後は「もう良いって」

エリックが厳しく突っ込んだ。ドルチェも口には出さないが、眉間に皺を寄せてディルトを見ている。
やはり、ディルトは二人の想像通りだった。
そんなドルチェらに、ディルトは苦笑しつつ口を開いた。

「じゃあ郵便くん。君に私が一つ怖い話をしてあげよう」

いーって、と言うエリックの拒否を遮って、ディルトは静かに。と口元に手をやった。
本格的に話し始める気らしく、その声音は抑揚の無いものだった。
ドルチェも自然と耳をすます。
ディルトの口の端が静かに上がる――


若くして子供を身ごもった女がいたが、女には子供を育てる気などなかった。
周囲に悟られるのを恐れた女は、赤子の首に手をかけた。
年月は経ち、女はある男と結婚し、子供を身ごもり出産した。2歳になった娘と一緒に夏の涼みにと、女は家の前を散歩をしていた。
その時、公園の前で少女が1人うずくまっているではないか。
こんな真夜中に、と不思議に思った女性が、少女に尋ねた。
どこから来たの?
少女は首を振る。


エリックは、ああ、よくある怪談だと呆れた表情をした。
横目でエリックがドルチェを見れば、やはり真顔だった。だが真剣に聞き入っているようで、視線はディルトに集中している。


じゃあお父さんは?
少女は首を振る。
女性は不安になった。何故かこの少女を見ていると、昔の記憶を思い出しそうになる。それでも、女性は聞かなければいけない気がしていた。
……お母さんは?
少女は長い沈黙を作ってから、突然走り出して逃げていってしまった。
女性は首を傾げた。
両親の元に帰ってしまったのだろうか。そう思っていると隣にいた娘が女性の腕を掴んだ。

ごめんね、もう帰ろうと娘の顔を見ると、


「お母さんはお前だ!!!!」


エリックの背後から迫力のある声が、応接室に反響した。

「…………レイヴン、ありがとう。どうだい、二人とも少しは涼めたかな?って……二人とも聞いている?」

ドルチェは握っていたペンを床に落としてしまっていた。
エリックは――大きく見開いたまま、暫く硬直していた。

油断していた時に背後から予想もしていない大声が聞こえれば、当然驚くだろう。
ディルトとレイヴンはやりすぎた、と苦笑しながら顔を見合わせた。
今日、レイヴンが来ることをディルトは二人には秘密にしていたが、まさかこんなベストタイミングに来てくれるとは思わなかった。

「おーい、二人とも大丈夫かー?最初からビックリさせようと思ったんだけどな。ちっと悪乗りしすぎたか?わりいわりい!」

レイヴンが二人の頭をくしゃりと撫でると、ようやく二人は呪縛から解き放たれたかのように、顔を上げた。その表情は明らかに不機嫌そうだ。

「マスター……これは反則です」

ドルチェもいつにも増して、じっとりと咎めるようにディルトを睨んだ。

「あ、ああ、そういえばレイヴン、例の物は?」

ドルチェにたじりながらも、ディルトはレイヴンに話題を移す。
ああ、とレイヴンはドアまで行き、すぐに戻ると手に持った袋を、ドルチェが先ほどまで勉強していた机にどすんと置いた。
むすっとしていたエリックとドルチェも興味を示し、その袋を見た。
注目を浴びたレイヴンが楽しそうに「じゃーん!!」と袋を下ろすと、そこには見慣れない物があった。

可愛らしい青いペンギンのキャラクター。
頭には取っ手ような部品がついていて、本体に空洞の部分がある。

「ドルチェ、これが何か分かるかい?」

暫く見つめて、ドルチェはペンギンの頭上の部品に手を伸ばした。
カラカラと回るそれを見て、ドルチェは首を傾げる。
エリックは思い出しかけているようだが、難航しているようだ。

