シャルロット番外編 | ナノ


▼ no title

「どうしろっていうんだよ……」


誰に向けるでも無く、俺は一人ごちた。
そうついこぼしてしまうのにも訳がある。
あのディルトの野郎が、またむちゃくちゃな"頼み"を押し付けやがった。


あの日、屋敷で初めて会ったドルチェという少女。
記憶喪失のドルチェを案じたディルトの企みによって"友達"になってしまった。
先日の奴の宣言通り俺は、勉強じゃ教えられないことを教える、という係りを押し付けられた。
何を、と聞いたが、むかつく程に形の良い唇で弧を描くだけで答えない。そのまま用事があるとかで、外出してしまった。

ああ。無理やり押し付けられる事にも、奴の手の内にはまっていることにも腹が立つ。
眉間に深く皺が刻まれるのを感じながら、応接室の端に目を向ける。
そこには椅子に座り、一人黙々と絵本を読むドルチェがいた。

――そう、まだ会って間もないと言うのに2人きりなのだ。


チクタク、と時計の針の音が響く。
それほどまでに部屋の中は静かだった。
流石に人見知りというだけあって、ドルチェからは警戒しているような空気を感じる。
このまま黙っていれば、それだけで日が暮れてしまう気さえした。
こんなんで友達、っつうものになれんのかよ。
つい心の中で悪態をついてしまう。
しょうがない……話しかけてみるか。

「あ……あのさ、」

声をかけると、ドルチェがぴくりと顔をあげた。
ちょっと驚いているような、そんな雰囲気があった。

「何読んでるんだ?」

話す内容など持ち合わせていないから、ドルチェの手に持つ絵本を指差した。
熱心に読んでいるんだ。多分お気に入りの本なんだろう。

そのまま動かず、押し黙ってしまったドルチェ。
なんだよ、本当にこいつにとっちゃ俺は迷惑なだけ、じゃねえのか……?
あの時不覚にも心臓が高鳴ってしまったが、それも気のせいだろう。現に今は何も感じない。
何より自分が好きなタイプは良く笑うやつ、だと思う。
こうも感情が読み取れない少女とは正反対なのだ。
……それよりも気まずいことこの上無いし、何よりディルトの思惑通りに動くのも癪だ。
もう、帰ってしまおうか――そう思った所で、ドルチェが薄い焦げ茶色の本を閉じて、表紙を俺に向けた。
突然の行動に驚いてしまい、ドルチェの持つ本を見る。


「……タイトルの無い本、です」


タイトルが、無い――?

思わず近寄って、確かめる。
その表紙にはタイトルが書かれるはずの所が、ぽっかり開いていた。
自分がぽかんと口を開けてしまっていることに気づき、慌てて口元を締める。

「本当だ……中身は?」

只会話のネタを探すためではなく、本心から気になって聞く。
ドルチェは膝の上に本を置き、緩やかに最初のページを捲った。
覗き込むと、チカッと目が眩むような彩色が飛び込んできた。反射的に目を瞑ってしまう。

再び目を開けると、もう一度目に飛び込んでくる一面強烈な青。
何度も重ねて塗られているせいか、吸い込まれそうになる。
頭の片隅で、雲の欠片も無い、真っ青な空が頭を過ぎる。
二ページ目、これまた強烈な赤。
そこから連想される、太陽に照らされたトマトや、街を飲み込むような夕焼け。
三ページ目、緑。四ページ目……と、ほとんど原色に近い色が数ページに渡り塗られていた。

そして最後、真っ白の紙に浮かび上がるような黒。
そこには、この絵本で初めての文章があった。


【あなたはなにいろ?】

と、中央にポツンと小さく書かれている。

後は2ページだけ残っていたが、何も描かれていない真っ白な空白のページだけ。

「なんだこりゃ……」

唖然としてしまう。
あまりに強烈な本を見た俺は顔をあげる。そこには目と鼻の先にドルチェの顔があって、思わず飛び退いた。

「うわっと!……ごめん」

「大丈夫、です」

無意識に近づいてしまった自分を責める。
ドルチェは案外気まずそうにしていないのが、救いだった。

「あー、えっとこの本、好きなのか?」

途端、またもドルチェは押し黙った。そして微かに首を振った。

「怖い……です」

怖いって、この色だけの本が?
確かに変わっている本だと感じた。子供の想像力を試しているのか、文章で説明しない分伝わりにくい。
疑問に思っていると、ドルチェが最後のページを開いた。
それはさっきも見た白紙のページ。

