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今までは屋敷内じゃなく、いつも薄暗い路地裏でコンタクトを取っていた。
それだけでも十分事足りるはずなのに、奴は突然屋敷に呼び寄せてきた。
屋敷は胡散臭い商売をやっているらしく、聞くには"なんでも"買い取る店らしい。
気味は悪いわ、胡散臭いわ……
こんな所仕事の用件がなきゃ、ぜってえ来ない。
「……って誰」
玄関のドアノックを叩き、扉が開いた途端にディルトに中に引きずり込まれ、すぐ近くの部屋へと連れてこられた。
そこには、少女がいた。
少女は俺を見るやいなや、パタパタとディルトの後ろへと引っ込んだ。
「郵便くん、女の子に失礼だろ?まずは自分から自己紹介しないと」
お前に聞いたんだよ、と心の中でぼやく。
目の前、いや詳しくはディルトの後ろから顔を覗かせる少女を見る。
「あーと、俺はエリック。この男に雇われてる郵便配達兼、情報屋みたいなもん」
そう言うと、少女は恐々としたような様子で出てきた。
身長は同じくらい、か。
肩下までのベージュの髪。……ほそっちい身体。
少女も同じように、上から下まで見てくる。
俺が安全な奴かどうか、判断するかのように感じる視線。目が合いそうになると少女は視線を下げた。
俯きながら少女は口を開く。
「……ドルチェット、です」
そうしてまた少女は口ごもった。
「見ての通り人見知りでね。それも仕方ないんだ。まだ私以外の人とは関わりを持った事が無いからね」
ディルトは慈しむような表情で、隣に立つ少女を見る。
そして柔らかい動作で、少女の髪を撫でた。
「それでだ。私の数少ない知り合いに、丁度ドルチェと同じ歳くらいの、そう、郵便くんがいるじゃないか」
ああ、待て。嫌な予感がする。その先を聞きたくない。
制止しようとするも、ディルトは口を開いた。
「……たまに話し相手になってあげて欲しい」
「……いきなり、んな事言われても」
正直言ってやりたくない。
俺の反応が鈍い事すら気にしてないように、ディルトは微笑んだ。
「そうそう、ドルチェは記憶喪失だから。もう一年は一緒に過ごしてるけど、まだ知らない事は沢山ある」
「なっ……!記憶喪失!?そんな話今まで聞いてねーよ」
「うん、言ってないからね」
無性に腹立たしいのを押さえ込み、再び少女を見る。
不安げな雰囲気は伝わってくるが、変わらない表情。少し周りの少女らよりも身体の線が細い以外は変わらないように見える。
そんな少女が、記憶喪失。
同じ歳くらいだからか、同情心が増す。少しだけ、だ。
だからといって面倒事を引き受けるのは……、自分が少なからずお人好しだという自覚はある。
「とりあえず……詳しく、教えてくれよ」
溜息混じりに言う。
ディルトは俺が承諾したと勝手に受け取ったのか、微笑んだ。
そのまま奴は事の発端を話始めた。
***
「と、いうことでね」
「……は、信じられねえ……」
こいつが人を預かってるという事自体、不思議で仕方ない。
何も寄せつけなかった屋敷の主が何でまた……
「これは仕事か?」
「ええ?郵便くんはこんなに可愛い女の子と話せるだけじゃ、満足出来ないのかい?それなら仕事としてお願いするのも仕方ないけどね」
ディルトはわざとらしく困った顔をしている。
く……、一々言うことがムカつく奴だ。
確かに少女……ドルチェは見た目は可愛い、と思う。
他の人が持つどの雰囲気とも違うように感じるのは、ドルチェが記憶が無いからなのか。
先程から一切喋ろうとしないドルチェ。
やっぱり怖がってんじゃないのか?
そう思った時、ディルトが何かドルチェに耳打ちした。
ドルチェは頷くと、急に俺の方へと歩み寄ってきた。
なんだ……!?
俺の手より小さい手が、少し躊躇いを見せた後、手を握りしめてきた。
「えっ、」
そこで今まで目も合わそうとしなかったドルチェが、突然俺の目をじっと見つめてきた。
綺麗なエメラルドグリーンとアメジスト色の中に自分が映される。
本当に穴が空くのかと思うくらい顔を見られている。
「――――っ」
一気に顔が熱くなるのが分かった。
俺の目を見たまま、ドルチェは口を開けた。
「……友達になって……くれますか?」
きゅう、と握られる手。
「あ……う、」
俺はゆっくりと頷くしかなかった。
熱い顔でドルチェから視線をそらすと、満足げに笑うディルトが目に入った。
「うんうん、いくら大人に混じって働いてもまだまだ子供だねえ」
あっと思った時にはもう遅い。
完璧にはめられた。
怒りに任せてディルトを睨むが、奴は公然とニヤニヤとした表情のまま。
「任せたよ、郵便くん」
ああ、また面倒な事ばかり俺に降りかかる。
これは俺の描いた台本じゃない。
この台本に、俺は踊らされてしまうのか?
そう思うと深い溜息もつきたくなる。
ちらりと、未だ握られる右手を見て、またドキリと心臓が跳ねた。
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