「……分かりません。何ですか?」

「これはね、かき氷を作る機械だよ」

「かき氷、ですか?」

「そう。これで氷を削って、そこにシロップをかけて食べるんだよ。ドルチェ、ちょっと待っててね。郵便くん、少し手伝ってくれるかい?」

面倒そうにエリックがディルトを見る。
ディルトはそんなエリックの腕を掴み「君の見せ場を作ってあげるから」と意味深に微笑んだ。
なんで俺が、とぶつくさと言うエリックを半ば引きずりながら、ディルトは部屋を出て行った。


***

ドルチェがレイヴンに距離を詰められている頃、エリックとディルトが氷の塊が乗った皿、大量のカラフルなビン、ガラスの器、スプーンをキッチンワゴンに乗せて戻ってきた。
何故かエリックだけエプロンを着ている。

「おおーすげえなあ!これ全部シロップか?選り取り見取りだなー」

イチゴ、メロン、レモン、ブルーハワイなどのシロップの他に果実系のリキュールまであった。

「今から郵便くんが作ってくれるよ。みんな、郵便くんに注文するように」

ドルチェがエリックの方を見れば、嫌々ながらも仕方がなさそうにてきぱきと用意していた。

「エリック、手伝うよ」

そうドルチェが身を寄せて声をかけるとエリックはたじろいだが、お願いすることにした。
何故かディルトが用意していたもう一つのエプロンをドルチェが身に纏うと、レイヴンの「最初はイチゴ味!」から始まった。

ガリガリと氷の砕ける音が部屋に響く。
空洞の部分に置かれたガラスの容器に、柔らかそうな氷が降り積もる。
それを興味深そうにドルチェは見つめながらも、シロップを開けた。
真っ白な氷の山に、濃いピンクがかかっていく。
長いスプーンを刺して出来上がったそれを、レイヴンが受け取った。
レイヴンが口に含んでいるのを物欲しそうに見つめるドルチェに向かって、エリックは口を開いた。

「ドルチェは何にする?俺が作るから」

「……レモンがいいな」

分かったとエリックが微笑み、また氷を削った。

「それじゃあ私はライチのリキュールでお願いしようかな」

「お前は俺任せかよ!」
と、エリックが突っ込むと、ディルトは楽しそうに声を上げて笑った。


ドルチェはかき氷を受け取ると、長いスプーンで掻き混ぜ、甘いレモンのシロップが良く染み込んだ氷を恐々と口に入れた。
しゃりっと舌触りの良い氷が広がった。滑らかなアイスクリームとは違う、ザラザラしたようなサラサラしたような甘い氷が溶けてく食感に、ドルチェは目を瞑って堪能する。
喉を過ぎれば、また次、と食べる手が止まらなくなるような誘惑の食感だった。

「美味しい……」

そう思わず口に出してしまう程。


「夏はこうじゃないとなー」

レイヴンが自分で二杯目のかき氷を作る中、呟いた。
ついさっき開け放たれた窓からは熱気が入るが、気にする者は誰もいない。
ディルトも早々と食べ終わり、イチゴシロップに目を付けていた。

「楽しいね。ねえ、郵便くん」

ディルトが問いかけると、一口目を食べようとしていたエリックが手を止めた。
エリックの視線がドルチェやレイヴンに向かう。

「……悪くねえんじゃないの。ただ、もう怪談はごめんだからな」

そうして、かき氷を口に含む。
その横顔は少し綻んでいて、どんな感情かは言うまでも無かった。

「素直じゃないなあ、郵便くんは。楽しいって言えば良いのにね?……それにしてもこんなに暑くなるなんてね。ドルチェは夏に何かしたい事はあるかい?」

ドルチェは考える。
夏といえば、街のお祭りや背の高くない向日葵など色々なものが連想される。
けれどドルチェは、自分の手元にある空のガラスの器を見ながら口を開いた。

「……また、こうやって食べたいです」

そういうと、エリックもレイヴンもディルトも顔をあげた。

「そうだなー」

と、ドルチェ以外の全員の声が揃うと、その場は笑いで包まれた。

窓から溢れんばかりの日差しが、氷の塊を溶かしてキラキラと光を放っていた。
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