「ここに、きっと自分の色を塗るのだと……思うんです」

なるほど。
あえて残された2ページ、か……じゃあタイトルも自分で決めるってことか?
『自分の色』とは好きな色を指しているのか、はたまた自分自身を表した色なのか。

「ずっと、何色が私の色か考えていました。……この本を読んだ時からずっと分からない……です」

何度も本を開いては最後のページでしばらく自問自答して、また読み返す……そんなドルチェがなんとなく頭に浮かんだ。
ドルチェは真っ白なページを見つめ続ける。
薄い桃色の唇が微かに開くと、

「私には……色が無いから塗れない……」

と消えそうな声で言った。

『感情が乏しいんだ』

――そうディルトが言っていたのを思い出す。
確かに、ドルチェの顔色はあまり変わらないし、何を考えているのか分からない。
が、正に今そこには"悲しみ"があるんじゃないのか。

ドルチェが、どんな理由で自分に色が無いと感じているのかは分からない。
そこに記憶喪失が関係しているのかさえ。
俺は気の利いた言葉も知らないし、何よりここでなんと言っていいか分からなかった。
だが、勝手に口が開いていた。

「俺だって、んなの分かんねーよ」

ドルチェの長い睫が揺れて、伏せていた瞳が開いた。

「俺だって、そこに何か塗れって言われても困るな。それにそんなのな、別に今決めなくてもこれから決めていけたらいいだろーが」

我ながら乱暴な言い方だ。だけど正直にそう思ったんだから、仕方ない。
もうドルチェの顔はあげられていた。
じっと俺の顔を黙って見てくる。

「今じゃ、無くても……?」

「そりゃそうだ。別に期限が決められてるもんじゃねえし、ドルチェが自分の色が分かった時に決めればいい。それに俺達、まだまだ子供だろ?時間なんて山ほどあるじゃねえか。もし、決めれらないくらいたくさん色が見つかったら、俺も傍で一緒に考えてやるから」

そこで口を手で押さえる。
今、俺、ドルチェって……言ったか?それに、最後のはいらなかっただろ!
気にしていないのか分からないドルチェは、俺の顔を見つめ、ゆっくりと頷いた。
その頷きに、少なくとも拒否の気配はない。
深く息を吐くと、もう重苦しい空気は取り払われていた。
記憶喪失だからか、こいつは心もとない気がする。
あんな女好きな奴に全て任せていたら、大変だ。
自分がなんとかしないと――っと、俺は一体何に首を突っ込もうとしてんだ!

そこで俺の思考は一旦途切れる。
ドルチェの手が、俺の頬に伸ばされていた。
それはまるで、子供が興味のある対象に惹かれて、自然に手を伸ばしてしまうような感じで。


「……綺麗」

頬に触れるか触れないかの距離だから、ドルチェの手の暖かさを感じる。
そう大差ない身長だからか、顔も近く感じた。
穴が開くんじゃないか、と思うくらい見つめられている。
ドルチェのアメジスト色とエメラルドグリーン色の瞳に、俺の瞳の色がかかる。
それは、とても綺麗な色に思えた。

「最初、」

「え、」

「最初に会った時思ったの。……空の色をしてる。あの日からこの本の一ページ目を見ると貴方が浮かんだ……綺麗……」

そう、ぼうっとドルチェは呟いた。
そしてはっと我に返ったように身を離した。

「あの……ごめんなさい」

その言葉に我に返る。
すぐさま俺はドルチェから背を向ける。
見せられたもんじゃない顔をしているのが、分かるから。


「あの……?」

「敬語だ!!その敬語なんとかしろ!」

「え?」

「……いいから!友達には敬語は外すんだよ!」


そう振り向かずに言うと、ドルチェの困惑した様な空気が伝わる。
ディルトにも敬語を使っているから、そう簡単に取れはしないだろう。
だが今は、耳まで熱くなっているのを誤魔化すには、これしか浮かばない。
暫く黙っていると「……分かった」と確かにドルチェの声がした。
その思ってもいなかった返答に、俺は振り返ってしまった。

「貴方……エリックは友達だもん……ね?」

そこには最初の警戒するような空気は一切無く、笑みはないが柔らかい表情のドルチェがいた。
思い込みによっては微笑んで見えるくらい、柔らかな表情にドキリ、と心臓が高鳴った。

今度はあの時のようにすぐに鳴り止んではくれない。

そんな俺にドルチェがポツリと「赤い?」と言うまで、俺はドルチェから目を離せないでいた。
後に改めて思う、あのおっさんに唯一感謝した出来事だった。


タイトルの無い本に名前と色が着くまで、後……?
------------

[ back ][ back to top ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -